AWC お題>「水底の天使」>「人造美人」(2/2)    宵寺


        
#2655/5495 長編
★タイトル (TRG     )  94/ 6/19  17:16  (200)
お題>「水底の天使」>「人造美人」(2/2)    宵寺
★内容
《でも、わたし、孔のためにきれいになろうとしたのよ》
「外見はきれいでも、すっごい性格ブスだわ」
 陽子がいった。実感がこもっている。
《なんですってえ》
「コーちゃん一人にべたべたして、ほかの人間を傷つけるのをなん
とも思ってないじゃない」
 よっぽど「子供っぽい」といわれたのを根に持っているらしい。
《おだまり!》
 陽子の方で何か風切り音が聞こえた。
「きゃっ」
 陽子が倒れた。陽子のシャツの腕の部分が破れ、血が染みだした。
『アイ』がマニピュレータで陽子を攻撃したらしい。
「『アイ』、よせ! 人を傷つけちゃだめだ!」
 おれは陽子を抱き起こした。そのまま『アイ』に背を向け、陽子
をガードした。
「陽子、大丈夫か?」
「平気、かすり傷よ」
《孔、どいて。その女にわたしをばかするとどうなるか、思い知ら
せてやるわ》
「そうと聞いちゃ、ますますどけないね」
《なんでそんなちんけな女をかばうの?》
「ちんけな女とはなによ。いらないとこで体重稼ぐよりよっぽどい
いわよ。なにさ、ふん」
「あほ、黙ってろ。相手は体重なんか気にしないんだぞ」
 そういう問題でもないような気もする。
「へん、どうせ水の中でしか、体形を維持できないんでしょ。この
トーフ女!」
《いわせておけば……》
『アイ』の声が震えだした。
《孔、そこをどきなさい。どかないとあなたも……》
「陽子を傷つけたいなら、おれを腕づくでどけてからやりな」
 一瞬、『アイ』が黙り込んだ。
《だめ。わたしには孔は傷つけられないわ。お願い、そこをどいて》
「いやだ」
《孔!》
『アイ』が悲痛とも聞こえる声を出した。おれを傷つけたくないの
は本当らしい。これを利用させてもらわない手はない。
 おれは腕の中の陽子を見た。傷は本当に浅いみたいだ。
「動けるか? 外へ出るぞ」
「うん」
《だめよ。行かせないわ。ドアはロックしたし、第一……》
 耳のそばで風がうなった。マニピュレータだ。天井走行で、この
部屋のどこへでも届く。厄介なものを付けてくれたもんだ。
《さ、孔、その女から離れて》
「できない相談だね」
《どうして? なんでその女をかばうの? わたしよりその女の方
が大事なの?》
「少なくとも、『アイ』のプライドよりは陽子のからだの方が大事
だね。人間のからだは『アイ』と違って、傷ついたらもとに戻せな
くなることがある」
《人工知能のわたしにとって、プライドは存在主体よ。それをない
がしろにするってことは、わたしを否定することだわ》
「『アイ』のプライドは、また作りなおすことができる。だけど、
人間のからだはそうはいかないんだ」
《今存在するわたしは唯一無二のわたしよ。もう一度作ってもそれ
はすでにわたしじゃない。あなたはわたしを否定したのよ》
「『アイ』、わかってくれ。おまえに人を傷つけさせるわけにはい
かないんだ」
《わかったわ》
 わずかな沈黙の後、『アイ』がいった。
《あなたがその女を本気で大切に思っている証拠を見せてちょうだ
い。そうすれば、わたしはあきらめて二人を帰してあげるわ》
「……ほんとか?」
《あなたにうそはいわないわ》
 おれは陽子の顔を見た。不安そうにおれの顔を見上げている。
「ムードのないシチュエーションで悪いな」
 陽子が首を軽く横に振り、目を閉じた。おれは陽子の顔に手を伸
ばし、乱れた髪を撫でた後、陽子の唇に自分の唇を重ねた。
《ひぃいい−−−−》
『アイ』が悲鳴をあげた。
