#2612/5495 長編
★タイトル (EXM ) 94/ 5/13 6:55 (184)
JETBOY.13
★内容
「JETBOY」
第一部最終回・第13話 「笑顔」
前半と違う誠がフィールドに居た。
今まで観た中で最も軽やかなステップワークを駆使して、単独で抜きにかかる。
カピトンが徹底マークし、時々反則紛いの削りをやらかしても、その高等技術が
ぐらつくことなんてない。必ずペナルティエリア内までチャンスボールを運んで
いくのである。
カピトンの体裁きを見極めて、前園、アマリージャ、そして渚へとパスを散ら
す。開始10分で未だ1点のみの失点で済んでいるのは、柱谷とペレイラの「歳
の功」といえるかもしれない。
もはや、マンツマーンディフェンスにも限度が来ていた。フリエサポーターに
とって、出して欲しいところにラストパスが出ているのである。もし前線がしく
じったとしても後門のエドゥーがいる。エドゥーのロングシュート怖さに、ヴェ
ルディはラインを徹底して下げることさえも出来ない有様である。
これは明らかに、誠の復調とともに現れた効果である。
久々のヴェルディの猛攻だ。それでも誠を要にしたゾーンプレスに身動きを奪
われ、前線の武田にボールがつながらない。ゾーンプレスが成功するたびに、屋
根の下のメインスタンドの観衆がため息を漏らすのがこっちからも判る。
ヴェルディサイドが動き始めた。
その時同じくして、試合も大きく動いた!
高田のゾーンプレスから、誠を短時間で経由して、前園にロングパスが通る。
金髪の獅子、U−23オリンピック代表の肩書を持つ男、前園聖清が渚に匹敵
するドリブルスピードで背番号6河本をぶっちぎってペナルティエリア奥深く侵
攻せんとする。
フリエサポーターの、特に女の子達が拳を握りしめ、金切り声をあげる姿が最
上段からもはっきりわかる。
コーナーぎりぎりの所で少し、間を作る。
チェックに入る石川、北沢、そして柱谷。
見えた!
「いけぇ、走れ! 渚ーーーっ! 」
空間が見えた。俺の目にはそれが見えた。
前園にもそれは見えていた。しかし振り向きもせず、緑の壁を強引に切り裂い
て、その無人の空間にラストパスを叩き込んだ。
絶叫! 緑の軍団の悲鳴!
そして、前園の意思通り、渚はそこに走り込んだ。
前園のラストパスがペナルティエリア中央に舞い降りた。
身体ごと、とびかかって渚をくい止めようとする菊地新吉であった。ボールは、
いったん彼のファインセーブという形で懐に納められると思った。
しかし俺の瞳は、次に起こった出来事を捕らえることができなかったのだ。
ピィィィィィィッ!
菊地にとっては無念だったかもしれない。歓喜の声をあげたのは、ヴェルディ
ーノではなかった。こういうのを一瞬のファンブルというのかもしれない。間一
髪で捕らえたはずのセンタリングパスだ。捕らえられなくても彼の名誉にキズが
つくことはない。
しかし現実にボールは、ゴールネットをブチ破っていた。
彼の背後に、フリエサポーターの歓声がのしかかっている。後半12分、井上
渚のゴールが決まった! なんという試合展開だろう。菊地の悔しがる表情と、
ベンチ前でウォームアップに余念の無かった背番号13の陰った顔が俺の瞳に映っ
た。彼の出番はこれでなくなったかもしれなかった。
ジェット−ボーイ! ラララララ ナーギーサー ・・・・・・・・
「虹の彼方に」もお馴染みの歌となり、肩を組み歌う姿ももう当たり前になっ
ていた。「スゴイもんだな。CMで使うのが楽しみだ」とは矢島の弁である。
その歓喜を打ち破る大きな拍手が、メインスタンドそしてヴェルディ側から
沸き上がった。選手交代だ。
アナウンスがそれを告げる。しかしその声はかき消されてしまった。
幻のカタール戦士がグラウンドに帰ってきたのだ。
「選手の交代をお知らせします! 背番号6番河本に代わりまして、13番
都並選手が入ります! 」
都並敏史は昨シーズン半ばにグラウンドから姿を消していた。本来ヴェルディ
の6番は彼の事を言う。カタールでのW杯最終予選を前に怪我が悪化し、カター
ルにおいては彼は観客席の人であった。
彼が居れば、アメリカへの道がひらけたかも・・・・・・
誰もがそれを知っていた。
そして、そのことは敵軍の兵も同じことであった。
誠が、渚が、日本代表・大竹が握手を求める。全ての人に迎えられて彼は帰っ
てきた。役者がこれで全てそろった。
ヴェルディの反撃の兆しが現れた。パス回しが一段と速くなったのである。
誠の仕掛けも、完全には効果を示さなくなってしまった。ラクビーのように
密集したフリューゲルス陣内で身体を削った奪いあいが繰り返される。
誠が石川からボールを奪い返し、緑の傭兵達を突破せんと突っ走る!
