#3135/3137 空中分解2
★タイトル (TEM ) 93/ 4/24 19: 7 (121)
当世源氏(6) うちだ
★内容
〜いいひとでいてね〜
ある夜突然、浅雄が女の子を連れて僕のアパートにやってきた。
「タミオ〜。金貸してくれー。あとで絶対返すから」と浅雄。
「イキナリなんだよ、それは」
さすがに温和な僕も突然寝入りばなを起こされて“金を貸せ”と来られたら、
そりゃ気分よくない。それでも一応二人を中に通してインスタントコーヒーを
入れて出した。浅雄は数カ月前にバイト先で知り合った大学生だ。女の子のほ
うは僕の初めてみる顔だった。入ってくるなりずっと下をむいたまま黙って座っ
ている。髪の長い子供っぽい輪郭の娘だった。下を向いたままだから顔ははっ
きりと分からない。浅雄が喋りはじめた。
「この娘、俺の友達でさ、ちょっと事情があって今日帰れないんだ。俺んち泊
めるわけにはいかんし、なんとかしてあげたいんだ」
浅雄って人が元気がないというとわざわざ来てくれてるような、ほーんと気の
良い奴なんだけどね、寝起きで機嫌が悪い僕は少しだけイジワルを言ってみた
くなる。「じゃ僕のアパートに泊めてけば?」
「・・・タミオ。お前は悪い奴じゃないけどこと女に関しては、どーーも信用
おけないんだよな。この娘、美也子ちゃんてゆうんだけど、この娘はそういう
フシダラな娘じゃないんだよ」浅雄は鬼のような形相で僕にくいさがってくる。
顔には人格がにじみでるとかいうけどあれは嘘だ。浅雄なんて世話好きですご
くいい奴なんだけどふだんも凄く恐ろしい顔をしている。まさに鬼瓦。
「フシダラねえ」僕は苦笑する。「そんなことはどーでもいいけどさ。お金も
貸すのはいいよ。でもせめて訳を教えてくれない?」
美也子ちゃんはうつむいたままだ。浅雄は少し躊躇したけどもそもそと話はじ
めた。「タミオさあ、透って知ってるよな?」
「えーと・・・前に浅雄のこと迎えにきた、なんか奇麗な顔した奴、だろ?」
浅雄はこくりとうなずいた。彼がまだバイトをしていたころ、店をひいた後か
らスキーへ行くとかで何度か車まで店に彼を迎えに来た同じサークルの男の一
人が透だ(そのサークルは夏・サーフィンとダイビング、冬・スキーというお
気楽なものらしい)。僕も少し話したことがある。透には“伝説”が数多く残
されていると浅雄は笑って僕に教えてくれた。透は口説かなくても女の子が落
ちるとか、高校の頃は土曜の放課後の学校の正門に彼を迎えに来る車の女がは
ちあわせて取っ組み合いの喧嘩が始まっただの。彼には双子の姉がいて、やっ
ぱりモテるんだけど、これも人を人とも思わない女らしいとか。ま、それはお
いといて。
「あいつ・・・透さぁ二万円で美也子ちゃんのこと売ったんだよ」
「売ったぁ〜??」
思わずすっとんきょうな声を出す僕。ううっと浅雄のとなりで、かの美也子ちゃ
んが泣き出した。浅雄は“もっと気を使ってくれよう”ってな感じの視線を僕
に送る。浅雄は壊れ物に触るみたいに彼女の肩に手をかけたて彼女をなぐさめ
はじめた。浅雄の話によると美也子ちゃんは前からイイナアと思っていた透か
らデートに誘われて有頂天になって出掛けていったそうだ。帰る段になって透
が無理やりラブホテルに引っ張り込んだという。
「でな、それだけでもヒデーんだけど“俺のこと好きならなんでも言うこと聞
くだろ”とかゆってそのホテルの部屋に別の男が待たせてあるんだぜ。美也子
ちゃん、びっくりして逃げてきて、さっき俺のところに連絡くれたんだ」
「????」僕は首を傾げた。浅雄が言葉を続ける。
「いや、その男ってのは同じサークルの杉本って奴で、後で本人から聞いたん
だけど透が“女連れてくるから”っ言うから金を渡してホテルで待ってたらし
い。まさか顔見知りの美也子ちゃんが来るなんて夢にも思ってなかったって言っ
てた」
「なんだそりゃ」
あんまりといえばあんまりな・・・それって単に馬鹿にされてるってことじゃ
ないだろうか、美也子ちゃん(杉本って奴もね)。遊んでポイの比じゃないと
思う、なんて本人目の前にしてさすがに言えなかったけど。僕は思わず頭をか
かえた。人を人とも思わない透。それでも彼のことを追い回す女の子が絶えな
