AWC JETBOY第4話(2)


        
#2727/5495 長編
★タイトル (EXM     )  94/ 7/31  10:13  (175)
JETBOY第4話(2)
★内容

                  2

 ホテル・ヴィラ・オクマのロビーの向こうは漆黒の海。彼方には白色の月と
きらめく星々に彩られた群青色の夜。沖縄の夜の光景が志村の眼の中にある。
 志村の宿泊するオクマリゾートよりは姫百合学園に近い位置にあるこのホテ
ルのロビーの喫茶店でコーヒーと軽い夕食を摂り、大型ビデオプロジェクター
に目を移した。
 実物の倍近くある誠と渚の顔が、目の前で記者会見に出席している映像であっ
た。これは午前中の、井上誠と井上渚の記者会見の模様である。マスコミに公
表され、サッカー関係者を驚嘆させた大事件の、多分始まりを告げる第一報で
あった。
 『横浜フリューゲルス、未知の大器を獲得! 加茂監督、十六歳の双子のヒ
ロインにベタ惚れ。史上初の女性Jリーガー見参! 』
 志村は、矢島から提供されたこの情報を事前に入手し、前日のプライムタイ
ムにファクスで送信している。とある新聞社に売りつけたのだ。これは相当な
金額になっただろう。こういう、一社独占でスクープを入手することを業界で
は「スッパ抜き」という。
 このスクープで、志村の手許に金一封が転がり込む。。
 記者会見の席に於いては、誠独りが目立っていた。この様子では、渚は添え
物にしか過ぎない。誠がアジテーションのように、時にはライバル球団やサッ
カー協会を挑発するような言葉を並べ立てて、記者達の好奇心をかき立てる。
気の強さも見せるが、女としてのしとやかな仕種もテレビカメラの前で披露し、
記者達に絶妙かつ好印象なスルーパスを配給していた。
 公開練習の時の、足と頭だけで止めるゴールキーパー姿も映し出され、サッ
カー解説者西野朗氏も「超々ユース級」と賛辞の言葉を並べ立てる。
 加茂周・横浜フリューゲルス監督も記者会見に出席し、以下のコメントを残
した。
 「井上誠には、そやな、シーサーズの指令塔に恥じない活躍を期待してると
でも言っときましょうか。ウチにゲームプランを作れる選手が入ってきたとい
う意味では、素晴らしい選手を取ったと思っとります」
 誠がにこりと静かな笑みを浮かべる。
 画面の向こうに見える誠は、アイドルのような扱われ方だ。一億総国民に爽
やかな印象を与えてみせている。しかし、所詮作った笑顔だ。
 誠が濃い化粧の匂いを漂わせていたのを志村は知っている。カメラ映りを気
にしているといった乙女心もあるのだろうが、昨日、志村は誠の顔に傷を付け
た。その時のアザが残っていない筈は無い。
 そういえば、と映像を見て気づく。
 今日、すれ違ったときの誠の瞳は鋭さをたたえていたものの、昨日のような
荒涼としたものでは無かった。何故か少しだけ潤っていた、志村はそう感じた。
 そしてシーサーズ関係においては、井上姉妹の電撃移籍の記事にならぶ大ネ
タの発表があった。
 「我が沖縄シーサーズFCは三月十三日、日曜日、現在那覇市に建設中の沖
縄スタジアムにおいて、JFLの日立FC柏レイソルとプレ・シーズンマッチ
を行うことになりました」
 驚きの声がクラブハウス内を埋め尽くした。JFLはアマチュアにおけるトッ
プリーグであるが、柏レイソルはJリーグ準会員クラブ、Jリーグと同等の戦
力は備わっている。そして、このクラブにはカレカがいる。
 カレカ、1980年代のブラジル代表のワールドカップのイレブンの一人で
あり、ブラジル国内ではジーコに次ぐ英雄として崇められた程の名声と実力を
兼ね備えたワールドクラスの選手である。
 勝算は如何にという問いに、屋敷オーナーは言い切った。
 「勝利しか考えていない」
 ここで映像が東京のニューススタジオに移った。
 記者会見の後の事だが、記者達の裏話に志村は耳を傾けていた。
 レイソルとの対戦の件に関しては、大ホラ吹きというコメントがかなり場を
占めていた。老人ボケという失礼な評価まで耳に入った。
 子供が大人に勝てるわけが無い、というのだろう。
 志村の評価は、あの時から一貫して変わらない。レイソルとの試合の後になっ
てマスコミもシーサーズを知るのだと笑った。
 「さてと」
 NHKの七時のニュースが終わり、志村は食事も済んで、一つの本を手にし
て読み始めた。
 題字は毛筆で、最強格闘技論と銘打たれていた。
 中身はグレイシー柔術と少しだけ極真カラテの項目で占められている。格闘
技雑誌の表紙を賑わせるグレイシー柔術、世界最強の格闘技はこれだとプロレ
ス関係の記者も口にする。
 しかし、編集長ことバーバリアン山岡の言葉が何度も志村の脳細胞に訴える
事を繰り返して止まない。
 グレイシーを破るのは、琉球拳法おいて他はない。
 山岡が沖縄に来た道理も大体は判る。多分、琉球地方各地にある古武術の道
場を訪れるためだろう。しかしいま一つ、山岡がシーサーズの練習場を訪れた
意味がつかめなかった。
 山岡の行動には意味がある。
 しかし、その意味がどうも判らない。
 三杯目のコーヒーをゆっくりと口にしながら考える。
 「痛てっ」
 昨日の誠との一件で、少し口の中を切っていた。先程から何度も志村は顔を
歪めていた。
                ★
