AWC 海の歌が聴こえる   相原 稀紀


        
#3091/3137 空中分解2
★タイトル (HGH     )  93/ 4/ 8  13:28  ( 90)
海の歌が聴こえる   相原 稀紀
★内容


                         海の歌が聴こえる


 そのとき、街は夏の白い日射しで満ちあふれていた。

 ぼくは覚えている、その少女を。
 ぼくは覚えている。彼女が堤防に佇んでいたことを。
 ぼくは覚えている。彼女の麦藁帽子。白い水玉のワンピース。
 ぼくは覚えている。

 そのころ、ぼくはまだ、高校の二年生だった。この海の見える街に生まれ育っ
て、高校もこの街から隣の街のそれに通っていた。
 そのぼくに彼女がいたのか? いるはずがないじゃないか。こんなことをい
うと変なようだけど、友達というのはずいぶんいた。けれど恋人、というとど
うも。べつに欲しくないわけじゃなかったけど、でも、それで友達をなくすの
はもっと残念なことだった。
 思えば友達とは、愛すべき存在ではなかった。
 その愛してない友達をなくすのが、そのころのぼくにはなんとなく惜しかっ
た。愛すれば、その愛するものをうしなうのは淋しい。まだぼくは、人を愛せ
るほどの淋しさに耐えられなかったのかもしれない。でも、友達をなくすこと
には耐えられる。これ、変かもしれないけど、愛するものをなくしていく事が
人生なら、傷つくのが人生なら、ぼくはまだ人生を知らなかった。でなければ、
それを知るのが怖かった。とにかくぼくは、失っても傷つかない友達のほうが
ずっとよかった。

 そう、友達をぼくは、男はもちろん、女の子も愛してはいなかった。友情、
なんてのもあぶなっかしい。孤独なやつは愛されないが、そうでないやつだっ
て、必ずしも愛されてるわけじゃなかった。
 その前の夏、海岸で友達が溺れて死んだ。
 そいつはぼくの友達だった。何度体育着を借りたかわからない。春の体育祭
のとき、ぼくは学校指定の運動着をなくしちゃったんだな。で、夏休みのあい
だ、そいつから体育着を借りっぱなしだった。そんなこと気にする友達じゃな
かった。
 そいつが死んだ。
 聞けば前の晩、やたらとヤミ酒を飲まされて、それで気分が悪かったそうだ。
それでも海に行って、海で泳がされて、それで水死した。なんとも後味の悪い
事件だった。ぼくはそれとは直接関係がなかったけれど、でも後に残ったあの
体育で使うジャージが気味悪くて、葬式が終わってからそれを返しに行った。
その両親はぼくを好意的に見てくれたけど、本当は気味が悪かったんだ。これ、
愛してるなんていえるものじゃない。
 でも、次の夏、海水浴場でバイトしながら、ぼくは彼女を見たのだった。堤
防で、白いワンピースに光がまばゆく乱反射していた。そしてその少女の麦藁
帽子。ぼくはそれからずっと、その少女の姿を海岸で見つめていた。

 ぼくはずっとそうしていた。そのままでぼくはよかったのだ。なにせ、ぼく
の目に見えるのは、その白いワンピースと麦藁帽子、ただそれだけだった。
 そしてぼくはあいかわらずの毎日。勉強なんてかったるしくてやってられな
かったし、バイトを続ければ、これまで欲しかったバイクが買える。てなこと
でぼくは、きゃーきゃーのトカイねえちゃんに、トモロコシやらアイスキャン
デーを売ってたんだな。あのきゃあきゃあにばかやろうと思いながら。
 さすがに夕方になると、それでも海岸に人がいなくなる。ぼくたちはその後
掃除。ったく、しりぬぐいさせやがって。バイトでへばったまま夕陽を見てる
と、ここがきゃあきゃあギャルのいる都会じゃなくて、鰯がなんぼの田舎だっ
てことに呆れ返るんだ。それがぼくの故郷だった。

 その夕暮れの赤い風景のなかに、その少女がいる。陽の光の中でシルエット
になって、彼女はただ海を見ているだけ。そしてぼくは、その少女を見てるだ
けだった。ぼくはそれだけでよかった。

 でもねえ、その夏休み、ぼくはある女の子に好きだって言われてしまった。
ぼくがだぜ。信じられないけどさあ。
 でもなあ、ぼくはその娘が嫌いじゃなかったけど、でも断った。そんな気分
じゃないし。で、軽く考えていたら、後からすっごくヤバになった。
 ぼくはなーんか、友達をなくしてしまった。もうぼくたちは、いやぼくは、
女の子に告白されてからやつらの友達じゃなくなってた。
 でもって、その夏休みの後半はみじめな毎日を送った。
 浜辺のバイトは相変わらず。でも、女の子の姿がふつりと途絶えてしまった。
その悲しいこと。これはオーバーだけど、ぼくはなにせ、女の子を振ったから、
友達をなくして感傷的になっていたのだ。
 この後の展開がどうなったか、つまんないけど、その白いワンピースの女の
子と一度会った。でも、なーんてことないのさ。ぼくんところに走って来た彼
女の犬を捕まえて、それを彼女に渡しただけ。彼女がぼくににこりと笑って、
それでおしまい。でもぼくは、その笑顔が脳裏に焼き付いて、ずっとそれは消
えなかった。
 あれは哀しかった。ぼくにはさ。ぼくはそんな哀しみを抱えながら、今年大
学の関係で上京した。
 独りで電車に乗って、その列車の窓からあの堤防が見えたときは、さすがに
胸にじーんとくるものがあったな。
 彼女。あのワンピースと麦藁帽子。彼女が誰だか今もわからないけど、ぼく
は彼女に愛する淋しさを教えてもらった。

 それがぼくの人生の旅立ちだったのかもしれない。
 哀しい気分を優しく抱いて、ぼくはぼくの旅立ちをした。
 あの白い街から。
 これから何度も傷ついていく自分を予感しながら。

 独りで。





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