いというのはひとえにそのルックスによるものだろう。僕はいつか見た彼のこ
とを思い出していた。身長180センチのスラリとした体型。そつのない喋り
方。切れ長の澄んだ眼。あっさりした顔つき。天使みたいに罪のない爽やかな
笑顔。その下にそんな悪魔のような心があるなんて想像できる女の子がいるだ
ろうか。で、その夜は結局、僕は浅雄にお金を貸した。一人暮らしの僕が一万
円の出費は痛いけど、浅雄は金のことはきっちりしてくれる奴だし。それに彼
が美也子ちゃんのことを好きだというのがはたから見ている僕にもはっきり分
かったからね。浅雄は僕に何度も礼を言って美也子ちゃんを送っていった。浅
雄はきっと、ただただちゃーんと美也子ちゃんを送って、まじめに帰っていく
んだよな。まあそこがあいつのイイトコなんだけど。
二、三日後に浅雄はお金を返しに僕のバイト先のコンビニエンスストアまで来
てくれた。それからあの日以来、美也子ちゃんと結構喋れるようになったと喜
々として話して帰っていった。
いつものようにバイトで入ってて、レジを打ったり商品を並べた
りしていた。でも新しく出来たピザ屋のバイトの時給がイイもんだから、コン
ビニエンスでのバイトはその日が最後だった。夕方、黒いワンピースの若い女
がヨーグルトを買った。
「一〇三円のお買い上げになります・・・袋はいいですか?」
「あの・・・タミオくん・・・でしょ」
と言われて僕は目を上げた。いつかの夜、浅雄が連れてきた女の子だった。長
い髪をポニーテールにして片えくぼで笑っている。こうして見るとちょっと可
愛かった。
「あ・・・えーっと、確か浅雄の友達の・・・」
「美也子よ」
美也子ちゃんはニコリと笑って言った。それから一〇三円きっかりでお金をく
れた。「倉田クンからここだって聞いたから、一言お礼が言いたくて・・・」
倉田クンというのは、浅雄のことだ。
「そーか・・・美也子ちゃんはもう大丈夫?」
「うん、もう元気。この間はゴメンナサイね」
「はは、お礼なら俺よりも浅雄に言ってよ。すっごく心配してたからさ、あい
つ」
うふふと美也子ちゃんは困ったように笑った。「そのことなんだけど・・・私、
すっごく感謝はしてるのよ? 倉田クンていい人なんだけど・・・」
僕はレジの手を止める。「だけど?」
「・・・何か最近、映画とかいろいろ誘ってくれて・・・倉田クンはいい人な
んだけど、付き合うとかそう風には、私考えられなくて」
「ふーーーん。なるほどね。じゃ美也子ちゃんはどんな奴がいいの?」
「えー・・そうねー」美也子ちゃんはいたずらっぽく笑った。「そうねえ・・・
タミオくんとか結構タイプ・・・なんてね」そう言うと僕の目をのぞきこんだ。
「そぉう?」僕は笑ってヨーグルトのパックを手渡した。「じゃあさあ、今度
どっか遊びに行かない?」
「行く行く!」それから美也子ちゃんは電話番号をメモして僕の手に握らせて
帰っていった。次の日、浅雄が日本酒の一升瓶を片手に僕の部屋にやって来た。
僕と浅雄は黙って飲んだ。浅雄はしたたか飲んで帰り際、“美也子ちゃんにハッ
キリ振られた”と言った。僕は黙って聞いていた。浅雄はいいやつ。だけどそ
れだけじゃきっと駄目なんだ。美也子ちゃんはこのあいだの浅雄の話じゃ“透
に無理やりホテルへ引っ張り込まれて云々”ってことだったけど、ホントのと
ころ“透なら一回でもイイから”ってその気でついて行ったんじゃないかな、
なんて僕は思う。なんとなくだけどね。僕はジーンズのポケットに入れたまま
になっていた電話番号のメモのことを思った。女の子って残酷だ。透ってやつ
はほんとにヤナ奴なんだろうけど、そんな“残酷”な部分をいやってほど知っ
てるんじゃないかと思った。そんなことは知らなければ知らないままのほうが
いいのに。
で、唐突なんだけど美也子ちゃんの話はこれでおしまい。例のコンビニのバイ
トはあの日が最後だったし、電話番号のメモはジーンズのポケットに入れたの
を忘れて洗濯しちゃったから彼女とはそれっきり会っていない。浅雄は相変わ
らず、ときどきふらりと僕のアパートに来たりしている。今、彼は一生懸命別
の女の子にアタックしてるらしい。(報われるといいんだけどね)
浅雄は美也子ちゃんが僕のバイト先に来たことは知らない。永遠に知らなくて
いいと思う。
おわり