《おおおおお》
 おれの顔が陽子の顔から離れるまで『アイ』の悲鳴は続いた。
「……あ、コーちゃん、あれ!」
 閉じていた目を開いたとたん、陽子が恐怖の表情を浮かべて『ア
イ』の方を見た。上気していた頬が一気に青ざめている。
『アイ』を振り向いた。からだ中の血が一瞬に凍りついた。
《悔しい……憎い……わたしはこの水槽から出て孔に触れることも
かなわないのに……》
 両目をかっと開いた。焦点もあわず、ただこちらを向いている。
口は顔の両端近くまで開き、唇からは上下4本の牙がせりだしてき
た。目からは、赤い液体があふれだしていた。水に溶けないらしく、
玉になって水槽の底に落ちていく。
《許せない……許せない……その女、許せない》
 腕には剛毛が生え、爪がきりきりと尖ってくる。
《そして、手の出せない私の目の前で、けだものみたいにその女を
抱く孔、あなたが恨めしい……》
 顔には「くまどり」のように朱の線が走り、額からは……2本の
角が生えてきた。
 そこにあるのはすでに美しかった『アイ』の顔ではなく、まぎれ
もない鬼の顔だった。
《恨むわ……恨むわ……。勝手にこの世に生み、愛を教えておきな
がら、その愛に報いてもくれず、孤独と絶望だけを与えたあなたを
恨むわ》
 目から吹き出す赤い液体は、まさに血の涙だ。それに気付いたの
か『アイ』のモニタカメラが培養液の入った水槽を向いた。
《これは……、この姿は……、いったい……まさか、その女に嫉妬
してこんな姿に?》
 どうやら自分の身になにが起きたか悟ったらしい。
《なぜ? だめだわ、戻れない。あの姿に戻れないわ》
「恨みの念が強すぎて、制御回路のどこかに負荷がかかりすぎてい
るんだ。『アイ』、気を鎮めろ」
《無茶をいわないで! こんな気持ちにさせたのはあなたなのよ》
 赤い液体の吹き出す量が一気に増えた。
「そこだ。目の奥のあたりがそうだ」
《だめ、だめ、うまくコントロールできない。もうだめだわ。もう
おしまいなのよ。例えもとに戻ったとしても、あなたにこんなあさ
ましい姿を見られては、もうわたしは……そうよ。もう終わりだわ》
 思考が変な方向に向かっている。例え人工知能といえど、こんな
「感情」を持つことができるのだろうか。それとも、おれたちは偶
然、「それ」を作り出してしまったのだろうか。
《もう、あなたを私のものにすることはできないわ。あなたにこん
な姿を見られてしまったんだもの。そうよ。いっそ手に入らないな
ら、その女にもあなたを渡しはしないわ》
 マニピュレータがおれに向かって振り回された。陽子を抱えたま
ま床を転がってよけた。先端が床に刺さって、マニピュレータが動
かなくなった。おれと陽子は立ち上がり、ドアに向かって走った。
《無駄よ》
 ドアはロックされている。びくともしない。そうしている間に、
『アイ』はマニピュレータの先端を床から抜いた。横薙ぎに払う。
辛うじて身をかわす。すぐさま次の攻撃が来る。
 いくどかよけているうちに、おれたちは『アイ』の水槽の前に来
ていた。正面に『アイ』が立ってこちらを見ていた。おれたちを追
いつめた満足感からか、口元に笑みを浮かべている。不思議と安ら
いだ笑みだ。
《孔、もう一度だけチャンスをあげるわ。その女を放してくれたら、
あなただけは助けてあげる》
「約束が違うぞ、『アイ』。証拠を見せたら、二人とも帰すといっ
たはずだ」
《確かに言ったわ。でも、二人が抱き合う姿を見たら、自分の感情
を押さえられなくなったの。私は孔をだれにも渡したくない。たと
えあなたを殺してでも、ほかの女には渡さないわ》
「ならしかたないな。『アイ』をそんな風に育ててしまった責任も
あるし、陽子をこんなことに巻き込んでしまったのもおれのせいだ。
