AWC 文体模倣>「ハドラ・アブドライの黄色い闇」(下)   コードウェイ


        
#2552/5495 長編
★タイトル (GVJ     )  94/ 3/31  20:44  (107)
文体模倣>「ハドラ・アブドライの黄色い闇」(下)   コードウェイ
★内容
 さて、当のチャン・ユンカイはといえば、これもいつものごとくへろへろの酔い
心地で眠りこけ、あらぬ寝言を口走る。これがラウレンの裏街あたりのどぶ泥のわ
きであれば単なる酔っぱらいのたわごと、耳を貸す者などだれ一人としていなかっ
ただろうが、あいにく雨がつづいたのカラスが鳴いたので大げさな象徴をでっちあ
げては騒ぎたてる狂信者たちのまっただなか。それも、半世紀にもわたる黄色い泉
の中の、あらぬ夢想から醒めたばかりの狂人の親玉が、耳にしたセリフが、
 「くそが。死ね死ね死ね。どいつもこいつも地獄へ落ちろ」
 という内容だったのだから始末におえない。
 「近く、地獄の軍勢がこの世を滅ぼすために顕現するようじゃ。その先兵はむろ
ん、もっとも清廉で手強いわれらのところを真っ先に襲うことじゃろう。これはわ
しが神水につかって百年の苦行の後に得た予知夢とも一致する。この太った悪魔は
斥候だろう。この太鼓腹の中には地獄へと通ずる門があり、今も生臭い息を吐く怪
物どもが皮一枚をへだててわれらを見つめておる」
 タイミングよくユンカイは、気持ちよく寝こけながら生臭いげっぷを吐いた。
 「それ、いずれ時いたれば、この口や腹を裂いて魔王の眷属が数かぎりなく現れ
るのだ」
 おそろしい予言に、信者のひとりが思わず訊いた。
 「尊師さま、われらに救いはないのですか?」
 「安心するがいい」ハドラ・アブドライは穴だらけのふやけた頭から血と臓物を
たれ流しながら、たのもしげにうなずいてみせた。「勇敢に闘って死んだ者には、
永遠の楽園が待っている。おまえたちはまっさきに楽園へとおもむく栄誉が約束さ
れているのだ」
 さてそれから数時間というもの、大預言者に督促されて十字架だの神剣だの錫杖
だのといった、対地獄の悪魔用武具法具をいやいや用意しながら、信者たちはとて
つもなく浮足立っていた。なにしろ利益らしい現世利益も得られないうちに近日中
の楽園を約束されてしまったのだ。脱走の算段があちこちでひそやかに交わされ、
どうにかして七人の側近と現人神なるハドラ・アブドライの機嫌を損なわぬよう配
慮を加えた、地獄の悪魔の噴出地点から一刻もはやく離れるための分裂めいたいい
わけが、信者の数の百倍ほども濫造された。
 もちろん、聖なるリンゲル液の泉、つまり“黄色い闇”など、主のひたっていな
い今、かえり見る者などだれひとりとしてない。信者を管理し、なお神のみてぐら
である泉を保持すべき七人の側近からして、“楽園への栄誉”を固辞する神と世界
とおのれ自身への理由づけに汲々としていたのだから。
 そういうわけで、まさに地獄のどん底にでもつかっているかのように重い気分で
ジオ・テマセクが神秘の館に訪れたとき、その侵入をとがめる者などだれひとりと
していなかった。
 奇妙に浮き足立った大教団の本拠地で、大盗賊ジオ・テマセクはどうにでもなれ
という気分で信者のひとりをつかまえ「“黄色い闇”を知らないか?」と問うてみ
た。すると驚いたことに、信者は上の空でリンゲル液の羊水のある“聖なる室”の
位置を教えてくれる。
 広壮で複雑、さらには不気味な館内を迷いつつ、ジオ・テマセクは次第に大胆に
なっていった。そこらの連中をつかまえて道をきき、ようようのことで目的の部屋
へとたどりつく。
 “聖なる室”は、聖域というよりは超光速船の導船技師の操縦室のようになま暖
かくぼんやりとして、眠気を誘う重く甘たるい温気に満ちていた。
 神の視点を得ることができるという“黄色い闇”を前にして、揺りかごのような
催眠物質に脳内を満たされ、多幸感にひたりつつ、ジオ・テマセクはふところの中
の偽物の“マグヌスの幻影石”などとは比すべくもないほんものの神秘への扉に手
をのばせる幸運をかみしめた。そして、どうして自分がこれを手に入れてはいけな
いのだろうと自問した。解答はすぐに出た。
 ゆるりとまとわりついてくる粘液の中に身をひたすと、極細の針を鈍く光らせた
数百本の針が閃いて、大盗賊の頭蓋目がけて正確に殺到した。
 ずぶずぶと頭骨をつらぬいてもぐりこんだ無数の針は、ジオ・テマセクが苦痛を
叫びに変えておしだすより速く麻酔を噴き出し恐怖をぬぐい、そのまま電気刺激を
流して大盗賊の脳内を幻影で満たしはじめる。
 ジオ・テマセクは絢爛豪奢な夢幻境に放りこまれてあらぬうわ言を口走りはじめ、
粘液の重いうねりをシステムは正確に音声に変換して、伝声管を通して館中に流し
はじめた。
 「見える、赤い、黄色い、青い、口が開いて、たくさんの人影、人影、ざわめい
て、うねり、光っては消える、おお、闇が、闇が、闇が」
 不気味なつぶやきは神秘めかせたエコーをともなって反響し、信者たちは恐怖し
ながら七人の側近のもとへ、そして大預言者ハドラ・アブドライのところへと、用
意した物騒で古色蒼然とした武器を手にして、怒り狂った毒蜂のように殺到した。
 地下牢で“悪魔の先兵”をみずから率先して張り番していたハドラ・アブドライ
はこのとき、半世紀にもおよぶ電気刺激と狂気の幻影に蝕まれて虫の息だった。
 「尊師さま。“泉”から何者かの声が」ほとんど気も狂わんばかりに側近の一人
が口を開いた。「あれは神の御言葉でしょうか?」
 「悪魔はきたれり」
 じつのところハドラ・アブドライは、質問とはまるで無関係に、ほとんど寝言の
ようにつぶやくや、狂った神経を焼ききらせてことりと絶命した。
 タイミングよろしくチャン・ユンカイが「うわはははあ」と眠りこけたまま馬鹿
笑いをはじけさせた。
 七人の側近を先頭に、この一事に震えあがった病んだ信者たちは、熱した頭で血
液と思考を沸騰させたまま洪水の勢いで街へあふれ出し、口角泡を飛ばしつつ恐怖
の妄想を口々にわめき散らしながら武器をふりまわし、狂気を伝染拡大させながら、
機動警察がてんやわんやで騒ぎを収集するまでの十八時間、騒乱でシティを蹂躙し
つくした。

