AWC 「黒姫譚」(1)俄貪堂欣幻


        
#2763/5495 長編
★タイトル (ZBF     )  94/ 9/29   0:17  (124)
「黒姫譚」(1)俄貪堂欣幻
★内容
「黒姫譚」俄貪堂欣幻/Q-saku:Mode of luna

     ・プロローグ・

 緑豊かな常夏の島、眩しいほどに明るい国。陽光が降り注ぐ海は、あくまでも
澄み、遥か沖で、空と融け合っていた。森には赤や黄の果物が実り、極彩色の鳥
が舞う。咲き乱れる原色の花は、互いに絡み合いながら、甘い香りを濃厚に放っ
ている。少女らしくスンナリと伸びきった肢体が二つ、頭に載せた篭に収穫を詰
め込み、笑い合いジャレ合いながら、近づいてくる。黒褐色の肌理細かな顔(か
んばせ)に、烏目勝ちの瞳と白い歯が、ひときわ輝いて見える。西洋でも古代か
ら文献に記録されている、「女人国」すなわちアマゾンは、母なる大地に豊かな
実りを約束された、楽園だった。

 楽園は、蛇すなわちファロスに打ち破られ、消え去る。少女が叢を通りかかっ
たとき、獣じみた体臭を放つ髭面の雑兵ようが二匹、躍り出た。「女ぢゃあ。が
はははははは、女ぢゃあっ」。二匹は、驚き騒ぐ少女を難なく押し倒し、地ベタ
に押さえ付けた。ダラシなく笑う二匹は巨きく膨張した欲棒を、狭隘な少女の陰
部に、無理矢理に捻じ込んだ。仰け反った少女の喉から、凄惨な悲鳴が迸る。…
…。苦痛に美しい顔を歪め、泣きじゃくる少女は、満足しきった二匹に更に弄ば
れ、殺された。島のアチコチで悲鳴が、絶叫が、湧き起こる。外敵に対し無防備
な、というより外敵という概念を有たない女人国は、あっけなく滅んだ。

 悪夢が楽園を食い尽くした。女たちは陵辱され蹂躙され、殺された。美しく気
高い女王は、醜い雄どもによって、その気高さに見合った甚だしい辱めを受け、
ただ一人、生き残った。侵略者の妻として、もしくは戦利品として、掠奪された。
青い叢が、血潮に赤く染まった。抉り出された臓器や眼球や子宮が、ヌメヌメと
輝きながらノタうち、トグロを巻いた。僅かに生き残った者は森に逃げ込んだ。
森は侵略者の放った炎に舐め回された。黒い炭と白い灰の中に、生焼けの逃亡者
たちが、赤白い肉を晒した。侵略者は、財宝と女王を船に積み込み、島を後にし
た。無人となった島には、累々と死屍だけが残された。

     ・第一話(一五六〇年九月)・

 「あ〜はっはっはあ〜。祟りだ。女人国の呪いだ。はっはっはああああっっっ
」目前に迫った、かつて楽園だった島を指差した男は、突如としてケタタマシい
笑い声をあげ、逆巻く波に身を躍らせた。水軍の頭目、塩握(しあく)判官資久
(すけひさ)の脳裏に十八年前の虐殺が、鮮明に蘇った。恐怖と憎悪のタギる女
たちの眼球が、無数の眼球が資久を取り囲む。激しく頭を振り、「馬鹿なっ。お
前ら、弱気になるな。綱を結べ。水を防げ。島は目の前だ」。横殴りの雨と水飛
沫に目も開けられず叫んだ刹那、翻弄されていた軍船は、激しく叩きつけられた。
岩礁に激突した船底は、砕け散った。

 男どもが波に浚われて、次々と転げ落ちる。黒々とした魚影が集まってくる。
魚影は、ボトボトと降ってくる餌に群がり、脚を腹を頭を、食いちぎる。虫ケラ
のようにモガく海賊たちの、滑稽なほどの断末魔は、水中で煙のように湧いて広
がる鮮血に、覆い隠されていく。資久は傾き沈みつつある甲板からズリ落ちなが
ら、積み込んだ財宝、その中央に固定した大きなギヤマンの箱に腕を伸ばし、何
か言おうとした。「ぐわあああああっっ」。濁った叫びが絞り出される。ひとき
わ大きなシャチが躍り出し、資久の胴体をくわえ、海へと引きずり込んだ。財宝
もユルユルと揺れながら、南洋の藻屑と、消えていく。

 あくまでも静かな午後だった。塩握島の晴れ渡った空は雲ひとつなく、青畳の
ような海が広がっていた。暖かい浜辺で、女たちは網を繕っていた。浜辺を童た
ちが駆け回っている。男たちは、南洋に財宝を隠しに行き、まだ帰っていない。
島は静かにマドロんでいた。満ち足りていた。一陣の風が吹いた。童女の髪に挿
した花が宙に舞う。波打ち際に、ふうわりと落ちる。ゆったりとした波に、花び
らが弄ばれる。童女が、漸く追い付き、にっこりと摘み上げる。「あ」ふと沖を
眺め、叫ぶ。つられて顔を上げた女たちが硬直する。慌てて我が子の手を掴み、
村に向かって走り出す。無数の軍船が、ひしひしと近づきつつあった。

