AWC 『転校生』 第7章(1) ・峻・


        
#2864/5495 長編
★タイトル (NFD     )  94/11/19  10:21  ( 77)
『転校生』 第7章(1) ・峻・
★内容
    七

 じっと立っていると、夜風が少し冷たい。
 食べ終わったパンの包紙と牛乳の空きパックを、街路灯の下のくずかごに放り込ん
だ。
 これまでぼくは、予想できないできごとにただ振り回され、引きずられているだけ
だった。
 こんどこそ、ぼくは自分で選んでここにいる。
 石造り鳥居の柱にもたれて、待つ。
 行き交う人影もまばらになった。境内の黒い木々が、密かな枝ずれを鳴らす。
 かかとを擦るような足音が聞こえた。
 十一時。案外時間通りに帰ってくるものだな、と思った。
 足音はぼくに気付かずに、下の道を通り過ぎていく。
 神社の石段を駆け降りた。
「待てよ」
 相手は、意外なところで呼び止められたというような表情で振り返った。
「二年C組の柴田だ。話がある」
 最初の一言が出れば、あとはどうということはなかった。
「なんだ。秀才くんが夜遊びか」
 目の前に矢部の顔がある。
「家に電話をしたら、十一時ごろには戻るっていうから、待っていた」
 笑っている。
 こんなひょろひょろになにができるのかと思っているのだろう。
「あそこで、話をしたい」
 ぼくは先に立って石段を上がった。靴を引きずる音がついてくる。
 境内の中ほどで、立ち止まって振り向く。
 矢部はジャンパーのポケットに両手を突っこんだまま、まだ笑っている。
「それで、なんの用だ」
「浅井翔子のことを聞きたい」
「翔子がどうした」
「彼女になにをした。なにがあった」
「きのう、おまえが見たとおりだ」
 とぼけたような口調で、ぼくの反応を見ている。
「もう卒業だから、お別れデートでもどうかって言ったら、ホイホイついてきたよ」
「うそだ。浅井さんはそんなことをするひとじゃない」
「おまえ、まだ女を知らないんだろう」
 ぼくは黙っていた。
「あいつ、二年のくせに結構いい体していたぜ」
 矢部は挑発している。
「おっぱいなんか、プルンプルンしてよ。おまえもちらっとは見たんじゃないのか」
 ぼくは挑発に乗った。
 握りしめたこぶしを振り上げて、打ちかかっていった。
 ぼくのそんな動きなど、矢部には丸見えなのだろう。軽くかわされて足をかけられ
た。
 あっけなく四つん這いになって、あわてて立ち上がろうとしたところを、髪をつか
まれ、膝で胃のあたりを蹴り上げられる。
 くの字に折れ曲がった体が浮き上がったような気がした。
 息ができない。ぼくは腹を押さえて膝をついた。
「なんだ、それでおわりか」
 呆れたような声を出し、うずくまったぼくに背を向けて歩き出そうとする。
 ぼくはその腰に向かって頭から突っ込んだ。こちらの首がきしむほどの衝撃があっ
たのに、相手には全く通じない。
 矢部は両手の指を組み合わせて振りかぶった拳を、腰にぶる下がったぼくの首の後
ろにたたきつけた。
 ぼくは顔から地面に落ちて這いつくばった。額が擦りむけ、砂で口の中がじゃりじ
ゃりする。
「おれとサシでやろうなんて十年早えんだ」
 ぼくの尻にからかうような蹴りを入れる。
 ぼくは体を回してその脛にしがみついた。
「浅井さんになにをしたんだ」
 やっと声を絞り出す。
「しつこいんだよ」
 自由な方の足で脇腹を蹴られた。ぼくは手を離さなかった。
「なにがあったんだ。言えよ」
 続けさまに同じ脇腹を蹴られた。
 痛みはあまりなかったが、最初の胃への打撃が今になって効いてきて、とうとうこ
らえきれなくなった。
 さっき食べたばかりの、未消化なアンパンとカレーパンの成れの果てが、胃液で凝
固した牛乳と一緒になって噴き出してくる。
 ぼくは吐物で相手を汚しては申し訳ないような気がして、すぐに顔を横に向けたが、
かなりの量が矢部のズボンにかかった。
「きたねえなっ、離せっ」
 矢部は、ズボンにしみ込んでくる生暖かい感触に逆上して、めちゃくちゃに蹴りつ
けてくる。
 ぼくも興奮状態で、痛みを感じない。
「なにがあったんだ」
 ぼくは自分の吐物にまみれたまま、死んだって手を離すものかと思っていた。




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