しかし病み上がりのスナイパーが、誠を捕らえた。
アジアの中盤を震撼させた都並のスライディングタックルがモロに誠の右足
に入った。倒れおちることはなかったが、ボールはしっかりと都並の足許にあ
る。うずくまる誠、はじめての光景だ。
一人足りないフリューゲルス陣内へ、柱谷を残して皆攻め上がった。
都並から北沢へ、ビスマルクで若干の時間を作って、カズ。
武田が森の死角へと走り込んだ!
しかし、間一髪笛は鳴る。岩井の好判断が武田のオフサイドを誘った形になっ
た。ボールはまた前線に送り返された。
「いけぇ! ナギサーナギサーーーっ! 」
森からのロングボールがエドゥーへと渡った。
「なぎさちゃーん! 都並は無視無視! 真ん中いけぇ! 」
右サイドの渚にはしっかりと都並が張りついている。
手段はこれも一つ。今度はカウンターの可能性を度外視して、フリューゲルス
10人の選手たちが攻め上がってきた。慌てるヴェルディ守備陣もラインを下げ
て錠前を固く閉じる「カテナチオ」の手に出るしかない。
エドゥーがロングシュートを狙った!
ボールがフック状態の回転を巻き、ゴールネット左隅へと飛び込んでくる。
菊地には弾き飛ばすしか術はなかった。ゴールラインを割って陸上トラックへ
とボールが転がる。コーナーキックである。
またも「タイムゾーン」の大合唱が始まった。今度こそ、直接ゴールネットへ
という期待が高まる。
しかし、蹴るのはエドゥーであった。誠がエドゥーの肩を叩いた。
誠はペナルティエリア内に入って、待つことに決めたのだ。都並にやられた足
の具合がわるかったのかもしれないが、何かやってくれることだけは確かだと思
えた。
エドゥーが空間を探す。ゴールから向かい風が微風ながら吹くコンディション
であった。
ゴール!ゴール!の大合唱に包まれて、エドゥーが静かに助走して・・・・・・
そして蹴り上げた!