 十六世紀半ば、瀬戸内海の要衝である、この島は、水軍の根城となっていた。
この島の遺跡からは、半ば炭化した南洋独特の民俗具が出土している。水軍が遠
くオセアニアまで、交易もしくは略奪の手を伸ばしていたことが解る。小規模な
がら独立した武力集団/権力である水軍は、傭兵であり、海賊であり、恐れを知
らない商人でもあった。秩序の狭間を生きる暴力集団は、小さな権力が互いに争
い合う時代にこそ、強力な影響力を行使できる。しかし、統一が進行し、大規模
な権力が国家を寡占すると、邪魔者として抹殺される。秩序の時代は、始まりつ
つあった。

 陸上権力/大名の軍勢は、圧倒的な物量で、水軍の島を蹂躙した。塩握の精鋭
は、南洋から帰っていない。残った男たち、まだ幼い少年や年寄りたちは抵抗を
試みた。全滅した。死体は、いや、まだ生きている者も、尻から口に細い丸太を
突き通され、ハエヤニの如く、浜に並べられた。女子供は捕らわれ、陵辱され、
耳を切り落とされ、鼻を削がれ、面白半分に殺された。悲鳴が空に満ち、呪いが
島を覆った。生きながらえた者は、穴を開けられた手に綱を通され、船縁に数珠
繋ぎとなって、連れ去られた。この侵略、この虐殺は後世、当然の如くに、海賊
討伐と称された。

     ・第二話(一九××年十月)・

 私は嫌な夢を見た。いや、夢ではない。事実の記憶だ。二十年が経った今でも
私を襲い、苦しめる記憶。あれは戦争ではなかった。我々Z島守備隊には、すで
に弾薬も食料も残っていなかったのだ。銃剣と軍刀だけで立ち向かう痩せこけた
我々は、我がことながら面白いように、機関銃や迫撃砲の餌食にされた。敵艦の
正確な艦砲射撃で、陣地は戦闘の初日に、跡形もなくなった。激しい敵の攻撃に
隊は分断され、指揮系統は存在しなくなった。我々は既に、軍隊ではなかった。
圧倒的な天災に逃げまどう、矮小な動物の群に過ぎなかった。あれは戦闘とは呼
べない。一方的な虐殺だった。

 私の小隊は、磯の洞窟に孤立していた。奥に床に開いた穴から、荒ぶる波の声
がする。下は海だ。まるで我々を脅すような波音の中、痩せこけ垢と埃に黒ずん
だ兵士たちの顔が、不気味に浮かんでいる。目をギョロつかせ、皆、押し黙って
いる。蟹のようだ。そうだ、蟹なら食うことが出来る。ボンヤリと考え続けてい
た。食糧は底をつき、誰もが飢えていた。一人、また一人と衰弱して死んだ。誰
かが死ぬと、きまって一握りずつ、肉塊が配られた。誰も肉の出処を、訊ねたり
はしなかった。私は、配られた肉を食いちぎり、噛まずに飲み込んだ。一週間が
経った。四十人ほどの仲間は、二十人足らずに減っていた。

 一人の少年兵が死んだ。十七歳の、美しい少年だった。褐色の艶やかな膚に、
まだ発達しきっていない、柔らかい筋肉が淡く浮かんでいた。彼の大きく澄み、
潤んだ瞳は、獣となった兵士たちに苦痛を強いられ、激しい憎悪と絶望を交互に
浮かべた。憔悴していた筈の兵士たちが、目をギラつかせて、少年に群がった。
汚辱が少年のスベてを包んだ。漂う美の残像が、汚れきった実体と重なる。美は、
醜と共存することによって、美となる。汚されきった少年は、天使のように、美
しかった。そして、少年兵は死んだ。少年兵の死体は消え、いつものように、肉
塊が配られた。私は、一口だけ、赤白い肉を噛みしめてみた。

 そのときだった。誰かが叫んだ。「敵だっ」。恐怖、いや、恐怖と言うには、
あまりにも激しく、それでいて中心のない感情が、こみ上げてきた。全員が一斉
に立ち上がった。外に、チロリと紅いものが見えた。火炎放射器だ。私は、咄嗟
に飛びすさった。炎の塊が、蛇のように宙でクネり、洞窟に躍り込んできた。私
は床の穴に飛び込んだ。踵を炎が舐める。逆巻く海が頭上に迫る。私は、波に激
突し、そのまま飲み込まれていった。ユックリと沈み続けた。朦朧とする意識の
中で、重たい軍装を解こうとした。腕は動かなかった。水面に打ちつけた体が痛
む。モガこうとしながら沈没船の横を通ったとき、不思議な物が目に入った。

 少女だった。この上なく美しい褐色の少女が、全裸で立っていたのだ。シナヤ
かに引き締まった肢体が、淡青色の世界に浮かび上がる。やや厚めの小さな唇が、
薄い笑みを湛えている。尖り気味の腮が載るスッキリと細い首筋は、筋肉の盛り
上がった肩を経て、小振りな乳房に辿り着く。脇から、引き絞った腰に向け、鋭
角的な輪郭が伸びている。水底の天使、無意味な語句が浮かぶ。思わず叫びそう
になる。口から、容赦なく海水が流れ込んでくる。咳込み、更に水を飲む。脳髄
を重たい気体が包み込み締め付ける。夢中で少女に腕を伸ばす。視界が霞む。水
が流れ込んでくる。意識が遠のく。すべてが闇に溶けていく。




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