#2771/5495 長編
★タイトル (AZA ) 94/ 9/30 8:29 (179)
光陰館の殺人 6 平野年男
★内容 22/11/01 14:41 修正 第3版
「別の可能性−−牧瀬さんと力沢君が何らかのきっかけで乱闘になり、互いに
殺しあった場合です。でも、これは現実的でない。凶器が部屋に見当たらなか
ったですからね。窓が開いていましたから、そこから放り出したとも考えられ
る。が、201の窓の下を見たところ、凶器らしき物は落ちていなかった。野
良犬か何かがくわえていったような痕跡もなし。よって、この可能性は放逐さ
れます。
以上により、昨日、ここにいた人の中には、突発的な場合を除き、二人を殺
す動機を持つ人は皆無だと見ていいでしょうね。そしてその突発的な動機を最
も持ちやすい立場にあるのがメルトホス氏ではないかと考えるのです」
流は明津由佳子の方を向いた。
「明津さん。あなたは、牧瀬さんか力沢君がメルト氏のトリックを見破ったと
いう意味のことを言ったのを聞きましたか?」
「? いいえ」
質問の意味が分からないという顔の通訳嬢。
「では、ホス夫妻に対して、冗談でもいいです、牧瀬さんか力沢君があなたの
インチキを見破ったと言ってました、という意味のことを話しませんでした?」
「ありません。あの、どういう意図でそのような質問をするのですか。私はあ
りもしないことを通訳いたしません」
「非礼はお詫びします」
流は軽く頭を下げ、急いだ風に続けた。
「弁解しますと、僕はメルト氏あるいはその妻のスージーホスが、牧瀬さんと
力沢君のどちらか−−二人ともという場合もある−−がメルト氏のトリックを
見破ったということを、知り得た余地があったかどうかを検討しているのです」
「どうやって知り得たかって、立ち聞きでも何でもあるんじゃないの」
遠藤がくだらなそうな態度で言った。しかし、流は強く否定する。
「それはない! 肝心なことを忘れてはいけない。ホス夫妻は日本語が分から
ないんですよ。今、明津さんの言ったことが事実ならば、どうすればホス夫妻
は牧瀬さんらとコミュニケーションが取れるんでしょう? 牧瀬さんか力沢君
のどちらかは英語を話せるんですか?」
「それはありませんよぅ」
邑崎が鼻にかかった声で言った。
「今年のお正月休みにハワイに行って、牧瀬さんとばったり会ったんです。そ
のとき、牧瀬さんはでたらめな英語を使ってあたし達を笑わせてくれたし、そ
のあと英語を喋っているのを見ていません。当然、付き人もです」
「そうですか、ううん。牧瀬さんがトリックを見破ったのは確実だと思う。そ
れがどう、ホス夫妻に伝わったのか……」
目を閉じ、考えている様子の流。
「早くしないといけないな。ホス夫妻は二階にいるのだから、逃げるようなこ
とはないと思うが。一度、ここに案内したとき、やけに館の構造を知りたがっ
ていたから気になる」
月谷が天井をにらんでいた。
「何ですって? 一度、ホス夫妻はここを訪れている?」
「え、ええ。来日直後に、ぜひ見たいと言い出しましたから……。でも、大丈
夫ですよ、流さん。光陰館に抜け道はないですから」
「そうじゃない。事前に来ているのなら、何か細工をした可能性を考慮しなけ
ればならない。何のための細工か……無論、最後の大技のための細工だろう」
「でも、それはできなくなったと言ってたじゃないですか」
不満そうな表情は瀬倉。流はしばらく考えてから、月谷を選んで質問する。
「月谷さん。最後の大技がどんな物か、その内容を聞いていませんか?」
「それは……詳しいことは分かりません。ただ、ある部屋に入ってからしばら
くすると、その部屋からメルト氏は消える。そして全く別の部屋から現れる、
という現象らしいです」
「そのときの、撮影の段取りは? 外から撮るのか館内から撮るのか」
「当然、館の中です。ドアの前にカメラを構えて、絶対にそのドアが開かなか
ったと視聴者に見せないといけませんからね」
「外からは撮らないんですね」
「ええ。カメラは一台きりですから」
「それなら……部屋から消失し別の部屋に現れるには、窓から窓へと移るしか
ない。ロープを使えば可能だろう。その細工をホス夫妻はあらかじめやってい
たんじゃないかな」
「すぐに調べてみましょう」
瀬倉はテレビの中だけでなく、日常でも常識人のようだ。階段へと向かいか
ける。
「いや、今となっては無駄でしょう。考えるに、その細工を今度の殺人に使っ
たからこそ、最後の大技ができないとメルト氏は言い出したんだ。僕の素人判
断だが、犯行時刻に牧瀬さんの部屋に出入りした人物はなかったと、安井さん
が証言してくれた。その謎を解くのがこれじゃないかと思う」
「ロープの細工を突発事の殺人に利用して、部屋から逃げ出したと」
「そうでしょう、瀬倉さん。恐らく、メルト氏は自分の部屋と201を行き来
できるよう、ロープを雨樋沿いに張り巡らせておいたんだ。……あ……」
言葉が途切れた流。月谷が聞いた。
「どうかしたんですか?」
「月谷さん、メルト氏は自分の部屋がどこになるのか分かっていたんですか?」
「ええっと、そうですよ。下見の折、203がいいと言ったんです。この部屋
が最も霊能力を高められるという理由で」
ディレクターの答を聞き、流はほっとした顔になる。
「それならいい。ロープを張っておくことは可能、と。よし、事件の再構築だ。
どういういきさつかは不明だが、メルト氏は牧瀬さんが一人のところを襲った。
牧瀬さんを殺した直後、付き人の力沢君が戻ってくる。メルト氏は不意をつい
て彼も殴り殺す。そして自分の超能力がインチキだということを記した物がな
