#2675/5495 長編
★タイトル (GVJ ) 94/ 7/ 4 17:43 (199)
憑狼楽団(5) 青木無常
★内容
している感のある森下夫婦にいささかも気圧されることなく受け流してるって感じ
で、強行軍の疲れもまるっきり感じさせないまま到着宴会に静かに加わっていたら
しい。
だから、目立たないけどさすがに川薙秀智さんの古い親友だけあって、それなり
のパワー秘めてるのかもしれないねー、とか、同じ部屋で寝ることになった智子さ
んと話しあってたりしてた。
二日目。
怒涛の体力を誇る森下夫婦の先導で、しぶる風神丸も無理やり引きずりこんで、
路面電車の一日乗車券を買いこんで長崎見物。長崎って、あたしにとってはけっこ
う抱いていたイメージと微妙にちがう街なみだったけど、とくに午後にまわった孔
子廟の豪奢な展示物と教会が印象的だった。
夕刻、坂の上の藤崎邸の庭とベランダが、長崎港を見おろせるぜっこうの高台に
位置することに気づいてあたしたちしばし感動。きのうは結局、ここについたとき
は夜だったし、今朝は今朝で何だかあわただしく朝御飯食べてから森下夫婦に急か
されてとっとと出かけたりだったんで、今の今まで気づかずにいたってわけ。
庭にみんなでテーブル引き出して、その夜の夕食は(ちょっと、というか、かな
り暑かったけどさ)バーベキューパーティとなった。
どう、ここからの眺め。グラバー邸よりポイント高いよ、と鼻高々にいうのは藤
崎のおばあちゃん。先祖代々この長崎に住んできた、きっすいの長崎っ子ってとこ
だろうか。グラバー邸って、今日は時間なくってまわりきれなかったからあたしそ
の時点では、まだ行ったことなかったんだけどさ。
そのまま陽暮れて、リビングでの宴会に移行する森下夫婦と藤崎老夫婦とはべつ
に、円城寺さんも含んだあたしたち若い衆は、なんとなくそのまま庭のテーブルを
前にして、朱く沈んでいく街なみを眺めおろしながら、あれこれととりとめのない
話を交わしていた。
そのうちふいっと円城寺さんがいなくなったな、と思ったら、智子さんのマーチ
のトランクにつみこまれてた愛用のストラトキャスター抱えて戻ってきた。
アンプも電源もなかったけど、それでも震える弦とつむぐ円城寺さんのシルエッ
トは不思議な存在感をただよわせていたし、なによりその指先から流れ出るメロデ
ィーの優しさと淡さ、そして力強さとが、このあたしをして思わず涙ぐませるほど
迫ってきたんだ。
あたし、そのとき初めて、円城寺さんて人に出会えたのかもしれない。
そんなふうに思わせるほど、ふだんのあのもの静かでひかえめな円城寺さんとは
ちがった、不思議な迫力を放っていたの。
組んだひざの上で軽く手を握りながら、遠い熱い視線をかすかに潤ませて恋人を
眺めやる智子さんに、あたし、ちょっとジェラシー感じたほどだもの。
そして、風神丸も。
やけに切なげな顔して、あいつは終始、ギターをつま弾く円城寺さんから視線を
そらし、黒く深く沈んでいく眼下の夜の港を、無言でいつまでも眺めやっていた。
握りしめた拳は、自分もベースを持ってこなかったことを後悔してるにちがいな
いって、あたしかってにそう決めこんだ。たぶん、そう的外れな見こみでもなかっ
たと思う。
その夜、博多での飛び入りギグの話を智子さんからきいて、あたし後悔のほぞを
かんだ。なんでも有名なライブハウスがあったんだそうで、あたしたちも誘われて
はいたんだけど、風神丸のおとうさんが「たまにゃあ二人きりにさせてやんべ」な
んておっしゃるモンだから、それもそうねと風神丸と顔見あわせてうなずきあい、
いってらっしゃいと快く気をきかせたつもりだったんだけど。
なんかその夜は、地元で最近大人気のバンドが臨時で演ってたらしいんだけど、
ハコに入って十分と経たないうちにその連中の演奏を聴いていた円城寺さんが興奮
もあらわにステージに乱入。店の備品らしいアコースティックギターを借用してプ
レイに殴りこみをかけ、そのまま会場と一体になって大盛り上がり大会になったん
ひとり客側に取り残された形の智子さん、多少気の毒って感じがしないでもない
んだけど、円城寺さんとつきあってるとそういうことってけっこう少なくないらし
くって、一種あきらめの心境でほかの客といっしょになってエキサイトしてたんだ
そうだ。
そんな話を聞きながらあたしは、あの夕暮れのすすり泣くギターの音を反芻して
いた。円城寺さん、ふだんのあのキャラクターのイメージしかなかったから、あの
