AWC 『転校生』  第1章 ・峻・


        
#2857/5495 長編
★タイトル (NFD     )  94/11/19   9:53  (165)
『転校生』  第1章 ・峻・
★内容

  『転校生』
                    ・峻・


    一

 あの日、ぼくたちは十四歳だった。

    ◇      ◇      ◇

「むこうの学校では、かなりいい成績だったようだね」
 テーブルの上のぼくの書類が、ぱたんと音を立てて閉じられた。
「でもね、東京の中学ではそうはいかないよ」
「はい」
 四十前くらいか。案外、まだ三十そこそこなのかもしれない。
 ぼくは、レザーのすっかり擦り切れたソファーに浅く腰かけ、向い側の担任教師の、
これもかなり薄くなった頭を見ていた。
「最初のうちはとまどうこともあるかもしれないが、来年は高校受験だ。ここのよう
な進学校でじっくり鍛えられるのは、きみにとっていいことだぞ」
「はい」
 始業のチャイムが、こもった音で職員室に流れ始める。
「まあ、しっかりやってくれよ」
「はい」
「それじゃ、みんなに紹介するからついてきなさい」
 他の教師とすれ違うたびに、これ、こんど来た転校生、などと声をかけている。ぼ
くはその背中を見ながら、初めての学校の廊下を歩き、階段を上がった。
 四階建ての校舎で、下から一、二、三年の教室になっている。四階には音楽室や美
術室があるのだという。
 担任教師が、二年C組の札が突き出した教室の扉を開いた。
 生徒たちの笑い声や叫び声が、効かせ過ぎた暖房の熱気と一緒に噴き出してくる。
 担任の後ろに続いて教室に入る。あわてて自分の席に駆けもどる靴音や、机や椅子
をずらす音がいつまでも続く。
 ぼくは教壇の端に立って、好奇の目を光らせている新しいクラスメートたちの方を
向いた。
 起立っ、礼っ。
 学校はどこも同じだ。
「転校生を紹介するぞ」
 教壇の中央に来るように手招きをしたあと、黒板にぼくの名前を大きく書く。
「柴田俊一くんだ。青森の中学から転校してきた。もう三学期だから、同じクラスに
いるのは三カ月しかないが、みんな仲良くやってくれ」
 これもいつもと同じだ。
 銀行勤めの父親が支店を移るたびに、学校が変わる。
 小学校に上がる前に最初の引越しがあった。小学校は二度転校し、最後の青森の小
学校は一年しかいなかった。先生たちの名前も覚えきれない卒業式は、何の感慨もな
かった。
 そのまま青森の中学に入った。小学校の時からの顔見知りもいて、ようやく親しく
話せる友達もできかかったころに、またこんどの転校だ。
 渋谷、横浜、世田谷、青森。
 そして三年ぶりでまた東京の杉並に戻ってきた。
 同じ東京といっても、転居先がちがうから、以前の知合いに会えるわけではない。
結局、最初からやりなおしになる。
 ぼくの席は窓際の一番後ろだった。
 生徒たちの視線を背中に感じながら、並んだ机の間を歩いて席に着いた。
 始業式のあとの一時間目はホームルームだった。
 新しい学級委員を選んだり、新学期のクラス目標を決めたり、ぼくにはあまり関心
のないことをやっている。
 ぼくはぼんやり窓の外を眺めて時間をつぶした。
 誰もいない校庭で、落葉が巻き上げられている。風が強く曇った日だが、青森で三
年間を過ごしたあとではこのくらいの気温はちっとも寒く感じなくなっている。
 校庭の向こう側に体育館が見える。青いカマボコ型の屋根を乗せた新しい建物だ。
 青森の中学でも、校舎はまだ木造の古いものだったが、体育館は二年前にできたば
かりの同じようなものだった。
 日本中どこでも同じになっていく。だから、どこの学校でも同じことだ。転校した
って困ることは何もない。
 休み時間になると、話好きな五、六人の生徒たちが周りに集まって来る。
 こういうとき質問をしてくるのはいつも女子だ。
 いつ、東京に来たの?
 十二月三十日。夜行列車で前の日の夕方に向こうを出て、朝こっちに着いた。
 生まれも青森なの?
 青森は三年間いただけで、その前は東京。
 うちはどこ?
 泉町。公園のそば。
 自転車通学?
 そう。
 誕生日は?
 十二月十日。
 じゃあ、射手座ね。
 うん。
「かっぺ」
 後ろの方から声が聞こえたが、自分に関係のあるものと思わず、女子の質問に答え
ていた。
 血液型は?
 Bだと思う。
 女子の質問は必ず血液型へやってくる。
 兄弟はいるの?
 妹がいるよ。小学校五年の。
「おい、かっぺ、呼んでいるんだぞ」
 ようやく、『かっぺ』というのが自分を指した言葉であるらしいことに気付いて振
り返った。
 二人の男子生徒が壁に寄り掛かって、にやにや笑っている。
「ぼくのこと?」
「ぼく、なんていってるぜ。いつもは、おら、おらって言ってるんだろう」
「無理して標準語なんて使うと舌をかむぜ。ズーズー弁であいさつしてみろよ」
 自分たちの言ったことがよほど気に入ったらしく、二人で顔を見合って、けたたま
しく笑う。
 こういう連中にはかかわりあいたくない。
 のんびりした笑顔を返してやった。
「向こうに三年くらいしかいなかったから、話せないんだ」
 これはうそだ。
 青森に住んで一年もしないうちに、学校などでの会話は、地元の子供たちとあまり
変わらない言葉遣いになっていた。
 柔かで微妙な味わいは無理かもしれないけれど、いまここに、このあいだまでの友
達が来たら、自然にそのときの言葉が口を突いて出てくるだろう。
 でも、こいつらに聞かせてやる気などまったくない。
「なんでもいいんだよ」
「ちょっとやってみせろよ」
 しつこかった。
 ぼくは表情を変えずに首を振った。
「残念だけど、だめなんだ」
 ぼくの笑い顔がカンに触ったらしい。
「なんだその顔は! 馬鹿にしてんのかよ!」
 背の高い方がいきなり噛みついてきた。
 ぼくはこういう怒鳴り声に弱い。どうということではないと思っていても、顔が引
きつってしまう。
 興奮した顔つきで目の前に迫ってくる。
「そんなことはないよ」
 ぼくの声は少し震えていたと思う。
「てめえっ」
「あなたたち、いいかげんにしなさいよ!」
 頭の後ろで女の子の大声が響いた。
 振り返ると、すぐの前の席の少女が立ち上がって、その二人をにらみつけている。
 他の女子たちがぼくの身元調査をやっているあいだ、聞くとはなしに聞いている様
子で横顔を見せていた少女だ。肩の後ろまで長く垂らした髪がきれいだと思っていた。
 その少女が、少し上気した顔をほてらせ、黒い瞳を見開くようにして男子二人を威
嚇している。
 教室中が一瞬怯んだように沈黙したが、すぐにひき続いて、ぼくを取り囲んでいた
他の女子たちが、一斉に厄介な二人の男子をなじり出した。
「そうよ、かっぺ、かっぺって、失礼よ」
「弱いものいじめがそんなに好きなのっ」
「転校してきたばかりなのに、かわいそうじゃないの」
 女の集中攻撃を浴びた二人は、うるせえ、だまれ、と毒づきながら、教室を出て行
った。
「ごめんね。こわかったでしょう」
「このクラス、あんなやつらばかりじゃないから心配しないでね」
 ぼくはいつのまにかいじめられっ子にされて、女子たちにいたわられている。
 恥ずかしさで顔が真っ赤になったのが自分でもわかる。
 思いがけない展開を、どう収拾したらいいのかと弱り果てていると、助っ人が現れ
た。
 刈り上げ頭の体格のいい男子が、ズボンのポケットに両手を突っ込んで、教室の反
対側からぶらぶらと近寄ってくる。
 上のボタンを外した学生服の下に、白い丸首シャツの襟が覗いている。
「翔子、久しぶりに聞いたよ」
 効き目抜群の最初の一言を発したあとは、他の女子たちの騒ぎを静観している風の、
その少女に声をかけた。
「やっぱりおまえには、男勝りが一番似合う」
 人なつこそうな小さな目が笑っている。
「おおきなお世話よ」
 翔子と呼ばれた少女は、ぷいと、顎を突き上げるようにして自分の椅子に腰を落と
した。
「転校生はいいなあ。おれなんか、こいつらから一度もそんな優しい言葉をかけても
らったことがない」
 ぼくを取り巻いた女子たちの群を眺めて嘆息をつく。
 なにを言っているの、という表情でその顔を見つめた少女が急に真顔になる。
「それじゃ、かわいがってあげる。高志くん、こっちへいらっしゃい」
 にこりともせずに、ゆらりゆらりと手招きをする。
 それに合わせたように他の女子たちも、ゆらりゆらりと始めた。
 みんな目が据わっている。
 ぼくは呆気にとられていた。
 招かれた彼は顔をこわばらせて後ずさりをする。
「い、いいよ。ごめん。やっぱりいらない」
 誰かが、くすっ、と笑った。
 それでみんな我慢できなくなって、一斉に噴き出した。
 ぼくも事の始まりがなんだったのか、もう忘れかけて、笑っていた。
 ぼくたちの出会いはこうして始まった。




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