AWC 幻都放浪(10)       青木無常


        
#2563/5495 長編
★タイトル (GVJ     )  94/ 4/ 3  10:45  (200)
幻都放浪(10)       青木無常
★内容
 「本気じゃねえよ」
 「俺もだぜ」
 捨てゼリフに軽くまぜっかえされて、ますます俺は眉間の皺を深くした。
 「なんなら、勝負するかよ」
 火の噴き出てきそうな視線が、たまらない笑みとともに真正面から俺を睨めつけ
ながら、そう聞いた。
 さすがに本職の迫力はちがうわ、と内心舌をまきつつ、俺もまたせいいっぱいの
空威張りをよせ集めて奴を睨みかえす。
 たがいに、後にひけなくなった。
 まずい、と思いつつ緊張が臨界点に達しようとしたとき、
 「まーたツノつきあってんの? あんたたち」
 呆れたように、俺の右斜め背後から沙羅の声がそう言った。
 火花を散らした視線は同時に離れて沙羅を見かえす。
 「朝っぱらからまあ、ほんとにご苦労さんだこと。やるんならお互いの墓穴でも
掘ってからにしたら? 戒名くらいなら、あたしがつけてあげてもいいけど」
 そいつァいいや、とタツめがクックと喉をならした。
 「冗談だよ、冗談」
 しかたなく、仏頂面のまま俺がそう言うのへ、へえ、とタツは目を見ひらいてみ
せる。
 「俺は本気でもよかったがな」
 けっ。
 ぬかしやがるぜ。
 「また今度、な」言いつつ俺は、ケツのほこりをはらいながら立ちあがった。
「飯にしようぜ。弁当の残りは、もうなかったっけ?」
 「うん、もう終わり。コーヒーならまだ残ってるけど。あんたの乾し肉は?」
 「とりあえず、全員でわけあって明日の昼まで、かな。今夜あたりにゃ山下公園
につくだろうが、ちと心もとねえな」そこでふと気づいてタツをふりかえり、「と
ころで、その山下公園にゃ、バザールだか屋台村だかが出てるって噂を聞いたが、
ほんとうか? けっこうそれをアテにして、食糧の計算を立ててるんだけどよ」
 タツは両手を広げて、肩をすくめてみせる。
 「二年前にゃ、たしかにあったよ。大根三束かクビガラスの肉一羽分で飯一人前
が、当時の相場だったな。なくなったとは聞いてないから、たぶん今でもやってる
だろうさ」
 アブーカジェリフをタツと二人して蹴りとばして叩きおこし、乾し肉とコーヒー
の朝食を終えて軽く一幅してから、俺たちはふたたび歩きはじめた。
 日野公園、上大岡と休憩を入れて昼すぎには旧・南区にさしかかった。
 そこで、奇妙なことに気がついた。
 バラックがたくさん立ちならんでいるところを見ると、このあたり一帯が生き残
りのキャンプになっていたのだろうが、昼ひなかだってのに人の姿がまるで見あた
らない。近くに畑でもつくって耕作に出ているのか、とも思ったがこれだけの規模
の村で全員出はらうってこともありそうにない。子どもの泣き声ひとつ響いてこな
い、というのはどう考えてもふつうじゃなかった。
 ためしにバラック小屋を二、三軒のぞいてみたが、人の姿は一切なく、最後の一
軒では黒ずんだ血の跡がぶちまけたように一面を汚しているのを見つけた。
 土鍋にこびりついた肉の腐りぐあいからして、どうも物騒な事態が勃発したのは
ごく最近のことだったらしい。
 俺たちは用心しいしいゆっくりとバラック村を通りぬけていった。
 ふいに、つ、とタツが俺の袖をひいた。
 「ささやき声がしたぞ」
 耳もとで、そう言う。
 立ちどまり、耳をすましてみた。
 けたたましく蝉が鳴いている。
 そのまま数刻、俺たちは周囲に気をくばりつつたたずんでいたが、やはり人のい
る兆候は見出せず、ふたたびそろりと歩きはじめた。
 その矢先だった。
 俺の視界のすみで、黒い影が物陰から物陰へ、走りぬけた。
 弓を抜きつつふりむく。タツの奴めも、敏速に反応していた。
 「いた、な」
 「ああ」
 短く交わし、横目でちらりと互いを見やった。
 この場合、とるべき道はふたつある。
 用心を怠らないまま、一刻も早くこの場を去るか、あるいはここで何が起こった
のかを、徹底的に究明するか。
 どちらがより賢明な選択か、など判断のしようもないが、少なくとも俺は背後に
得体のしれない破滅の兆候をへばりつかせながら先を進むのはごめんだった。タツ
もどうやら同意見らしい。目だけでうなずきあい、
 「アブーカジェリフ、沙羅を頼むぞ」
 言いざま、俺たちはバラックと廃墟の奥深くへとかけ入った。
 路地入口で右と左にわかれ、足音を殺して進む。
 いた。
 廃ビルの影から、車道をすばやく横切る影がふたつ。やや遅れて、もうひとつ。
後ろ姿を一瞬見ただけだが、どうも年齢五、六歳くらいのガキどもだ。
 ち、と俺は舌をうつ。大人よりガキのほうが、追うのは厄介だ。逃げるところを
見ると、相手がたは俺たち以上に警戒している。向こうから出てくることは期待で
きまい。
 「おいガキども!」がらんとした廃墟に向けて、俺は声をはりあげた。「安心し
ろ、俺たちは盗賊じゃねえ。乱暴するつもりはねえ! ただ、様子がおかしいから、
何があったか知りたいと思ってるだけだ。出てきて、説明してくれ!」
 声は空虚に反響をくりかえし、暑気のただ中に蝉の鳴きわめく声だけが残った。
 しばらく待ったが、ガキどもの出てくる気配は微塵もない。俺はもう一度呼びか
けつつ村を経めぐったが、タツと二、三度鉢合わせただけで、ついに問題のガキど
もを見つけることはできなかった。
 あきらめてふたたび四人ひとかたまりになり、話しあったあげく、注意しながら
なお先を目ざすことにした。
 しばらくもいかないうちに、今度は、さっきとは比べものにならないほどの危険
が迫りつつあることに、気づいた。
 あれほどけたたましく鳴きわめいていた蝉の声が、ふと気づくと、ぴたりと静ま
りかえっていたのだ。
 遠くのほうからはなおも盛大に、去り行く夏に向けて鳴き声が響きわたってくる。
ということは、この一角にだけ、静寂がわだかまっていることになる。
 単に鳴くのをやめたのか、それともこの一帯から俺たちが気づかぬうちに逃げ去
ったのか――どっちなのかはわからないが、少なくとも蝉の鳴き声を止めさせるほ
どの何かが、どうやら俺たちの近くに迫りつつあるらしい。
 くそ、と声には出さず心中毒づきながら、俺は弓を降ろし、背なかの矢筒に手を
かけた。
 沙羅は首からさげた魔鏡の吊り紐に手をかけ、タツも刀の柄に手をそえる。アブ
ーカジェリフだけが、太平楽に汗をぬぐいつつぶつぶつと湿気に向けて文句をたれ
流している。
 数刻、降りそそぐ暑熱の下、静寂だけが一帯を支配した。
 風が涼気とともに、幻のように遠い騒めきを運ぶ。
 その彼方からの蝉の鳴き声に混じって、かすかな異音が俺の耳を刺激した。
 獣が、喉をふるわせる音。
 「来るぞ」
 低く短く、タツが警告した。
 身がまえるより先に、黒い風が三つ、いっせいに踊りかかってきた。
 「くっ」
 喉をならすタツの手もとから、魔法のように白刃が抜き放たれた。
 迫る黒い塊を、銀の軌跡がかけ抜ける。あいかわらずみごとな一刀だ。
 それにひきかえ、俺はといえば、あっという間に眼前に迫りくる影に、矢を弓に
つがえる暇もなくうろたえ、たたらを踏むばかりのぶざまさだ。突風のように影は
急迫し、すでに矢を射かける暇も距離もない。
 焦りまくったあげく、固く矢を握りしめたまま、なかば投げやりに拳をくり出し
た。ところが、本人が当たると思わなかったパンチが、もののみごとに手ごたえを
伝えてきた。
 おお、と俺自身が驚きに目をむきつつ腕をふり切る。小気味いい抵抗が旋回しつ
つ地に叩きつけられ、ぎゃん、と獣の悲鳴が耳をついた。
 ここぞとばかりに嵩にかかって俺はもう片手に持った弓で、地に伏した黒い塊に
打ちかかった。
 ざりざりとアスファルトを爪の生えた足で蹴りつつ、影が必死の後退をくりかえ
すが、どうにか俺の追い足の方が早かったようだ。だん、だん、だん、と、いざる
影を三度打ちつけた。四度目にやっとのことで影は逃れ去り、木の幹で作った特製
の棍棒兼用の弓が地を打った。
 その時にようやく俺は、襲撃者の正体を認識していた。
 黒犬だ。
 ただし、体長は通常の犬の倍以上ある。小さめの牛ほどの巨体だ。
 その黒犬が、がりがりとアスファルトをならしながら半弧を描いて後ずさり、憎
悪に充ちた目で俺を見やった。
 タツは、と見れば、これも点々と路上を血で染めて、もう一匹の黒犬が遠まきに
サムライを睨みつけながら移動する。ひょこひょことぶざまに歩行するその左前足
の膝から下が、きれいに消失していた。見ると、タツのすぐ前方にころがっている。
 背後をちらりと見やり、こちらも心配なさそうなのを見てとった。アブーカジェ
リフが鼻息荒く両手を広げているその上方で、青白いスパークがバチバチと盛大に