 山岡がホテルの一室で杯を交わすのには理由がある。
 志村は山岡を師と思っている。同様、山岡も志村を弟子のように捉えている
のだろうが、山岡は、直観的に信用できる人間としか酒を飲まない。ギャラリー
のいる居酒屋やレストランでは飲もうとはしないのだ。ホテルの一室や、客の
殆ど来ない裏町のバー、そんなところで酒を飲む。
 そして山岡の、業界内での評価が大きく分かれることも一因としてあった。
山岡の書いた記事は快く思われない事が多々ある。山岡の編集方針及び記事は
過激で、取材を拒否される事もある。極端な例をあげれば、山岡の妻が路上で
襲われたという事件があった。そのような事が度々あるせいか山岡は極力、プ
ロレス会場以外の場所に顔を出す事は滅多にない。
 志村にとって、この酒の席は愉快なものであった。選ばれた者として、山岡
の格闘論・プロレス論を聞き取るのである。紙面に表れない、山岡の生の姿が
そこにある。
 しかし、山岡は九時近くになってもホテルに姿を見せない。三〇分おきにド
アをノックするのだが、声ひとつも聞こえない。
 気になっていた。山岡はマスコミ界に身を置く人間である。時間には少なく
とも敏感だ。
 コーヒーを半分置き去りにして、席をたつ。
 また志村の足が、山岡の居るはずの705号室へと向いた。
 今度こそはと、エレベーターに乗り込んだ。
 エレベーターはふわりと舞い上がっていくように走った。
 7階に到着した。
 「よお、シムラ」
 「ルイス! 」
 エレベーターの扉の前にはルイス・ネグーロ・カルロスと、その通訳が居た。
 「さっき、ヤマオカと話してきたところだ」
 「あれっ? 705号室には? 」
 「俺とヤマオカが話してたのは706号室だぜ」
 「あの人、またやったな」
 志村は山岡の悪癖をすっかり忘れていた。
 山岡はたまに客人を騙すことがある。騙しておいて、御免と謝ることが常であっ
た。自分の宿泊している部屋の隣の部屋の番号を告げると言った程度の些細な悪
ふざけなのだが。
 「あんがと、ルイス」
 「ちょっと待て、シムラ」
 と言って、ルイスが手鞠くらいの大きさの箱を手渡した。
 「酒のツマミに、どうだ」
 中にはチョコレートボンボンが入っているぞとルイスは言った。
 「じゃ、頑張るこったな」
 「はっ? 」
 志村の肩をたたき、ルイスとは通訳は無人のエレベーターに乗りこんで、志村
の視界から消えた。
 「ボンボンが入っているのに、結構軽いな」
 それにチョコレートボンボンなんぞを酒の肴にしたって、洋酒だったら悪酔い
する。ミスチョイスだ。
 706号室の前に志村は立った。
 志村は右手を胸に当てて、深呼吸をひとつする。
 コンコン
 志村がドアを軽く叩いた。
 「入って! 」
 大声の女の声が耳に入った。
 「女でも買ったのかな? あの人」
 志村がドアを開けて、部屋の中に入ると………
 「志村、ようこそ」
 薄暗い一室の中に居たのは山岡では無かった。
 「ああっ、なんで? 」
 ベッドの上に居るのは、夏服を着た女子高生、しかも見覚えのある顔であった。
 「山岡さんだったら、707号室だよ」
 またしても山岡のトラップに引っかけられてしまった。
 「お前、おい、おい、どうして」
 「右手にある箱、開けてみなよ」
 言われたとおりに志村はその箱の包装とリボンをといた。
 その中身を知ると同時に驚きの声、そしてため息と三十路男の表情が変容する。
 ジョークにしては、この箱3ダースの中身は倫理上マズいものだった。
 「志村だったら、それくらい使うだろ」
 「お前、どういうつもりで」
 志村は、1ダース分をベッドの上に置いた。
 「コンドームなんて……… お前、何たくらんでいるんだ」
 「私と一緒に使うに決まってるんじゃない」
 少女は、靴下を脱ぎ始め、それを机の上に置くと、今度は制服のボタンを外し
ながら、ゆっくりと志村の方へ目線を移した。
 「志村が私の事を覗いてたの、知ってるんだ」
 「えっ」
 志村が否定するが、言葉はあやふやで辻褄が合わない。
 「いいよ、別に」
 少女は、昨日と今朝見たときの瞳を何処かにしまいこみ、もう一人の妹と同じ
ような穏やかな言葉で語りかける。
 「志村は渚のこと好きなんでしょ。ルイスからその事を聞いた時、嬉しかった。
ひょっとしたらって思って」
 ノゾキの件は全て、ルイスが明かしたようだ。
 スポーツウエメンにしては意外と細い指で、薄暗い灯りを蛍光灯の白い光に変
えた。姿容が鮮明に浮かび上がる。
 少女は正直に告白した。
 「殴られた後、顔よりも胸が痛んだ。全て志村のせいだ」
 誠は少し、志村から逸らした。
「それにルイスは、あんたに惚れ込んだみたいだ。ルイスが惚れた奴なら私も好
きになるさ」
 再び、精悍な顔を、今度は志村の真正面に見据えた。
 井上誠の目が、勝負師の目になった。
 「だから、はっきり言う。私と一緒に、寝て欲しいの…… 」
 誠は制服のブラウスのボタンを全て外し、志村に叩きつけた。
 誠の告白は媚薬どころか劇薬になってしまった。告白した相手は、見た目恋愛
には疎そうな中年男だ。
 井上誠はいろいろな瞳の色を見せる。この場の瞳は、今宵限りのものであった。





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