#2568/5495 長編
★タイトル (GVJ ) 94/ 4/ 3 11: 6 (200)
幻都放浪(15) 青木無常
★内容
魔法使いを残して、園内に足を踏み入れた。
かけ声、罵声、鉄板がわりの石の板の上で、肉や野菜をいためる音。ああ、なん
だか胸がわくわくしてくる。
俺たちはクチイヌの死骸を抱いたままひととおり公園内をめぐり、めぼしい屋台
に居をさだめて取引にかかった。屋台、といっても、あたり一帯にテーブルと椅子
を広げた規模の大きいものだ。それぞれのテーブルについた連中の前には燃料皿の
上に土鍋がかけられ、盛大に燃える火にあぶられて立ちのぼる湯気から猛烈にいい
においがただa@こういう場合、取引材料に魅力がなければおやじは「ほかの店いきな」とでも言
うだろうが、俺の見こんだとおり、馬鹿いっちゃいけねえなどと鼻で笑いながらも
交渉を打ち切る様子は見せない。ふん。公園を一周するうちに何人かから声をかけ
られてもいたし、何より軒をつらねる食いもの屋のほとんどすべての連中が、通り
すぎる俺たちの手もとに熱い視線を投げかけてきていたのをちゃんと俺は見ていた
のだ。それでこのクチイヌの肉は、かなりの値打ちものだと踏んだのだが、どうや
らまちがいなさそうだ。
すったもんだの交渉の上、結局たらふくの夕食と明日の朝の朝食、それに三日分
の携帯食料で取引は成立した。
ほくほく顔でテーブルにつく俺たちの眼前に、特大の土鍋が鎮座し、燃料台に火
がつけられる。得体のしれない肉や野菜、魚など何もかもを鍋のなかにぶちこんで
煮えるのを待つあいだに、ジュージューと小気味いい音を立てながらおやじが隣の
屋台から調達してきた石焼きの炒めものの皿がところ狭しとならべられ、驚いたこ
とに牛乳までが食卓にならんだ。さすがに酒、とまではいかなかったが、それでも
周囲に集まった連中がむきだした目を離せないほどの豪華版だ。
同じメニューを公園外でしかたなしに待機するアブーカジェリフにも届けるよう
おやじに言いつけて、俺たちは食い、飲み、思う存分舌つづみを打った。
こういうときに、ふと思うことがある。かつての文明世界では、こんな食卓など
野蛮の極致にちがいなかった。それでも、あのころに味わったどんな食べ物よりも
これがうまく感じられるのはなぜなのだろう、と。もしかしたら俺たちは、あのこ
ろには味わえなかった豊穣をひとつ、手に入れることができたのかもしれない。
げーぷ、と人目をはばからずまっさきに喉をならしたのは沙羅だった。
「おいしかったねえ」
と無邪気に喜ぶのを見て俺もタツも心から同意しつつ、ぱんぱんに膨れあがった
腹を音を立ててたたく。腹いっぱいになるまで飯を食ったことなど、まさしく数年
ぶりだ。この先、またいつこんな幸甚にまみえることができるのだろうかと考える
と、哀しくなってきてしまう。
牛乳のおかわりを飲みながら、三人して楊枝で口中をほじっていると、陽暮れて
闇が広がりはじめた海側から、見たような影がふわふわとただよってきた。
満ちたりた思いで絨毯に乗って浮遊してくるアブーカジェリフを寛大な思いで見
まもり、はっと気づいてぎょっと目をむく。
「おいおい、お札はどうしたんだ? 結界があってとても入れないんじゃなかっ
たのかよ」
そちこちに灯された油皿式の提灯に照らされてほころぶ肥満顔に問いかけると、
いかにもしかつめらしく、うむ、それがな、ときた。
「この肉だが、豚ではないのか? 戒律によりわしは食えんのだ」
「おまえ、豚肉なんざ今じゃ超高級品でめったに口にゃ入らないのよ。それをあ
んた……、んなこたどうでもいいんだ。おまえ、だからどうやってここに入ってき
たの? 妖術使いはここには入れないんじゃなかったの? え?」
なかば興奮ぎみに、ばんばんとテーブルをたたきながら俺は聞いた。
「ああ、そのことか」とアブーカジェリフは口ひげをしごきながら、こともなげ
に言った。「向こうの入口の方で一悶着あってな。お札は剥がされた」
はあ? と、俺たちのみならず、周囲のほとんど全員がいっせいに目をむき口を
ぽかんとおっぴろげた。
「一悶着って、だれと、だれが?」
一同の疑問を代表して沙羅がそう聞く。
「さて。一方はバザールの者だろうがな。お札を剥がしにかかったのは、どうや
ら地元の連中ではないようだった」
んなこた、あたりまえだ。
「ああ、じれったい。要領よく説明しろ要領よく。じゃ、そいつらいったい何者
なんだ?」
わしは知らん、と威張りくさってアブーカジェリフは言い、そしてつけ加えた。
「馬に乗っておったわ。わしのいたところだけではなく、入口ぜんぶで、それぞ
れいっせいにお札を剥がしにかかっていたようだの。だからわしも、こうも簡単に
ここまで入ってこられたわけだ」
得意げにそう言って、む、とうなずいてみせたが、俺はそれどころじゃなかった。
むろん、まわりに集う連中も、この話が何を意味するのかは知っているらしい。
どうやら<混沌>の騎馬団は、海ひとつ隔てた横浜にまで広く知られているようだ。
そしてもうひとり。
沙羅が一瞬、目を光らせたのを、俺は見のがさなかった。
この旅のそもそもの原因である輩が出現したのだ。目のひとつも光らせてあたり
まえだろう。
だが――その光の中に、どこか切なげな、甘い期待と不安とが混じりあった複雑
な感情が錯綜したのはなぜだ?
