AWC 夜の虎(6)       青木無常


        
#2798/5495 長編
★タイトル (GVJ     )  94/10/12   3: 8  (200)
夜の虎(6)       青木無常
★内容
団よ。これもうわさだけど、その構成員はどの一人をとっても人間ばなれした殺人
技能の持ち主だそうね」
 いい放って、なにくわぬ顔をしているマリッドをバラムはじろりと横目でにらむ。
「ってことはつまり、ウシャルを横からかっさらっていったのは、そのアムルター
トなんたらってわけか」
「そういうことね」
「なんにせよ、おれには無関係な話だな。迷惑なこったぜ」
「あたしだってそうよ。単なる内偵が“夜の虎”と異名をとる悪名たかき殺し屋と
仲よく席をならべることになるなんて」
 すねたように云い、ちらりと横目でバラムをのぞいた。
 氷のような双眸が、かすかに笑っているのを発見し、マリッドは驚きに目をむい
た。
 錯覚だったのだろう。仏頂面が前面を見すえているだけだ。
 ふっとマリッドは息をつき、そのまましばらくの間、軌道エレヴェータは沈黙の
うちに上昇をつづける。
「おれがウシャルを狙っているのは、どこからわかった?」
 しばらくして、ふたたびバラムの不機嫌な声音が問いかけた。
「ストラトス情報部からの情報。ニュースソースはわたしにはわからないわ」
「いつ?」
「一週間前。あたしがこの仕事についた時よ。注意事項のトップに、あんたの名前
が出てきたの」
「妙だな」
 眉根をよせて、バラムはつぶやく。
「なにが?」
「わかるはずがねえんだ。おれがやつを標的にすえたってことは。しかも一週間前」
「どんな秘密だって、確実に守りとおせる保証はないわよ。依頼したのがどこのだ
れだか知らないけれど、完全に信用できる人間はこの世にはいないわ」
「いや……」霧の彼方を見透そうとでもいいたげな顔つきで、バラムはつぶやいた。
「考えられねえ……」
 マリッドはそれ以上追求せず、ただ肩をすくめてみせただけだった。
「ひとつ訊いてもいい?」
 問いに、バラムはなおも考えこむような表情のまま「なんなりと」と無愛想に答
えた。
 おもしろくなさそうにフンと鼻を小さくならし、マリッドは云った。
「あんたの正体。急に消えたり現れたり、宙を疾駆する突撃艇にとりついてぶち壊
しちゃったり。およそ普通の人間じゃないわ。物騒な殺し屋だって噂はいくらでも
聞いてたけどね。――あんた、何者? 異星人?」
「生粋の地球人だ」
 いかにも面倒そうに、ちらりと片眉をあげてそう答えた。「“フィスツ”って組
織を知ってるか?」
「ええ。あんたがぶち壊したって噂の、武器商ギルド」
「そうだ」と、重いため息とともにうなずいた。「おれはその“フィスツ”に造り
出された商品のひとつだ。商品名は“強化人間”。もっとも、試作品だったがな」
「試作品であれだけの性能を発揮できるなんて、かなりだね」
 マリッドの言葉に、バラムは声を立てずに笑った。
「残念だが、試作品は試作品だ。できそこないでな」
「どういうこと?」
 問いにすぐには答えず、バラムはしばらくの間考えこむようにして黙りこんでい
た。
 が、やがて、抑揚を欠いた口調でつづけた。
「強化人間の基本的構想のひとつは、紫雲晶神秘学の概念、とりわけ“気”の概念
に多くを負っている。“気”についての知識は?」
「多少なら。肉体を構成する不可視のネットワークを循環する未知のエネルギー。
それを制御することによって精神と肉体との安定を得ることができて、場合によっ
ては超能力や神聖帝国の魔道体系なんかとはまた別種と思える、神秘的な能力につ
ながることもあるんだそうね」
「だいたい概要は把握しているようだな」
「それが強化人間の正体? 案外健康そうじゃない?」
 フ、とバラムは、おかしげに声を立てて短く笑った。
「基本をそれだけに負っているなら、な。残念ながら“気”だけではおれのような
能力は発揮できない。超高速で移動する際に空気との摩擦に耐えるための皮膚の強
化。そして筋肉、骨格の強化。とくに骨格の場合は、その顕微鏡レベルの空洞構造
を変容させるために、単機能の極微機械が使用されたらしい」
「ナノマシン? 何世紀も昔に規制された技術じゃない。暴走したコントロール不