いか、201の中を探して……。そうか、分かったかもしれない」
また途中で説明を止め、一人納得する流。私は口を差し挟んだ。
「何が分かったんだ?」
「いや、これは最後に確認したい。事件の再構築の続きを喋らせてもらおう。
とにかく、メルト氏は自分の身が危うくなるような物を処分することに成功し
た。さあ、ここから逃げようという段になって、彼はぎょっとしたはずだ。廊
下に安井さんがいたのだから。彼に見られず脱出する方法がない。いや、一つ
だけあった。最終日の大技のために用意しておいたロープがある。これを伝っ
ていけば、自室に入れる。スージーホスの手引きがあれば楽にできるだろう。
そしてメルト氏はロープにぶら下がり、渡る……。湯川君、これだと思うよ、
君が見たのは」
「はい?」
きょとんとする湯川。その仕種が長身に似合わず、笑いを誘われる。
「宙を歩く足だよ。君が見たのはロープを必死に渡っているメルトホスの足だ
ったんだ」
「−−ああ、そうか! じゃ、じゃあ、もし僕があのとき、腰をかがめて確認
していたら、メルトホスさんの姿を見ていたことに……」
「下手したら、殺されてたかもな。目撃されたことに気付いたメルトに」
冷やかすように言ったのは、遠藤だ。流は話を本筋に戻す。
「仮定の話はともかく……。これで説明がつく。残る難関は証拠だ」
流に続いて、ふっと邑崎が口を開いた。
「どうして殺人だなんて、当たり前のことを残したのかなあ」
「思うんだが、あの牧瀬さんがやすやすと殺されるはずがないよ。少なくとも
執念で犯人の手がかりを残すはずだ」
根室が言った。これにはこの業界の人間でない私でもうなずける。それに私
は牧瀬和義のテレビでの発言を憶えている。推理小説を揶揄したもので、「ダ
イイングメッセージというのがありますが、あんな複雑なのを死にかけてる奴
が考え付く訳がない。犯人の名前を知っているのなら名前をずばっと書くのが
当然です。いくら犯人に見つかって消される恐れがあっても、それが自然です
よ」という内容だった。私は職業柄、少しばかり耳が痛かったので、記憶に残
っているのだ。
「おい、流」
私はそのことを流に話して聞かせた。彼は首を傾げながら、紙と書く物を求
めた。そして腰掛け、テーブルの上で何やら落書きを始める。覗き込むと、例
のダイイングメッセージ、「殺人」だ。やがて流は悩みを解消した表情になる。
「名前だよ、名前。牧瀬さんは間違いなく、犯人の名前を残していたんだ!」
「どういう意味です?」
皆がテーブルの周囲に集まる。流は黙ったまま、新たな白紙に文字を書き始
めた。
メ → メル → メルト → メルト
ホス
「こう書いたんじゃないかと思うんだ、牧瀬さんは」
「よく分からん」
月谷が文句を言った。私も分からなかった。流は微笑し、説明を加える。
「これが絨毯に血文字として書かれたことを考えると、それなりに文字はにじ
んだはずですね。例えば『ル』の上の部分がつながってしまったり、『ス』が
変形して『又』のように見えてしまったり、もしくはそう、『ト』が斜めにな
って『人』のように読めてしまうとか……」
言いながら、流は紙に書いた文字を変化させていった。それは見事に次のよ
うになっていた。
メルト → メ几人
ホス → 木又
「そうか、牧瀬さんは最初から、メルトホスと書いていたんだ」
誰かが感嘆していた。私も同じ気分である。これほどまでに単純なメッセー
ジが、これほどまでに難解になるとは、何といういたずらであろう。
「メルトは日本語が読めないから、この文字を見落とし、読めない状態にする
ことなく、逃亡したんだな」
「それは違いますよ、月谷さん」
流は自信に満ちあふれた態度である。対照的に、目を丸くする月谷。
「どうして? 流さん、あんた言ったじゃないか。メルトホスは日本語を理解
できないと」
「あれは言葉が不十分でした。正確にはこうだと思いますよ。メルトホスは日
本語を耳で理解することはできないが、目で理解することはできる、とね。換
言すれば、メルト氏は日本語を読むことはできたんじゃないかと思う。読める
からこそ、牧瀬さんらが彼のトリックを見破ったことを知ったんだろうし、2
01の家捜しをすることもできた」
「それなら、どうして牧瀬さんのダイイングメッセージを滅茶苦茶にして行か
なかったんだ?」
「メルト氏は多分、これを読んだことでしょう。そのまま『殺人』と。だから
メルト氏は血文字に注意せずに、逃げ出したんです」
「そうか、読めるからこそ、余計な時間は取ってられないとばかり、逃げ出し
た……」
月谷が声を小さくした。階段の方から音がしたのだ。降りてきたのはホス夫
妻だった。
「明津さん、彼らに近付かないで、こちらにいてください」
流は明津に囁いた。息を飲むようにうなずく明津。
そして流はまた新しい白紙に、大きく文字を書き始めた。階段を降りきった
二人の内、メルトが大声を張り上げている。英語なのでよく分からないが、明
津に通訳を求めているのは明らかだった。
「ミスター!」
流が叫ぶ。その手には日本語を書いた紙があった。
メルトホスの視線が紙に行く。途端に、
「ノーッ!」
と怒りを露にした自称超能力者。
そんな彼を無視し、流はくるりと私達の方を振り向いた。
「決まりだ。皆さんが証人です」
流の持つ紙には、日本語で「いんちき野郎! あんたが二人を殺したんだ!」
と、大きく書かれてあった。
遠くでパトカーの音がしていた。
−−終わり
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