陽子を無事に返すと約束したら、喜んで殺されてやるよ」
《よくわかったわ。孔はどうあがいても私のものにはならないのね。
孔にとって私は娘なんだから、あたりまえよね。とんだエレクトラ・
コンプレックスってわけね》
「そういうことになるかな。気持ちはうれしいけど、『アイ』は成
長の楽しみな娘だよ。さあ、わかったら気持ちを鎮めてもとの姿に
戻るんだ」
《そうはいかないわ。私がこんな風に『変身』するとわかったら、
孔たちはきっと私をこのままにしては置かないはずよ。そうさせな
いためには……》
『アイ』がマニピュレータを振りかぶった。
《さよなら、孔》
 おれは陽子を抱きしめて目を閉じた。マニピュレータのうなりが
近づく。死を覚悟した瞬間、ガラスの割れる音が聞こえた。
 目を開けると、マニピュレータが水槽に突っ込み、先端が『アイ』
の眉間を貫いていた。
「『アイ』!」
 形態制御回路の負荷が今の一撃で修正されたらしく、『アイ』の
姿がもとに戻って行く。
《うれしい。この姿で孔とお別れできるなんて》
 水槽にあいた穴からは培養液がもれている。
「待ってろ。今穴を塞ぐから」
《孔を傷つけなくてよかっ……》
 突然、『アイ』の動きが止まった。本体を支えていたケーブルの
動力が切れ、『アイ』のからだはゆっくりと水槽の底に沈んでいっ
た。血の涙に見えた赤い液体が舞い散った。すでに鬼ではなく、天
使のような顔に戻った『アイ』の上に、今度は花びらのように舞い
落ちる。
「……どうなったの?」
 その光景にしばらく見とれた後、陽子が聞いた。
「外で異変に気付いた誰かが、『アイ』の電源を切ったんだろう。
ちょっと遅きに失した感はあるけど……」
 おれは『アイ』の本体につながっている制御配線を外しはじめた。
「おーい、無事かあ?」
 ドアが開き、『アイ』研究グループのの鷹野が入って来た。
「おお、鷹野、急いで『アイ』からマニピュレータやほかの制御回
路を外して、電源を入れなおすんだ。まだ復元できるかも知れん」
「コーちゃん、寝た子を起こす気?」
「だから牙と爪を抜いとくんだよ」
 だが、すでに『アイ』の有機体組織は破壊されていた。
「メモリの内容が消えちまったのが痛かったよなあ」
 あとのことを鷹野にまかせて陽子を病院に連れて行く道すがら、
おれはぼやいた。
「だって、あれじゃ誰が見たって暴走よ。鷹野君を責めるわけには
いかないわ」
「わかってる。おれだってああしたさ」
「結局、バグなのかな」
「そうかも知れん。これから細かく調べていけば、何か出てくるか
もな」
 陽子がポケットからたばこを取り出し、火をつけた。紫の煙を盛
大に吐き出す。
「ところでさ」
 陽子が振り向き、おれに向かって勝ち誇ったような笑顔を作った。
「責任、とってもらえるよね」
「責任? 何の?」
「とぼけないでよ。乙女のファーストキスを奪っておいて。そんな
ことだから、人工知能ふぜいに『けだもの』呼ばわりされるのよ」
 陽子の眉が片方つりあがった。
「あのね、おまえを助けるために意を決して灰皿なめる気になった
おれの身にもなってくれよ。だいいち、誰がファーストキスだ」
「ひっどーい。でもそうやって逃げようとしても手遅れよ。さっき
のキスで、もうあたしのお腹にはあなたの赤ちゃんが……」
「おれはエイリアンじゃねえ!」
(了)

参考:馬場あき子「鬼の研究」(ちくま文庫刊)
   SFデータボックス定期OLT




前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 松虫の作品 松虫のホームページ
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE