AWC 邪狩教団 第3話 ミレニアム 4


        
#2840/5495 長編
★タイトル (FJM     )  94/11/12   0:14  (195)
邪狩教団 第3話 ミレニアム 4
★内容
                                    4

 時が午後7時を刻む数分前、玲子とカインは、霞川大学を包囲した機動隊員とそれ
を遠巻きにするマスコミや野次馬から離れた場所に降り立った。2人をここまで運ん
できたのは、例の不愛想なドライバーである。
 「大学構内の犯人に告ぐ!」警察の現場責任者らしい中年の男がハンドマイクに向
かってがなり立てていた。「要求があるなら聞く!人質を解放したまえ!」
 これまでの間にかなり整理された情報が入手できていた。ジヒョンに率いられたテ
ロリストの人数は18人。大学の出入りは自由である上に、音楽関係のサークルは、
8つもあるので、誰かが楽器のケースを抱えていても全く目立つことがない。テロリ
スト達は少しも苦労せずに武器、弾薬類を搬入できたことだろう。現在、少なくとも
330人以上の学生と、教授や講師、事務員など40人以上が体育館やイベント・ホ
ールなどに分散して監禁されている。キャンパス内の公衆電話は全て破壊され、それ
以外は交換機を監視下におかれていた。インターネットにIP接続されている回線も
遮断されており、警察はキャンパス内からの情報提供に頼ることができなくなってい
た。
 霞川大学の地理も警察関係者を苛立たせる一因となっていた。もともと都市の中心
部から少し離れた場所にあるので、近隣の高層ビルから監視したり、狙撃班を配置し
たりすることができない。4つの門へ通じる道はどれも見晴らしが良く突撃班がこっ
そり接近することもできない。逆にテロリスト達がヘリでも用意していたら、着陸、
離陸に使えるスペースはたっぷりある。
 今の所、テロリスト側からは一度だけ電話による連絡があっただけだった。テロリ
ストに強要されたらしい人質の学生で、緊張して泣き出しそうな声だった。内容は、
もし警察が一人でも構内に入ったら、その都度20人の人質を無差別に射殺する、上
空にヘリを飛ばすことも禁止する、という簡単な通告だった。
 キャンパス内には食堂や喫茶店があり、購買部も完備しているので、飲食には不自
由がない。銀行や航空機のケースのように、食料の差し入れの必要がなく、従ってテ
ロリストの隙をつくことができない。
 玲子とカインは目立たぬようにゆっくりと歩いていた。玲子はキュロットをタック
パンツに着替えただけで、大した変装もしていないが、カインは目立つプラチナブロ
ンドを黒く染め、サファイアのような瞳の色を変えるコンタクトレンズを装着し、近
隣の中学に共通の夏の制服を着ていた。平凡な中学生にしては、少し気品が高く、少
し目つきが鋭く、少し肌が白過ぎたが、幸い今は通りがかりの中学生と大学生に注意
を向ける人間などいなかった。
 「そろそろね」玲子は送信機と一体になっている腕時計に目を走らせた。
 カインはむっつりと頷いた。少年は片手にバイオリンのケースを握っていた。その
中には<従者>の邪力に対抗する力を持つ剣が収められている。
 タイラントの説明によれば、午後7時に機動隊の増援が到着し、包囲網に配備され
ている機動隊員の一部が交替する。その際に、一台の車両が軽い事故を起こすことに
なっているという。玲子達はその数分の隙に潜入を果たさなければならない。どうい
う手段で警察の車両に事故をおこさせるのか、タイラントは説明しなかった。
 遠くの道路からけたたましいパトカーのサイレンが届いた。
 機動隊の移動指揮車両を先頭に、数台の輸送車が走ってくる。すでに周辺の道路は
数キロにわたって完全に交通規制が敷かれており、違法駐車していた一般車両は、所
有者の許可を得ずに排除されているので、指揮車両はかなりのスピードで走っていた。
 大学の正門から100メートルの地点に設けられた臨時指揮所に近付くと、指揮車
両はスピードを落とした。すぐ隣が駐車スペースになっている。ドライバーはそこに
入ろうとハンドルを切った。
 次の瞬間、警察関係者と野次馬の口から一斉に驚きの声があがった。指揮車両の右
の前輪が突然バーストし、車体が急激にスピンしたのだ。いくつかの悲鳴が上がり、
何人かが駆け寄ろうとする。車両はぐるりと一回転すると、すでに停車していたパト
カーに、車体をこすり会わせるようにぶつかるとフェンスに突っ込んだ。
 幸い時速20キロ程度の徐行運転に入っており、駐車場に人間もいなかったので大
事故には至らなかったが、激しいブレーキングの音と、車体が擦りあうガリガリガリ
という耳をつんざくすさまじい破壊音に、居合わせた全ての人間の注意は例外なくそ
ちらに向けられた。
 そのときすでに玲子とカインは走り出していた。すでに進入路は決定している。大
学を取り囲むコンクリートの壁に近い街路樹である。目撃者がいたら自分の正気か視