川薙秀智さんをして「ギターを弾かせりゃ天下一品」とまでいわしめたことを知っ
ていながら完全にあなどっていたって、まあそういうわけだ。
まったくうかつ。
ふと気がついて見まわしてみれば、あたしのまわりって何だか最近すごい男たち
ばかりだったんだわ。
「河鹿ちゃん、もしかして風神丸のこと、好き?」
灯りを消した夜の底で、長崎の森閑に耳をかたむけながら、とりとめのないとぎ
れとぎれの会話を夢うつつにかわしている時、ふいに智子さん、そうきいてきた。
どういう意味でそういう問いが出てきたのかいまひとつよくわからなかったけど、
ライブのことや秀智さんのことや、そして風神丸のベースのことなんかをちょうど
話していた時だったから、そしてたぶんあたし、風神丸のことを話すとき、かなり
熱い口調になってたかもしれないって自覚してたから、しばし考えこんだあげく、
「わかりません」
と答えてた。
そして答えてからすぐ、つけ加えた。
「でもたぶん、男の子とかって、そういうふうには意識してないと思う。特別な
奴ってのは、まちがいないけど」
すると智子さん、かすかに笑ったように、あたしには思えた。気のせいだったか
もしれないけれど。
「そんな感じかもね」
そしてふいに声を高くして、なんだかさばさばした口調でそう云った。
よくわかんなかったけど、何だかちょっとだけカチンときたので、
「そうですか」
とだけ答えておいた。でもその返事に、不機嫌がにじんでいたのかもしれない。
「ゴメン。気にさわった?」
敏感に智子さん、そうきいてきたから、そんなことないです、ぜんぜん、と、あ
たしあわててつけ加えなきゃならなかった。
次の日はなんだか一日中くもってて、ときどき小雨がぱらついたりしていやな天
気だったけど、かまわずあたしたちは全員そろって坂の上や下をかけずりまわって
た。埒もないバカ話を際限なくくりかえしながら、意味もなく笑いあいこづきあい、
ぬけがけしてかってにギグやった円城寺さんをみんなしてなじりながら(とうぜん
智子さんも)、帰途も博多経由で一泊して今度はかならずみんなそろってライブハ
ウスになぐり込みだ、なんて息まいてたりしてた。
ぐずっていた天気も夕方ごろになってきれいに回復して、あたしたち一行は教会
の近くにある喫茶店で、森下夫妻、円城寺さんたちとそれぞれカップルにわかれて
別行動をとることに決めた。
とうぜんあたしのお相手は風神丸。
おたがい役不足の感がないでもないけど、べつにさして意識しあうほどの仲でも
なし、気楽にその辺ぶらつけばいいか、とあたしたちは顔を見あわせながら無言で
そう取り決めていた。
みやげもの屋を物色した後、石畳のくねった坂道をふたりして前になり後ろにな
りしながらのんびりと散策した。
坂の途中にぽつりと置かれたベンチにならんで腰をおろして、暮れていく港を眺
めおろしていたころには、何だかみちたりた無言の時間にひたりきっていられた。
藤崎邸の庭からとはまたちがった夕暮れの風景。小さな港の水面にきらきらと朱
い光が乱舞し、いくつもの船が静かに、ゆっくりと移動していく。
ぼんやりとベンチに腰をおろして頬づえをつくあたしたちのかたわらを、ときお
り思い出したように車がかすめすぎていき、そしてまた、勤め帰りらしい人たちが、
たぶん路面電車の発着時間にあわせてだろう、つらなって、それぞれのリズムを刻
みながら、あたしたちをちらりと眺めやったりしながら、坂を登って通り過ぎてい
った。
そんなあれこれをぼんやりとやり過ごしながら、あたしふと、なにげなく口にし
ていた。
「風神丸」
んー? と何だかぼけた声で答えるあいつにあたしはちらりと苦笑を送り、
「あんた、好きな人、いんの?」
するとあいつ、何をいってんだこいつとでもいいたげに小さく鼻を鳴らし、そし
て云った。
「いるよ。江藤河鹿」
いたずらっぽく笑いながら、横目であたしをうかがう。
あたしもまた鼻で笑いながら、
「ふうん、そうだったの? 知らなかったなあ」
とぼけて、そう答えたりしてた。
あははは、と珍しく快活な声であいつは笑い飛ばし、
「まあ、うそではないけどね」
としめくくる。ふふん、まあ、そんなところだろう。
あたしは唇の端に笑いをとどめながらくつろいだ気分で足をのばし、う、ん、と
声を立てながらのびをひとつして、そして訊いた。
「ねえ」
「んー?」
「なんでバンド、つくらないの?」
あいつは、組んだ手に顎をのせて無言のまま、答えようとはしなかった。