イオン臭をまき散らしている。その向こうでたたらを踏む三匹目の黒毛が、心なし
か焦げて煙をあげているように見えた。
 ふん。
 一同の様子を見てとり、敵のスピードに縮みあがりかけていた俺の心臓もやや落
ちつきをとり戻した。弓に矢をつがえ、ざ、ざ、と地をならしつつ右に左に小刻み
に身体をゆする黒犬に向けて、狙いを定める。
 「ほうれ!」
 太い声をあげていかにも楽しそうにアブーカジェリフの放つ雷撃が、パチッパチ
ッと物騒な音を立てて路上にいくつも弾けとんだ。
 ぐうう、と喉をならしていた黒獣が、その時――牙をむき出しよだれをまき散ら
す口もとから、うなりともつぶやきともつかぬ声を発した。
 「オノレ」
 と。
 思わず俺は、眉をひそめていた。
 予想していなかったわけじゃないが、やはり考えるだにおぞましい。こいつらも
どうやら、もとは人間だったらしい。
 「くそ」
 わけもわからず、嫌悪に悪罵をもらしつつ俺は弦を離し、矢を放った。
 むろん、警戒を怠らぬ黒犬にそれがよけられぬはずもなく、矢はむなしく路上を
かすってすべり、瞬時の隙をついてふたたび、獣は突進を敢行する。
 「へ!」
 唇を歪めつつ半身をくり出し、下から弓で打ちあげる。
 たん、と地を蹴り、黒犬の突進のリズムが変化した。打ちあげた弓が空を切り、
後退から再度の前進へと瞬時に切りかえた黒影が、バランスを崩した俺に向けて踊
りかかった。
 奥歯をきしりつつ俺は天地を、そしてそれと黒獣の襲撃の軌道との、位置関係だ
けを把握しつつ、いきおいのままに地に身を投げ出した。そして投げ出しざま、頭
上を通過しつつある影に向けて思いきり足を蹴あげた。
 逆襲はまたもや空を切り、すたんと降り立つや犬は、低い姿勢ですばやく反転す
る。
 俺もまた身を投げ出したまま反転し、腕をたわめつつすばやく片足を胸もとに寄
せ、三つの支点を思いきり下方に向けてつき飛ばした。
 四つんばいから飛びあがった俺を見て黒犬はあわてて軌道修正し、斜めにかしぎ
つつ襲撃をかわす。くそ、押しつぶしてやるつもりだったが、そこまで鈍くはない
らしい。飛び降りざま俺は地を蹴り、逃げる黒犬に向かって走り出した。
 「ジン、深追いすんな!」
 タツが叫んだが、勢いはとまらない。
 がる、と喉を鳴らして黒い影は地を蹴り、側方から俺に向けて飛びかかった。
 「ちいっ」
 腕をふるが、空を切った。鉤爪が肩と胸に食いこみ、ぞろりと牙のならんだ口が
異臭を放ちながら眼前に迫る。
 「この!」
 罵声を吐き、ほとんど無意識のまま奴の喉をぐいとつかんだ。
 がふ、がふと眼前で牙をむいた口が揺れ、鉤爪が俺の服と肌を裂く。痛覚に歯を
くいしばりながら俺は敵の頚部をしぼりあげ、弓の端でめったやたらに打ちまくっ
た。
 と、ふいに、ぎゃ、と、まるで人間のような悲鳴とともに手にした犬の頸部にび
くりと痙攣が走りぬけるのを耳にした。
 喉の奥から抑えきれない不快感がわきあがったのは、その悲鳴の不気味さよりは、
ふりまわしていた弓の先から伝わる感触の異様さのせいだったかもしれない。
 俺はほとんど無意識のまま、うめきながら黒犬を思いきり地面に叩きつけていた。
 たたきつけられたことにはさしてこたえた風もなく、黒い巨体は軽く起きあがっ
て身体を左右にふるう。ふたたび飛びかかってくる態勢をとる獣の瞳に、憎悪がぎ
らぎらと燃えさかっていた。
 右の瞳にだけ。
 左眼は、眼球を半分がたぶら下げたままだらだらと血を噴き出していた。
 カ、カ、カ、と牙をうち鳴らし、うめきとともに犬は呪咀の言葉を吐いた。
 「コロシテヤル……!」
 口の構造が人間とちがうせいだろう。その言葉はまるで黒板をひっかくような不
快な響きをともなって、俺の神経を逆撫でた。
 ぎ、と牙をむきだしにしたまま、ざざ、ざざ、とせわしなく右に左に身体をふり、
巨体にはとても似あわないすばやい動きで黒獣が急迫する。くそ、目じゃ、奴の動
きを追いきれねえ。
 背後側方からも犬のものとおぼしき息の音がせわしなく響いてくるところからし
て、他の連中もどうやら防戦で手いっぱいらしい。どうもよくない。
 歯がみしつつ、猛襲に備えて身がまえるところへ、ふいに――
 オ――――――――――――――――ン
 遠く、長く、はるか彼方からの吠え声が、俺の鼓膜を刺激した。




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