力を疑うような勢いで跳躍し、街路樹の幹を蹴りつける。街路樹が悲鳴を上げてたわ
む反動を利用して、一気に高さ3メートルの壁を越え、キャンパス内に飛び込んだ。
 2人が着地した場所はキャンパスの裏手にあたるサークル棟の横である。事前に入
手した情報によれば、サークル棟は完全に無人になっているらしい。だが、武装した
テロリストが不定期に巡回しており、玲子たちが突入した時間に近くにいるかどうか
まではわからなかった。もし、たまたま敵がいたら運が悪いとしか言いようがない。
 玲子とカインは背中合わせで着地した。足が地面につく前にどちらも自分の正面、
180度を素早く確認していた。
 「クリア」
 「クリア」
 2人は同時に言った。
 「行こう」カインはさっさと歩き出したが、そのまま振り返りもせずに訊いた。「
感じるか?ハミングバード」                    イーヴルサイン
 「ええ」玲子は頷いた。「微かだけど感じるわ。瘴    気が数カ所から分散して発
せられているわね」
 「急ごう」
 「ジャスミンチームはうまく侵入できたかしら?」玲子は送信機に呼びかけた。「
コード3、コード3。ジャスミン?」
 『ジャスミンだ』コードレスイアピースから声が聞こえた。『ハミングバードか。
今連絡しようと思っていたところだ。どうだ?』
 「こちらはクリアです」玲子は答えた。「予定通り、ノヴェンバー5から、ヴィク
ター2へ移動中。そちらは」
 『ケベック3で停止中だ。7分後にズールー8へ移動する』
 「了解。Eサインを感知。気を付けて。以上」
 『了解。オーバー』
 玲子達の最初の目標はグラウンドを隔てた場所にあるイベント・ホールである。確
認されていない情報によれば、教授や講師、事務員といった大学関係者は、どこか別
の建物内に監禁されているらしい。とりあえず玲子は学生達の中に紛れ込んで、その
場所をつきとめようと思っていた。
 「見張りはいないようね」玲子は軽くプラーナを発して、周囲の生命反応を探って
みた。「どうやってイベント・ホールまで行く?」
 カインは一瞬考え込むように見えたが、すぐに指を伸ばして一つの方向を示した。
 「そこを通って行こう」
 玲子はカインの綺麗な指先が示す方向に視線を移した。
 見晴らしのいいグラウンド。
 「正気なの、カイン?」玲子はカインの顔を凝視した。「まあ、そりゃ、あなたが
冗談を言うとは思えないけど。でも、グラウンドを横断しようって言いたいの?」
 「イエス」カインは簡潔に答えた。
 「そうねえ」玲子はもう一度グラウンドを見た。「この大学のどの建物からでも、
よく見えるでしょうね。狙撃されるには絶好の場所ね」
 「はっきり言ったらどうなんだ、ハミングバード」カインはおもしろくもなさそう
に言った。「どうしてもっと目立たない道を行かないのかって」
 「じゃあ、そう言うわ。どうしてもっと目立たない道を行かないのよ」
 「ちょっと、そこの道をよく見てみろよ、ハミングバード」カインはアスファルト
で舗装された遊歩道を指した。
 「え?」
 すでに薄暗くなりかけているが、夜目の効く玲子は遊歩道をはっきりと見渡すこと
ができた。幅3メートルほどの道で、左側はグラウンドのフェンス。右側は図書館ら
しい建物と植え込みがある。玲子の視線が植え込みの奥の何かに引きつけられた。
 「あ!」
 玲子はポケットからサングラスを出してかけた。ただのサングラスではなく、ホロ
グラフィック・ヴィジョン・ゴーグルである。これには動きのブレの自動補正機構や、
赤外線フラッシュ装置、また携帯用の小型レーザー位相測定装置と連動した距離測定
機能など、主に夜間戦闘で威力を発揮するテクノロジーが凝縮されている。
 図書館の壁から、グラウンドのフェンスの間には、まるでクモの巣のように無数の
赤外線が張り巡らされていた。今まで羽虫や木の葉などに反応していないところを見
ると、対象識別コンピュータと連動していて、人間のサイズ以上の物体にのみ反応す
るのだろう。そして、それによって引き金を引かれるのは……。
 「げ、対人地雷……クレイモアだわ」玲子は唖然となった。「1、2、3、4……
全部で7発設置してある」
 「これを仕掛けたヤツが誰だか知らないが、頭のいいヤツだよ」感心するような響
きがカインの落ち着いた声に混じった。「何かが引っかかっても、作動するのは7つ
の中の一つだけだ。どうせ、最初の一つが作動した時点で、テロリスト達に自動連絡
が入るようになっているんだ。残りを排除している間に、敵が遠隔操作で爆発させる
ことだってできるに違いないし」
 「敵も大学内の地理は熟知しているみたいね」玲子はゴーグルを外した。「誰かが
裏から侵入しても、ここで足止めされるのね。確かに最短距離を取れば、この道しか
ないものね」
 「おそらくテロリスト達は、あらゆる侵入ルートを想定して、こういうトラップを
仕掛けてる」カインは乾いた声で応じた。「だけど、グラウンドまでは仕掛けてない