答えをさがしあぐねてる、って感じだった。
「秀智さんのベースに、勝てないから?」
追いうちをかけるように、多少意地悪な気分も手伝ってそう訊いてみた。
ムキになって反論するか、それともむっつりと不機嫌に黙りこんでしまうかと予
想してたんだけど、意に反してその日の風神丸はやけに素直だった。
「秀智さん、そんなふうに云ってたの?」
笑いながら、そうきいてきたんだ。あいつ。
うん、まあね、と答えてからあたしはあいつの顔をまじまじと見やり、
「あたしが秀智さんと飲んだの、知ってたの?」
すっとんきょうにそうきいた。
風神丸はちらりと片眉をあげ、肩をすくめてみせた。
「知らないよ。でも、秀智さんが云いそうなことだから、さ」
それから、へええそうだったの、おれを仲間外れにして、みんなで飲んでたりし
たんだ、ふうんそうだったの、とわざとらしくすねてみせたりした。
お定まりのやりとりが好きってわけじゃないんだけど、あたしも「そんなことな
いってば。みんなで風神丸がくるの待ってたんだよ」とか、台本どおりの弁解であ
いつをあやしたりしていた。
そういうのって、何となく嘘くさくっていやだな、とかそれまでは思っていたの
に、風神丸を相手にそれをやっていると不思議に自然で、そして不思議に心地よく
って、ああ、こういうのもべつに、嘘でもなんでもないんだなって、なんとなくそ
んなふうに思ってたりもした。
そんなふうにしてさんざやりあったあげく、風神丸は、藍色の山なみと港に灯る
火の列を眺めおろしながらフッと黙りこみ「「そしてしばらくしてから、口を開い
た。
「最初はそうだったし、いまでもちょっとくらいはそういう気分、残ってるけど
さ」
ちょっと寂しそうに、あいつ、笑ってた。
「でも、ちがうの?」
そんなあいつの顔、見ながらあたしがそう先をうながすと、風神丸はうーんとう
なりながら耳たぶをいじりまわした。
「ちがうってこと、ないけどさ」そういってからまた言葉をとぎり、「なんてい
うのかな。……あの人や、円城寺さんやらと演ってたことがあったからだろうけど
……ほかの人間と組んでみたりしても、かなり、なんていうの、かったるくってさ。
とくにヴォーカルなんか、かなりね」
やっぱ、という感じであたし、うなずいてみせる。
「秀智さんも、そんなようなこと云ってたな」
とあたしが云うと、アハハとあいつ、なんだかやけに嬉しげに笑う。
「でも」とあたし、つづける。「秀智さんにいわせりゃあんたのヴォーカルだっ
て、かなりいけるって話だったよ」
自分じゃどう思ってるんだかしらないけどさ、と、ちょっとすねたような口調で
つけ加えてみた。
すると風神丸は、また組んだ手に顎をのせてしばらく黙りこんでから、云った。
「歌うの嫌いでもないし、秀智さんとはタイプちがうけど、おれ自分の歌声、悪
くはないとは思ってるよ」
なんだこいつ。けっこう云うじゃん。
て内心でのあたしのつぶやきを、あいつが聞きつけたのかどうかはわからない。
ただあいつはその時、ちょっと照れたように笑ったんだ。
「でもおれ、ヴォーカルでワンステージもたせられるほどのカリスマもってるわ
けじゃないからね。たとえば秀智さんのバックで演ってて、ちょっとツナギで一曲
か二曲、ってんなら、けっこう受けるだろうけど、さ。おれがバンドのメインのヴ
ォーカルとるってのは、かなりきついもんがあると思うんだ。それにリズムセクシ
ョンがメインでヴォーカルとるのって、かなりきついモンがあるんだぜ」
きみにはわからないだろうけど、とでもいいたげに笑いながらあたしを見るの。
ちっ。なんか小憎らしい。
だからあたし、ちょっとムキになってたかもしれない。
「だったら、インストバンドでもいいじゃん。また円城寺さんと組めるんだしさ、
状況としては」
なんてわけのわからないセリフでからんでた。
あいつは、困ったような顔をしてあたしと、そして夜の海との間とに何度も視線
をさまよわせ、何か云いかけるようにしては言葉をのみこみ、そしてしまいに黙り
こんだ。
「だって、インストじゃ足りない」
ちょっと怒ったような、そしてどこかあきらめたような声音で、あいつがそう答
えたのは、何だかずいぶん時間が経ってからのことだった。
「足りないってなにが」
答えが返ることを期待して訊いたわけじゃない。事実、あいつから得られたのは、
「足りない」
同じ言葉の、むっつりとしたくりかえしだけだった。
いや。
あたしにだってわかってた。