さらに、もうひとつ。
俺が、そんな少女の心中の変化を読みとったように見ているのに気づいて、沙羅
が一瞬目を伏せたのは、なぜだ?
が、そんな疑問は棚上げになった。
罵声と悲鳴が遠くあがり、人群れをかきわけて四方から馬の背に揺られた七つの
影が現れたのだ。
カツ、カツと歩道を打つ蹄鉄は、噂によればセラミックでできているらしい。そ
して奴らが手にしている白い刃身の剣もまた、最先端科学の結晶である、と。セラ
ミックの蹄鉄や剣などどこで手に入れたのか、などと問うなかれ。俺だって知らな
い。もちろん、奴らにきいたとしても十中八九、教えちゃくれないだろう。
胸前で二重にかさねて閉じる黒い上着に白い乗馬ズボン、そして黒のブーツ。七
人が小ぎれいな、それも共通した出で立ちをしていることも、今の世のなかじゃ珍
しい。そして七人が七人とも、それぞれに独特の危険な、剥き身の刃物のような雰
囲気を発散していることも。
組織、というものが珍しいわけじゃない。盗賊団の類など掃いて捨てるほどあち
こちにうろついてるし、それらから身を守るための自警団もまた人の集まる場所に
は必ず存在する。
だが、この<混沌の騎馬団>のごとく、軍隊式に統制のとれた連中など、ことさ
ら<異変>を持ち出すまでもなく、今の日本にゃどこにも存在しなかったはずのシ
ロモノだ。それだけに奴らの存在は奇異で、また一方では颯爽としていて――そし
て不気味なのだ。
騎馬団は、俺たち四人を包囲する陣形で馬の足をとめた。
そのまま無言で、俺たちを見おろした。
悪罵も悲鳴も、はりつめた糸に絞られて抑えられ、油皿で燃える炎の灯りだけが
ゆらゆらと闇をふるわせた。
俺は、ごくりと喉を鳴らして唾を飲みこんだ。
糞。
足が震えてやがる。
刻印された恐怖が、背すじから全身を這いまわる。
糞。
糞。糞糞糞。
おちつけ。おちつけ、おちつけ。負けるな。糞。おちつけ。負けてるんじゃねえ。
胸の内でうわごとのようにくりかえし、腹に力をこめて正面に立った敵をにらみ
あげる。それでも、頭の芯からしびれが奔り、膝の震えはとまらない。
と、そのとき、つ、と、腕に手がふれた。
びくりと身を震わせ、目だけをやる。
俺の二の腕を軽くつかんで、タツの野郎が、耳もとでささやくようにして言った。
「怖えなあ……」
と。
畜生めが。
俺とちがって、奴の指さきは震えてなどいないじゃないか。
糞。負けてたまるかよ。
俺は懐に手をやり、さらに焦慮の念を増す。アブーカジェリフのヒンジャルは、
どれだけさぐろうと見つからなかった。
戦うな、ということか。
勝ち目はない、と?