と思う。なぜなら、グラウンドはテロリスト達の退路の一つとして確保してあるから
だ。だからそこを使わせてもらおう。全力で駆け抜ければ15秒ぐらいで走破できる
だろう」                                      ・・・
 「15秒ね」玲子はため息をついた。「そうね、たった200メートルぐらいだも
んね」
 「そういうことだ」カインは頷いた。「じゃ、いくぞ」
 カインは手を伸ばして、フェンスの一角に開いている出口のフレームに手をかけた。
 「ぼくがまず出る」200メートル前方の出口を見ながらカインは言った。「2秒
後に、ハミングバードだ。もし、ぼくが狙撃されたりしても、そのまま走り抜けるん
だぞ」
 「OK」玲子は全身の筋肉にプラーナを送り込みながら答えた。「いいわよ」
 数秒間、カインは力を溜め込むように静止し……そして、いきなり爆発するような
勢いで飛び出した。走るというよりは、文字どおり飛んでいるような疾走である。小
さな土煙が上がっては消え、水面を切って飛ぶ石のようにカインの小さな身体が小さ
くなった。
 2拍おいて玲子も飛び出した。カインに勝るとも劣らないスピードである。長い脚
が日本記録を持つスプリンターでも羨望に青ざめるほどのストライドで、一気に距離
を稼いでいく。手際よく練られたプラーナが全身の筋肉を常人に数倍する効率で働か
せている。
 加えて、遮蔽物のない開けたグラウンドを走っているという恐怖がアドレナリンを
生みだし、それが加速に拍車をかけている。たとえ昼間であっても、間隔をおいて疾
走する二人を視認するのは困難であるに違いない。玲子は走りながら、そう考えてい
た。
 突然、前方を走るカインの身体が弾き飛ばされるようによろめいた。
 「!」
 玲子はカインが体勢を崩して、自分の進路を塞ぐのを見て一瞬パニックに陥った。
もちろん、異変を察知した瞬間に全身の筋肉にブレーキングを指示したものの、疾走
から静止へ一瞬で移行できるはずもない。それに今の玲子のスピードでは2秒の差な
どないに等しい。
 少年の身体に接触する寸前、玲子は跳んだ。空中でくるりと一回転してカインを避
けると、肩から地面に落ちて転がりスピードを殺す。
 カインを探して顔を動かしたとたん、何かが空気を切り裂きながら飛来し、目の前
の地面で炸裂した。反射的に身体を切り返したが、第2弾がそれを追って撃ち込まれ
る。
 -----やっぱり、狙撃されたじゃないの!
 心の中で毒づきながら、玲子は丸まって転がりかけた体勢から、バネ仕掛けのよう
に跳ね起きると、一気にカインの元に達した。そのまま少年の様子を確かめる余裕も
なく、襟首をひっつかむように引き寄せて抱きかかえると、全身の力で地面を蹴って
跳躍する。数十センチ離れた地面に連続的に弾丸が炸裂したが、見向きもせずに着地
して走り出した。1秒でフェンスに到着し、出口をくぐり抜ける。そして、その先の
植え込みに頭から飛び込み気配を消した。
 数分の間、玲子は呼吸数すら制限して気配を消したままピクリとも動かなかった。
この植え込みは、さっきの方向からは死角になっている。少なくとも玲子が本能的に
読みとった弾道からすればそうなっているはずだった。それでも、玲子は万が一のこ
とを考えて、カインの頭を胸に抱いたまま凝固していた。
 ----どうやら……と玲子は考えた。大丈夫のようね。
 ふっと息をついて、玲子は植え込みの陰で身体をずらした。カインの顔を植え込み
の隙間から差し込む街灯の光にあてるためである。
 カインの秀麗な顔からは血の気が失せていた。瞼と唇は固く閉じられ、呼吸は深く
長い。
 「カイン?」玲子はそっと呼びかけてみた。「カイン」
 反応はなかった。玲子は指を少年の首筋に滑らせて脈をとった。緩慢だがリズミカ
ルな拍動が伝わってきて、とりあえず玲子は安堵のため息をついた。だが、視線がカ
インの身体に移ったとき、思わず息を呑む結果となった。
 カインの左胸に、玲子の拳が通りそうなほどの孔が口を開いていた。背中から入っ
た弾丸が貫通する際に筋肉と肋骨を粉々に砕いたのだろう。傷口は中から破裂したよ
うな様相を呈している。カインの脈動と呼吸が停止していないのが不思議なほどの重
傷である。おそらく弾丸がホロー・ポイントなどではなく、軍用の被甲弾であったた
めにこの程度ですんでいるのだ。
 被弾したとき、カインは反射的に身体の活動レベルを最低まで落としたのだろう。
当然、玲子によって救出されることを予期してである。負傷箇所の新陳代謝もほとん
ど停止させたようだ。おかげで昏睡状態に陥ってはいるものの、常人ならば即死して
も不思議ではないほどの一撃に耐えて生きているのだ。
 玲子はカインの上半身を起こした。そして、その細い身体を後ろからそっと抱きし
めると、肉と骨がずたずたになっている傷口の上に両手をあて、ゆっくりと呼吸しな
がらプラーナを注ぎ始めた。





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