能の人工物が、壊滅的な汚染を人類にもたらしかねないって理由で」
「規制された技術が盗用されることなんざ、とくに珍しいことでもないだろう。グ
ランザイトやパラ・ステラスが悪質な伝染病ににやられて封鎖されたあげく、焼き
払われた事件。あれなんかも、ナノテクの暴走の結果だって噂されてるぜ。いずれ
にせよ、おれの骨格に使われたそれはごく単機能に限定されていたせいか、どうや
ら暴走せずに所定の処置を終えてくれたらしいな。それ以前の試作品に、事故の類
が起こったのか起こらなかったのかは、おれは知らないがね」
「ずいぶんと自分の身体について無頓着だこと」
 あきれたようにつぶやくマリッドに、バラムは横目で薄笑いを送ってよこした。
「まあ、そういった細かい強化処理がいろいろ加えられていたが“気”とならんで
中核をなす技術に、松果体への薬剤投与があったんだ。松果体ってのは何なのか、
知っているか?」
 マリッドはいぶかしげに首を左右にふる。
 バラムは唇の端を歪めながらおのれの額をさし示してみせた。
「ここんところにある機能不明の器官のことだ。ザール・トゥーシュだとかブッダ
だとか、古今東西の聖人覚者の聖性を現す“第三の目”の正体はこれなんじゃない
かともいわれている。だからって、あまりいじくりまわさない方がいい部分でな。
解剖だの機械部品うめこみだの、薬剤投与だのいろいろと非人道的な実験の対象に
なってきた器官だが、たいていは発狂、ショック死につながる剣呑な結果に終わっ
ているらしい。実際、おれを含めて強化人間の一応の成功例はぜんぶで三例しかな
いそうだが、それ以前にゃ無数のモルモットどもがここをいじくられて壊れちまっ
たって話だ」
「よくもまあ」ごくりと喉をならしつつ、居心地悪げに腰の位置をずらしながらマ
リッドは述懐した。「そんな危なっかしいことを自分の身体に」
「ぜんぶ、後から知ったことさ」
 目を閉じ、真顔になってバラムは、つぶやくようにそう云った。「処置を受け終
わるまでは、危険に関する知識なんざカケラさえ教えてはもらえなかったよ」
「運がよかったのね」
 素気なくマリッドが云うのへ、バラムは静かに、首を左右にふってみせた。
 いぶかしげに眉根をよせつつバラムの横顔に向けて、マリッドは視線で問いかけ
た。
「発狂して死んでいった試作品たちよりは、運がよかったんだろうがな」
 ため息とともに、おし出すような口調でバラムは云った。「一言でいえば、強化
処理ってのは、そういう技術だの知識体系だのを縦横に駆使して、人間の秘めた肉
体的ポテンシャルを限界ぎりぎりまで引きずり出す技術のことだ。“気”の流れの
強引な化学的制御と松果体への刺激のおかげで、おれは常人とは比較にならないス
ピードで自分の周囲に起きる事象を知覚し、対応することができるようになった。
それはつまり――火事場の馬鹿力を四六時中、のべつまくなしに出しまくっている
ようなもんだ。緊急用動力を常時使用していれば、機械の寿命は極端に短くなるの
は道理だ。そうだろう?」
 ちらりと片目を開いて、横目にマリッドを眺めやった。
 返す言葉もなく、マリッドはただ眉をよせてバラムを見かえすだけだった。
 ふっと視線を外してふたたび目を伏せ、バラムは小さく「そういうことだ」とつ
ぶやいて話をしめくくった。
 それから長い間、黙りこんだまま上昇に身をまかせた。
 窓外の光景は荒れ狂う雲海をぬけて濃い藍色から深い暗黒へと塗りつぶされてい
き、やがてかすかに輝く星がその奥から、浮かびあがるようにして現れた。
 そして遠く、終着点が見えてきた。惑星をとりまく七つの発着基地を結ぶリング
システムは、いまや崩壊への安全保障のために切り捨てられているらしい。ステー
ションはいまや、切り離され孤立した蜂の巣だ。
 遺棄されてゆっくりと拡散していく構造物の間に間に、無数の移動機械が行き交
っていた。下りエレヴェータは大盛況だろう。あぶれた連中もまた、閉鎖された瓦
解寸前の密室から一刻も早く逃れるために、ドックに向けてパニックの群衆を形成
しているにちがいない。トーチカまでの足を確保できるか否か、はなはだ心もとな
い状況だった。
「バラム」
 呼びかけに対する反応は、閉じた瞼の上で片眉がひくりと震えただけだった。か
まわずマリッドは言葉をつづける。
