AWC 六文字の殺人 6      永山


        
#2714/3137 空中分解2
★タイトル (AZA     )  93/ 1/18   8:25  (199)
六文字の殺人 6      永山
★内容
「まず……楽譜の暗号だ。君も知っての通り、僕はあれを簡単に解いた。少し
手違いがあったにしてもね」
「手違いって?」
 そうか、そこまでは彼女は知らないのだ。僕はこれからの説明のことも考え、
吉野刑事から提供された情報を全て伝えてやった。
「……分かったわ。状況は呑込めたから、続けて」
「『まやく』は合っていたのだから、総体的な解読法は間違ってないはずさ。
思うに、白井がたまたま尻尾を出したけど、元は田西が仕切っているんだ」
「……」
 説明を聞いているのか、鹿島は楽譜を見つめている。そして、切りつけるよ
うに言ってきた。
「……あなた、詰めが甘いわ」
「何だって?」
「そんな怒鳴らないでよ。あなたのお母さん達がおかしく思うんじゃなくて?」
 すぐに僕は声を落とした。
「聞かせてもらいたいね、どこが甘いのか」
「あなた、このfに注目した?」
 鹿島は楽譜の上にあるフォルテを指さす。
「……いや。単なる飾りと判断した。楽譜らしく見せるための」
「そう。いいかしら。後ろ二つのfの下の文字はあなたの解読方法だと、どう
なっている? それ一つだけで読めるでしょう? 田西頼五郎の『い』と『う』
って感じね」
 確かにそうだ。
「これを前半の二つのfに当てはめると、TANIのNとIを単独で読まなく
ちゃいけない。つまり、『たに』じゃなくて『たんい』になるんだと思うわ」
「そ、それだと、人の名前がおかしくなる……」
 自分でも声が震えるのが分かったが、何とか反論を試みる。しかし、それも
無駄だということは、すぐに思い知らされた。
「いいえ。ちゃんと名前になるわ。『たにしらいごろう』から『たに』を取る
訳だから『しらいごろう』。これ、『白井悟郎』ってことね、きっと」
 何も言い返せない。何のことはない、注意深く解読していれば、最初から白
井が麻薬に絡んでいたことは明らかだったのだ。田西−−先生には悪いことを
してしまった。
「……それは些末なことに過ぎない。白井が麻薬に絡んでいたのは、松谷の証
言で分かったんだから」
 虚勢を張ってみたが、情けなくなっただけだった。
「まだそんなこと言うの」
 必死になって、僕はトリックを考えた。まるで僕が犯人であるかのように。
とにかく言葉を並べる。
「白井が全体の事件の犯人であることは間違いない。麻薬を買っていたのか売
っていたのか知らないけど、白井は麻薬犯罪に関与していた。多分、松谷も関
わっていたんだろう。
 白井が横倉を殺したのは、横倉が麻薬のことを知ってしまったからだと思う。
横倉の事件で、急に遺体が消えたのは、白井が自分の趣味を活かしたんだ。あ
いつは釣り、それも大物狙いの釣りが趣味だからね。鰹の一本釣りをするよう
な大型のリールがあるだろう? あれを秘かに学校の本館屋上に運び込んでお
く。そして事件の日に、夜九時ぐらいかな、話に応じるからグランドに立って
待っているように約束した。横倉は約束を守ってグランドに立つ。それを確か
めた白井は、先に大きなおもりを取り付けた釣り糸をぶん投げた。釣りも名人
となると、狙った場所へ寸分狂わずに投げ込めるそうだから、そのおもりは横
倉の頭部に命中しただろう。
 このままにしていたら横倉が何か身につけていて、麻薬のことがばれるかも
しれない。そう考えた白井は、すぐにグランドに行こうと思ったがそのとき、
学校に近付く人影に気付いたんだ。忘れ物を取りに来た根本だったんだけど、
今遺体を見つけられるのはまずいから、白井は思い切った手段に出た。大型の
釣り針を先に付けた釣り糸を再び投げ、そのJ字形に曲がった先で横倉の遺体
をつり上げたんだ。このとき、コートにはかぎ傷ができ、靴に土が付着したと。
だからコートは処分しなければならなかったし、靴に着いた土も説明できる。
 当面の危機は去ったけど、白井は遺体をどうにかしなくてはならない。そこ
で三階の窓から飛び降りたように見せかけることを考え付いた」
「……それだけ? 大演説をご苦労様。矛盾が目立つから全部は言わないけど、
例えばそうね、田西先生が宿直しているのに、どうして白井先生は殺人なんか
したの。少なくとも、あなたが言うような計画的殺人はおかしくない?」
「……田西先生に疑いを向けさせるためさ」
「見つかる危険性の方が高いと思うわ。いるはずのない時間に学校で見つかっ
たら、どうやって言い訳するの? それに、田西先生に濡れ衣を着せたいんな
ら、もっと徹底してもいいなじゃないかしら? 小澤先生が殺されたとき、は
っきりと『たにし』って書き残せばどう?」
「……分かんないよ、犯罪者の心理なんか」
「それなら、探偵ごっこなんてよしなさいよ! あなたがやってることは、紙
の上のゲームを楽しんでるだけよ」
 僕が黙っていると、鹿島はどんどん続けた。
「小澤先生の事件だって、あなたには何も分かってないみたいね。私、探偵ご
っこは嫌いだけど、今話を聞いて、こう考えてみたの。白井先生が麻薬を扱っ
てっていたのなら、どこまでその枠はあったのか。そうなれば、夏に海外旅行
に行ったグループが怪しくなくて? しかも行き先は中南米。あのときの旅行
は白井先生に小澤先生、水木先生に松谷先生の四人だったわ、確か」
「じゃ、じゃあ、君は水木先生が関わっていると言うのか?」
「信じたくなさそうね。そりゃあ、あなたは自分が見たい物だけしか見えない
人みたいだから、憧れの先生には麻薬に関わってほしくないわよね」
「黙れ!」
「黙らないわ。声を落としなさいよ。想像なんだから、これは。でも、あなた
と違って、確証もないのに軽々しく警察に言うなんてしないわ、絶対に。
 麻薬についてそう考えたら、小澤先生を殺した人も簡単に分かる。反対から
書かれた可能性があるのよね、Kの文字は?」
「……」
「Kを逆さにしたらどうかしら」
 鹿島は紙に、

