AWC 月夜話、番外編 「秋の夜長に」 ■ 榊 ■


        
#2771/3137 空中分解2
★タイトル (HHF     )  93/ 1/31  10:36  (122)
月夜話、番外編 「秋の夜長に」 ■ 榊 ■
★内容


   十月の初めにしてはいくぶん寒い夜のこと。芳春の部屋に置かれた炬燵はもう
  すでに電気がつけられていた。
   芳春にあてがわれている部屋は、とても広い。さらにすきま風もあって、部屋
  の中はだいぶ寒いかった。
   更紗のお古の半纏を着て、炬燵に足をつっこむ。万全の体勢をととのえて、芳
  春は眠たくなるまでの時間を勉強にあてていた。
   夜の十時過ぎ−−この頃になるとあたりはもの凄く静かになっていて、鉛筆の
  カリカリする音だけが聞こえてくる。
   秋の夜だけは、きっとほかの季節よりも長いのじゃないかな、と思ってしまう
  のは、こんな瞬間である。
   そして、そんな静かな時にはたいてい、更紗が邪魔をしに来るのだった。
  「炬燵に入れさせてぇ!」
   ノックと同時に扉が開き、パジャマ姿の更紗が飛び込んできた。芳春の向かい
  側を陣取ったかと思うと、体まで炬燵にもぐりこむ。
  「うぅん、ゴロゴロ」
   芳春が、「ねぇこぉは炬燵でまぁるくなるぅぅ」という言葉を思いだしている
  と、ぴょっこりと更紗の顔があらわれた。
  「芳春君、なにしてるの?」
  「あっ……寝るまでのあいだ、勉強をしようかと思って」
  「勉強? 健康的じゃないなぁ」
   芳春はおもわず苦笑した。
  「じゃあ、何が健康的なんですか?」
  「誰かの家に遊びに行ったり、ファミコンしたり、漫画読んだり、舞姫と恋を語
  らったり」
   ちょうどその時、舞姫が大きな盆を持ってあらわれた。その盆の上には、二組
  の紅茶がほのかな湯気をあげていた。
  「誰が恋を語るって」
  「あら、舞姫ちゃん。聞いてたの?」
  「聞こえただけよ。余計なことは言わないの」
  「照れちゃってっ!」
   更紗がぽんっと舞姫の肩をたたく。いつもなら舞姫が反撃に転じるのだが、今
  日は静かだった。そっと、芳春の前に紅茶をおくと、ほのかな甘い香りが漂った。
  「あっ、いつもすみません。言っていただければ、僕も手伝うのに」
  「いいのよ、私にとっての気晴らしだから」
   舞姫はそう言って、もう一つの紅茶を自分のもとに置き、盆を机からおろした。
   そして、一瞬の沈黙。
  「……私のは?」
   更紗の問に、舞姫は冷たく一瞥する。
  「働かざるもの食うべからず、よ」
  「働いて食わしているのは私じゃん?」
  「学生は勉強が仕事。しかるに更紗はいま何をしているの?」
  「うっ……」
   芳春も二人の問答には慣れてきて、くすくすと笑いながら、口をつけた紅茶を
  そっと更紗の前に置いた。
  「更紗さん、良かったら少しどうぞ。美味しいですよ」
  「優しさが心にしみる。少しだけいただくわ」
   舞姫が作ってくれた紅茶は、ダージリンのミルクティー。しかも水をいっさい
  使っていない牛乳だけでこしたものだった。
   普段ならちょっとくどいかも知れない紅茶も、こんな寒い夜にはちょうどいい
  甘さと濃さになっていた。
  「インド風ミルクティーよ。頭を使うと、お腹がへるからね」
   ちょうどその時、ドアがノックされた。
   かちゃりとドアが開くと、萌荵がひょっこりと顔を出した。短い髪の下で瞳が
  優しく笑っている。
   何かと芳春が思うと、ドアの影から電話が出てきた。
  「芳春くん、お父様からお電話」
   萌荵はそう言うと中に入ってきて、そっと芳春の耳元に受話器をあててくれた。
   しばらく聞いていなかった父の声と、二こと三こと言葉を交わすうちに、萌荵
  は炬燵に入りこんでいた。
   三人の瞳が見つめる暖かな視線と雰囲気につつまれながら、芳春は嬉しそうに
  電話口にむかって語りかけていた。
   舞姫が電話の邪魔をしないように、自分の紅茶をそっと萌荵に渡すと、萌荵は
  にっこりと微笑んで口をつけた。
   電話が切れる。あたりは夜らしい静寂を取り戻したが、前よりはずっと温かか
  だった。
  「お父さん、何だって?」
  「今度の授業参観。遅れるかも知れないけど、必ず来るそうです」
  「良かったね」
  「はい」
   四人はお互いに顔を見合わせて、微笑んだ。
   部屋もだんだんと暖かくなり、萌荵は換気のために少し窓を開けた。
   その隙間から冷たい空気が入りこんでくる。
   胸を冷たくする空気は、吸い込むと意外にも甘い温かな香りがした。
   金木犀の香り。
   紅茶の香りと重なって、それは不思議な温かな匂いとなってあたりを漂い始め
  ていた。
   その空気を胸にいっぱい吸い込んだとき、ふと更紗が呟いた。
  「そういえば、芳春君が来てもう三ヶ月もたつのね」
  「そうですね。本当にお世話になってばかりです」
   芳春はあらためてまわりを見渡す。
  「舞姫さんには、いつも食事を作ってもらって有り難うございます」
  「どういたしまして」
   舞姫は、可愛らしく首をちょこっと曲げておじぎした。
  「萌荵さんには武道の相手をしてもらって、だんだん力がついてきました」
   萌荵は、それはそれは嬉しそうに微笑んだ。
  「ねぇねぇ、私は?」
   更紗の言葉に開いた芳春の口は、何かを言おうとしたまま止まった。
   しばらくの静寂が続き、そして舞姫と萌荵が腹をかかえて笑いだした。
  「いいんだ。どうせ私なんか、単なる邪魔者だもんね」
  「そっ、そんなことありません。ただ、どういったらいいのか解らなくって」
   誰よりも感謝をしているのに、芳春にはどうしても言葉が見つからなくて、更
  紗をなぐさめるしかなかった。
   そのとき舞姫は、更紗がいてくれたおかげで寂しくはなかったのよ、と芳春の
  言いたかった言葉を正確に把握していた。
   舞姫の両親が引っ越してしまったとき、更紗の邪魔なほどのちょっかいがどれ
  ほど寂しさを紛らわしたか。
   そして、芳春が父から離れて暮らすことになっても、それほど途方にくれるこ
  とがなかったのも、やはり更紗がいてくれたからなのだろうな、と舞姫は思って
  いるのだった。
   とは言っても、舞姫は口に出して更紗を褒めようとは、まったく思っていなか
  った。
   そうして、舞姫と萌荵は笑い、芳春はすねてしまった更紗をなぐさめ続けるの
  であった。


   空には満ちた月。
   金木犀には橙色の花。
   月からの冷たい光を一身に浴び、
   金木犀はいつまでもほのかな香りを漂わせていた。


   月夜の晩の、そんなお話。


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                                    At my room where it smells Kinmokusei.
                                                 Produced By Kyouya Sakaki
                                     B.G.M. Baby-Face "I give you my love"





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