 さて、物語の顛末だ。
 街を騒乱の渦にまきこんだ気ちがいどもが、ハドラ・アブドライのところの信者
たちと知って警察はなるほどと得心しつつ神秘の館をおとずれた。そして汚らしい
地下牢の前で大往生をとげた預言者とその前で二日酔いの頭痛に悪態をつきながら
拘禁されたチャン・ユンカイを見つけて解釈に苦しんだ。
 さらには館の深奥部、奇怪な羊水と麻薬物質を含んだ濃霧の部屋で、粘液のただ
中に浮かんで意味をなさないうわ言をたれ流す天下の大盗賊ジオ・テマセクを見つ
けるにおよび、ますます混迷の度を深めつつ死体と酔漢と病人とをそれぞれに収容
した。
 ガラス玉をふところに抱いた盗賊は正気をとり戻さないままラウレンの警察病院
で四年を過ごし、五年めに何者かが放った刺客に命を絶たれてあの世に旅立った。
 そして伝説には、新たな謎と、それにまつわる百もの解釈とが新たに書き加えら
れた。その百もの解釈の中のほんの一つか二つほどは、真実に近いものもあったか
もしれない。でも、だれもその解釈を信じたがらなかったし、ジオ・テマセクはあ
いかわらず伝説のままだ。マグヌスを抱いて盗賊となり、預言者の狂気を受け継ぎ
この世から去った。
 ただひとり生き延びたチャン・ユンカイは、神秘の館とは正反対の郊外にある病
院に収容された。
 「何が起こったのか話してもらえますか」
 きまじめに訊く医師に、ユンカイはなおも酔いの晴れない朦朧とした頭で「知る
もんか」と答えた。
 「ですが、それでは報告書にどう書けばいいのかわかりません。なにか覚えてい
ることはありませんか?」
 「だから何も知らないんだ。くそ。気がついたらSMまがいで身動きできねえし、
なんだか化け物が狂人をぞろぞろひきつれておれのことを見物してやがる。あげく
のはては、悪魔がどうこうとわけのわからないことをぬかしてやがった。いずれに
しろ、おれにゃ関係ねえ話だ。ええ、そうだろう?」
 医師は答えず、肩をすくめただけだった。
                                  (了)




前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 青木無常の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE