AWC 『長城有情』 其一 旺春峰


        
#2744/5495 長編
★タイトル (LDJ     )  94/ 8/21   8:56  (148)
『長城有情』 其一 旺春峰
★内容

孟姜女は秦代の女性。

長城建設の為に徴集された夫を慕ってはるばるやってきたが、夫はすでにこの世の
人ではなかった。

その場で孟姜女が泣き伏すと壁がくずれ落ち、現れ出たのは人柱にされた愛しい夫
の白骨。

遠い昔のお話・・。

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大ユーラシア連邦の分裂はもとはと言えばある二つの国が進めようとした画期的な
新国家建設案が発端であった。

国境を接するわけでもなければ宗教、言語、人種すべてにおいて異なると思われて
いた地球の裏側どうしの二つの国が植民、被植民の関係ではなく対等に合併する。

人類史上始まっていらいの出来事であった。

なんの共通性もないと思われていた二つの国であったが、新しい遺跡の発見は両民
族が古代において兄弟以上のつながりを持っていたことを如実に証明していた。

さまよえる民族、と何千年にわたり世界の異端児的存在にあまんじてきた片方は
新たな同胞の出現を喜び、今や日沈む国となっていたもう一方は商才たくましい
親戚にパートナーとしての頼り甲斐をおぼえた。

しかし本当に動機となったのは甚だしく違った身内だからこそより深く理解したいと
いう双方の国民の素直な願望だったかもしれない。

ある意味では新世界秩序への実験ともなりうるこの融合は、だがお互いが異なる経
済ブロックに属していたことから後世「ロミオジュリエット戦争」と呼ばれた悲劇
を招いた。

そして人々はそれを一抹の願いをこめて人類最後の戦いとも呼んだ。

...

メイホワは部隊と離れ砂漠をさまよっていた。

銃口のそばで髪に飾った赤い花がゆれる。

湖は移動していた。

西へ西へと進んだメイホワに間違いはない筈であったがあたりの情景は推測とは似て
も似つかぬ砂の連続であった。

ここを越えていこう。

メイホワに迷いはなかった。湖底が干上がっていることはかえって幸いといえる。
このあたりの征空権は成層圏にいたるまで敵軍のものであったけれどそんな事は気
にはならなかった。

なんであたしは歩き続けるんだろうか。

戦略上で明確な目的を所有するがゆえに逆にメイホワはそれを唯一の目的とせず
がむしゃらに進み続ける自分をいぶかしんだ。

太古なら・・っとメイホワはその頃とかわらぬ夕陽に思いをはせた。

人々は魔物の暗躍に恐れおののき漆黒の暗闇を避け難い時間としただろう。

けれど今、科学は植物と同じように光と水からでん分を得ることができるように
なった。水は大気から無尽蔵に抽出出来る。

エネルギーは核融合がこの世の最後までも保証していた。

生物が生きてゆくになにも不足はなかった。

ただ生きる意味だけを人は知ろうと望んでいたのだ。


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メイホワは重要なことを忘れていた。

戦いを有効に進めるためすべての兵士は記憶の一部を改造されていたのだ。砂漠
をはさんで対峙する二つの軍がかつて同じ国家集合体に属していたというアトホ
ームな記憶は戦う道具としての兵士にとって有害無益なものでしかなかった。

消された記憶。

それはメイホワが何故この戦いに志願したか、なぜに西をめざすのかにもつなが
っていた。

だが記憶の一部を末梢することは容易でもそれを隙間なく別の何かで埋めること
は難しい。相手国にかかわる思い出の全てが知らぬ間に無味乾燥なものに置きか
えられたがそれは完全とは言えなかった。

メイホワはもとより記憶が削除されてしまった事実を知るわけでもなかったが、
心のどこかに自分を駆り立てるなにかが存在することに気づいていた。

なんなんだろ。

思い出す限りにおいてメイホワが西方へ出かけた事はなかった。けれど西へ近づ
くにつれ言い知れぬ懐かしさが感情を支配するのを感じた。

いつ敵が現れてもおかしくない戦場だというのにね。メイホワは星あかりが区切る
地平線をぼんやり眺めた。

ふいにかつてメイホワの祖先が築いたという超無意味な土の壁・・それはピラミッ
ドと並び世界の2大愚挙とされていた・・が遠くに浮かんだ。

星空の下で蜃気樓・・。

そんなこともあるのかもしれない。かつてこの砂漠には本当に魑魅魍魎がいて旅人
を食らったのだろう。その白骨だけが道しるべとされた時代はほんの二千年前であ
る。もしも神や悪魔が他の次元に住む違った実在ならばそれくらいは一瞬のまばた
きにも匹敵しないだろう。

またいにしえには壁を造るためだけに人生を費やした多くの人々がいたという。
厳寒の山頂から酷暑の砂漠にまでも到る長い長い石の城。苦役の果てに倒れていっ
た彼らの霊魂が幻を見せているのかも知れない。

赤外線探知機に反応しないその有り得ない建造物のシルエットをメイホワはしばら
く眺め続けた。

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紀元前戦国時代。

メイホワが一族とともに燃えさかる王宮から逃げのびれたことは奇跡であった,

秦の兵団はあたかも地の底から湧きあがったかのような暗黒の鎧に身をまとい
人の心のかけらもなく破壊と占領を繰り返した。

猛烈な秦の攻撃に対して果敢に最後まで城にたてこもり戦い倒れたと思いこんで
いた夫が捕らわれ長城建設のために使役されている事を風の噂に聞いたメイホワ
の驚きと喜びはいかばかりだったろうか。

あの人がまだこの世に生を保っている・・。

秦の始皇は一方で強力な矛を他国に向けながら征服した地の国民を牛馬よりも
簡単に使い捨てて長大な盾を全土に建設しようとしていた。

人と人のつながりを阻害する他になんの意味もない長城。メイホワにはそうとしか
思えなかった。

王族の一人であった夫がいまは身分を隠し奴隷達と同じ糧末によって飢えをしのぎ
ながら裸足で土にまみれ煉瓦をひとつまたひとつと運んでいる。

メイホワにはその煉瓦の重みが自分の苦しみとして感じられた。けれど彼女には希望
があった。あの人ならきっといかなる困難にも打ち勝ち生き延びてゆける。

王国を再興するために,そしてなによりもまず愛する私のために。

                            旺春峰




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