AWC お題>指輪を飲み込んだヤモリの憂鬱:鞘野一馬


        
#2820/3137 空中分解2
★タイトル (LYB     )  93/ 2/ 8   0:49  ( 54)
お題>指輪を飲み込んだヤモリの憂鬱:鞘野一馬
★内容

 〜 指輪を飲み込んだヤモリの憂鬱 〜

 由美子は、その絵の前で立ち止まった。
 しばらく見つめては、首を傾げる。
「どうしたんだい? なんだかこの絵が気に入ったようだね」
 耕平は、由美子の肩に手を置いた。
「気に入ってるんじゃなくて、気になってるの」
「だろうね」
 そう言って耕平は微笑んだ。
 小さな個展であった。K・ヤンデルーというアメリカの若手芸術家の作品を
展示している。まだマイナーな絵描きだが、一部の人には妙にウケるというタ
イプだった。
 その作品群の中に、妙な絵があった。いやこの人の作品は「水泳するネコの
挫折」とか「全力疾走のコアラの退屈」といったヘンな絵ばかりである。その
中でも由美子の足を止めさせた絵は、本当に妙だった。絵のない絵なのである。
 やたら立派な額の中、真っ黒の油絵の具を塗りたくり、ご丁寧にも左官の仕
事のように、コテできちんと表面をならしてある。
 真っ黒なだけの絵。その題名は「指輪を飲み込んだヤモリの憂鬱」だった。
「あたしね、この絵からすごーく深いメッセージみたいなものを感じるのよ。
それでいて、同時に何も意味を持ってないんじゃないかって気がするの」
 要するに「なんだかわかんない」と言いたいわけだ。
「これだったらさあ『闇夜のカラス』って題の方が合ってると思うけど」
 見たまんまだ。
「僕はこの作品のこと、少し知っているよ」
「ほんと! 教えて」
 由美子は、目を輝かせた。この表情を見ると、本当に由美子と付き合ってよ
かったと実感する。
「この絵はね、実はちゃんとした絵を描いてあるんだ。その絵の上を、黒い絵
の具で覆ってある」
「どんな絵が描かれてるのかしら。『指輪を飲み込んだヤモリの憂鬱』か、興
味あるなあ。耕平さんは知らないの?」
「いろいろな人が本人にきいてみたらしい。でも教えてくれないそうだよ。死
ぬまで誰にも喋らないってさ」
「ええー、つまんない」
 口をとがらせる由美子。石があったらぽーん、と蹴っていただろう。
「でも、この絵の意味は教えてくれたんだ。その人」
「え? どうゆうこと、それ」
 絵を描いた。すぐに黒く塗りつぶした。その下の絵は、誰にも教えずに墓ま
で持って行くそうだ。
 このことにどんな意味があるのか。
「この絵の題名は何だった?」
「何度も言ってるくせに。『指輪を飲み込んだヤモリの憂鬱』でしょ?」
「そう、隠された下側の絵とかけてあるんだ」
「まだ分からないなあ」
 由美子は首をひねる。
「どちらもね。『本人にしか分からない』だってさ」

     − おわり −

 鞘野一馬(さやのかずま) 〜LYB07051〜

 文中の個人名・団体名はフィクションです。念のため。





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