どよめく歓声の中を走るエドゥーのキック! 少し距離があり過ぎるようだが、
それでも確実にゴールへと向かっていた。
身体を張って奪おうとする菊地! 渚も張り付かれて動けない。
だが、二度目の悲劇というものは、彼自身の失態から起こったものであった。
誠がはじめて、しりもちをついた。
このエリアではキーパーの立場は保護されているはずだった。
しかし、菊地の右手が掴んだ物はボールではなく、代わりにその拳が誠の顔面
を捕らえていた。
頬を抑えて訴える。主審の笛が鳴り響いた。ペナルティーキックである。
結果は言うまでもない。誠はそれを丁寧に撃ち込んだだけであった。
もうヴェルディの運は尽き果てていた。時間を追う毎に闘争心は空回りし、天
を仰ぐカリオカ(ラモス瑠偉)の姿も所々観られる。
試合終了の笛によって、ようやく緊張感から開放された。5−1とヴェルディ
が一矢報いる形となったが、そのヴェルディの1点は、試合終了間際の隙間にカ
ズが蹴り込んだものであった。フリューゲルスが快勝し、また首位の座に就いた
のである。
「凄い、凄いっすね、やっぱJリーグの時代っすよ! いやぁ、オメデトサン
です。先輩! 」
俺と矢島が抱擁しあう光景がなんとも言えず不気味ではあった。
それにしても不思議なことであった。前半と後半の誠は別人であった。前半の
彼女は何故かリズムを狂わせ、チーム自身もそれに伴い沈滞した。
後半はご覧のとおりである。しかし以前と違うところは、誠と渚だけが目立っ
て仕方なかったフィールドが、フリューゲルス11人全てが溶け合った一つの塊
のように見えたことである。エドゥーにフリーキックを譲った事は始めてである。
誠に何かが起こったんだと思う。一つの壁を打ち破ってしまったように見えた。
しかし、どうしても気になったことがあった。あの沖縄のことだ。
俺は誠を待ち伏せるため、関係者入口へと走った。
★
試合終了後、俺と誠は無人の観客席のなかに居た。無言で険しい顔をして、こ
こに連れ込んだのだ。有無言わさずに。
夕日のなかに二人、じっと空を見つめている。
俺がまず最初に謝罪の弁を述べた。「御免、この前の沖縄の事・・・・・・ 責任は
どうにでも・・・・・・ 」
誠は黙ったままである。
「正直言って無我夢中で、何も考えてなくて、そのぉ」
「責任? ふーん」
誠が口をひらいた。
「責任とってくれるというのね・・・・・・ ふーんふーん。そっか」
誠の表情には、変な事に何の憂いも感じられない。
険しい表情で言い放った。しかし、突き刺さってはこない。
「ドスケベ! 変態! 本能だけで生きる強姦魔ぁ! 」
そして後頭部にげんこつ一発食らわせた。ただそんだけ。
後に放った言葉は、新しい誠の言葉だった。
「けど、ありがとう。私の事、本当に心配してくれたんだ」
げんこつを食らわせた部分を、そっと誠の手が触れた。
「責任は、これからじっくりとってもらうから。それよりも早く、身体を直し
なよ。意地張ってないで、これで病院でも行きな」
加茂監督のポケットマネーだろう。30万円が俺の膝許に置かれた。
「それと・・・・・・ 手・・・・・・ 紙ありがとう・・・・・・ 」
誠の右手に握られている一枚の封筒。俺は送った覚えはない。
察しはついている。手紙一つで誠の調子を変えてしまった。広告代理店の底力
というやつかもしれぬ。
その手紙に書かれていることを問いただすことはできない。しかし、ほんのり
と染まる彼女の表情で書いた中身は察する事は出来る。
「最高だったよね、今日の試合」
答えはひとつである。「ああ・・・・・・ 全て最高だ」
6週間前に沖縄からやってきた双子の戦士がついに、最高の舞台で真価を発揮
した。俺の視界に入っていたのは渚だけだったかもしれない。しかし、常に誠の
影が渚に有った。誠の事が判ったのはつい最近だ。
ようやく、誠も大切な存在であることに気づいたのだ。
「痛くないか? 右足」
「大丈夫鍛え方が違うもん」
微笑む姿って美しい。今まで見た中で最高の、ナチュラルな素顔だ。
「伊丹さーん、かえろーーー」
「渚ちゃーん、すぐ行くから」
俺は誠を抱えて、国立競技場の階段を駆け上がった。誠って軽い。悲鳴をあげ
る誠の姿がイイから、つっぱしってひたすら走る。
16番ゲートにいる渚に向かって手を振る。また一緒に笑おうか。
夕焼けのスタジアムを流れる風が、先程までの熱気を鎮めていく・・・・・・
しかし、このスタジアムに熱気の絶えることは無い・・・・・・・・
第1部完 そして第2部へ