「恋人はいるの?」
 片目が開き、いぶかしげに女を見つめた。
「いた」
 ぶっきらぼうな答えとともに感情はふたたび閉じられた瞼の下に埋もれた。
「別れたの?」
 つづく問いに一瞬の空白をおき、男はもの憂げに肩をすくめてみせただけだった。
 へえ、と意外そうにマリッドは喉をならした。
「どんな人だった?」
 テロリストは答えず、瞑目したままだ。
「夜宴都市で地下闘士をしてたころのこと?」
 バラムの唇の端が、おかしげにつりあがる。
「よくご存じだな」
「敵のことは調べとくものよ。今日までのあなたの足跡は、ある程度はわかってい
るわ。少なくとも、アウトラインはね」
「そりゃ結構」
「愛してたの? そのひとのこと」
 ふたたび、瞑目のもとの沈黙。
「名前はなんていったのかしら」
 ひとりごとのような口調の質問に、バラムは抑揚を欠いた声音で「ハルシア」と
短く返答した。
「なぜ別れたの?」
「引き裂かれたのさ。システムはそれを維持するために純粋に非情になれる」
「よくわからないけど」
「おれにもわからんさ」
「今、その人はどうしてるのかしら」
「さあな。ずいぶん昔の話だ」
「時の彼方に埋もれた記憶?」
「ちがうな。……だれも死んだ後のことなど知っちゃいないってことだ」
 言葉をのみこみ、マリッドはバラムの冷たい横顔を見つめた。
 眠るように静かな顔をしていた。
 その顔のまま、今度はバラムの方が問いかけた。
「おまえはどうなんだ?」
 マリッドはちらりと横目で見やった。
 なおも目を開かないまま、バラムは重ねて問うた。
「恋人は、いるのかよ」
「いるよ」と、ふいに子どもじみた口調になってマリッドは云った。「チェンラン
ていうの。インテリでね。ラベナドの大学で生物学を教えてるわ」
「大学の教授?」
 初めて、興味をひかれたようにバラムは目を開き、真正面からマリッドの顔をの
ぞきこんだ。
「講師よ、まだ」訂正し、そして誇りに満ちた口調でつけ加えた。「でもいずれ教
授になるわ。まちがいなく」
「そいつァ、けっこう」
 小さく笑いながらバラムは云った。「それでそのチェンランて野郎は、おまえさ
んがフリーのエージェントなんて物騒な仕事をしてるってことはご存じなのか?」
 まさか、とマリッドは盛大に首を左右にふってみせた。
「彼はあんたなんかとはちがって、きわめて普通でまっとうな、堅実な世界の住人
なのよ。あたしがそんな物騒な世界にいるなんて知られたら――きっと恐ろしさに
卒倒してしまうでしょうね。それでもたぶん、あたしを愛してはくれるでしょうけ
ど――でも、あの人があたしを見つめる視線に、恐怖が隠し味でブレンドされちゃ
うなんて、考えただけでも耐えられない。いいえ、とんでもない。死んでもあの人
には、あたしの正体なんか教えられないわよ。死んでも、ね」
 まくしたてるマリッドを、バラムは驚愕に満ちた視線で見つめていた。
 が、ふいに笑った。声を立てて。
 今度はマリッドが驚いたように目を見ひらき、そして云った?
「おかしい?」
 ああ、おかしいとも、と腹を抱えて笑いころげながらバラムは云った。
 不得要領ながらもつられて笑いながら、マリッドは子どものように笑いころげる
バラムの様子を、不思議な快さとともに眺めやっていた。

    6.ヘルダイヴ

「無茶ですよ。自殺行為だ」
 憔悴しきった群衆がパニック寸前の人だかりをもてあましているのを尻目に、短
く髪を刈りこんだ童顔の軍属整備員は云った。マリッドはもう一度、政府機関の職
員であるID証をちらつかせ、
「承知の上よ。それとももう一度、あたしのもっている権限について講義してほし
い?」
 にっこりと、微笑んでみせた。
 童顔の整備員は、仏頂面でハンガーの奥に向けて顎をしゃくり、
「手前から三つめの奴をどうぞ。ただし航法コンピュータがいかれかけてるんで、
まともな動作を期待されても困りますが」
 弁解するようにくりかえす。
「大丈夫よ」
 とマリッドは微笑みながら整備員の頬にキスをした。
 とまどった微笑をおきざりに軍用ハンガーへのステップを降り、整備中のシャト
ルのタラップをあがる。
「ほんとうに大丈夫なのか?」




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