だが、逃げ場ひとつ、見あたらない。それに――そうだ。ハナっから、逃げるわ
けにはいかねえんだ。
奴らをしめ上げて、妹をとりかえすために俺は旅に出たのだから。
ぎり、と奥歯を鳴らし、俺は<混沌の騎士>から目をそらさないまま足もとに置
いた弓と矢に手をのばした。
俺たちの真正面に陣どって冷徹に見おろす、短く髪を刈りこんだ精悍な面がまえ
の男の表情に、警戒の色がぎらりと浮かんだ。
こいつが、一撃で俺を地に沈めたリーダー格だった。
セラミック剣の柄につい、と右手が乗った。
頭のてっぺんから火が噴き出しそうなほどの焦慮と恐怖を懸命にしずめながら、
俺はゆっくりと、弓に手をかけた。
手綱をとった<騎士>の手が、ぴくりと動いた。ぴしりと音があがれば、馬は一
挙動で俺のわきをすり抜けるだろう。<騎士>の手にぬき放たれた白い剣の軌跡を、
俺の首の上に残して。
そして、俺の手が弓を握るときが、激発の瞬間だ。
どくどくとこめかみが脈うち、俺は歯をむきだしたまま馬上の敵に視線をすえた。
そのまま時が凍りつく。
永遠さえ凌駕するか、とさえ思えるほどの空白をおいて――ふいに、かたわらで、
ひたむきに見あげる視線とともに、熱いつぶやき声が聞こえた。
「隆二」
と。
膨れあがる炎のような怒りと、ひどく重い鎮静するあきらめとが、同時にわき上
がった。
沙羅が、俺の旅に同行すると言いだした理由が、いまわかった。
まさかとは思っていたが、やはり俺に惚れてついてきたわけじゃなかったらしい。
それどころか、この娘の目的は、俺の仇敵のひとりにあったのだ。
許せねえ。
マグマのようにどす赤い怒りが、胸の底で渦をまいていた。
そして、しかたがねえ、という重い灰色のあきらめが、その渦の底からじわじわ
と拡大していく。
惚れていたつもりもないが、失恋したような衝撃で頭蓋がくわんくわんと反響し
ていた。
それらすべてが、混乱したまま頭の中身を沸騰させた。
すべて一瞬。
そしてその一瞬間に、憎むべき俺の仇敵にもまた変化が訪れていた。
俺に向けてすえられていた凝視が、そのかたわらで起こったつぶやきにちらりと
向けられ――そしてそのまま凝固したのだ。
沙、羅、と、その唇が動いたような気がした。
そのときようやく、溶鉱炉みたいに沸騰した俺の脳みそが機能を回復しはじめた
らしい。
弓と矢、と、天啓のように言葉が閃き、ハッとして俺は一気に腰を落として得物
を手にした。
幸いなことに、正面の騎士――<隆二>もまた、おそらくは予期せぬ再会にだろ
う、ほんの一瞬だがふぬけ同然になっていた。
それがなければ、たぶん弓をつがえる前に奴の刃が俺の首をはねとばしていたに
ちがいない。
「糞が!」
どろどろとうねくるわけのわからぬ思いを、言葉に乗せて吐き出しながら俺は弦
をひきしぼった。
「ぬう!」
我に返った騎士が手綱をぐいとふりあげる。
が、
「喰らえや!」
言葉とともに放たれた俺の矢のほうが速かった。
夜気を裂いて、俺の凶暴な思いを乗せた矢が飛び、騎士はひゅっと息を吸う音を
させながら身をひねった。
磨きぬいた石の鏃が、奴の右肩にどん、と突き立った。
苦痛のうめきをあげながらも、騎士はとり落としかけたセラミック剣を左手です
ばやくつかみ、その白い刀身を何かの合図のように天高くふりあげ、叫んだ。
「行け!」
その間に俺は二撃めの矢を弓につがえ、弦を引きしぼる。
その手を放とうとした瞬間――三つのできごとが同時に起こった。
タン、と濃紺の夜空に高らかに響きわたった銃声とともに、ふりあげた騎士の手
もとからセラミック剣がはじけ飛び、俺たちを囲んでいま、まさに手綱をしぼろう
とした騎馬団がたたらを踏んだ。
気負いこんだ息づかいとともに俺の腕にしがみついた沙羅が、驚きに息をのんだ
時には、中途半端に放たれた矢がへろへろと公園の枯れた芝生の上に落下した。
そして、敵の動きを察知して飛びだしかけたタツは、ふいに眼前に出現した奇怪
な人影に驚いて立ちどまり、ほぼ反射的に居合刀を抜き放った。
「噴き上がってんじゃねえぞ、<混沌>!」
ちらちらと燃える油皿の炎に、硝煙のにおいを濃くただよわせる銃身を鈍くきら
めかせつつ、人群れをわって出た一団の先頭に立つ男が、唇の端を歪ませつつそう
宣言した。
>#2569/2600 長編
★タイトル (GVJ43708) 94/ 4/ 3 11:11 (200)
幻都放浪(16) 青木無常
★内容
きれいに切りそろえた肩までの長髪と不精髭の一本も見あたらない整った顔のラ
イン。赤縞のパーカにクリーム色の半ズボン。これだけの風体を毎日維持できるだ
けの時間と、そして収入を、この二十歳前後の不良は得ているのだろう。そしてそ