*  *
 * *
  **
 * *
*  *
   *

 と記した。
「いいかしら。これって、『水』と書こうとして、途中で止まったように見え
ない? 水木先生の『水』ってね」
 それから彼女は、さっきの文字に書き足した。こういう風に。

*  *  *
 * * *
  ***
 * * *
*  *  *
   *

「多分、小澤先生が自首を言い出したのかな。横倉先生を殺してしまったと聞
かされ、恐ろしくなったんだと思いたいわ。それで水木先生は警察に言われて
は困るとばかり、小澤先生を殺した。恐らく、水木先生は小澤先生が血文字を
残したのを見つけたのね。最初、それを消すことも考えたかもしれないけど、
逆から見ればKとなることに気付き、小澤先生の身体を逆向きにしたのかしら」
「想像に過ぎない」
「想像だって言ったでしょ。それに、想像はあなたも同じ。私はいかにあなた
のやっていることが遊びレベルかを教えるために、ひっくり返してあげてるの
よ。言ってあげないと分からない?」
「じゃあ、こっちの暗号は?」
 反論になっていなかったが、僕はDの暗号を示してやった。もちろん、本物
は警察に渡したから、写しである。
「これって、白井先生が落としてしまった物と考えられるのよね?」
「そうだろうな。それが?」
「本来は落とさずに、誰かに渡す物だったと考えられるわね。でも、暗号にし
たがために、これじゃ渡されたってすぐには解読できやしないんじゃない?」
「今度みたいに落とされたときにすぐに知られては困るからに決まってる」
「そんな大事なことなら、電話で言えばいいんじゃないの? 電話を盗聴され
るほど白井先生が怪しまれていたなんて言わないでよ。それは有り得ないんだ
から」
 確かに、盗聴の可能性は有り得ない。そこまで考えるなら、白井は警察にも
っと早くに疑われてしかるべきだ。
「こんな、いかにも暗号だって分かるメモってあるかしら。疑われたらまずい
んだから、こんなことはしないと思う。それでもしたのは、どうしても必要だ
ったからと考えるわ。しかも、電話では簡単に伝えられないようなこと」
 それからしばらく考えていたらしい鹿島。その内に、ゆっくりと話し始めた。
「……これ、麻薬の受渡し場所を示すんじゃないかしら」
「そうだとしても、電話で伝えられないってことはないだろう?」
「いいえ、そういう場合があるわ。麻薬はそもそも外国から入って来るのよ。
白井先生達に麻薬を流していたのが外国人だったとしても、おかしくないわ。
でも、その人は日本語が分からないでしょうから、場所を伝えるのにも一苦労
よね。だから、こんなメモにしたのね」
「どこが、場所を伝えてるんだ?」
「さっきから気になってたんだけど、この形、駅前のビル街に似てるんじゃな
い? 上から建物を見おろした感じね。よく根本さんと一緒に歩いたでしょ?」
 言われてみてはっとなった。すぐ手前にあるビルは半円だから、上から見た
らDだ。□は極普通のビル。+は……そうだ、公園の十字路だ。○はそのまま
円形のビルで、▽はあの全面ミラー張りのビルか! =のところは道路があっ
て歩道橋を示している。〜はこういう波形のシュールな建物があったんだ。
「分かった? つまり、この点が受渡し場所を表現してるのね。三角柱のビル
の前で麻薬のやり取りをするのかな。日時は電話で伝えられる」
「……嬉しいんだろうな、君は。僕をやりこめて。全く、探偵ごっこだ!」
 自分のじゃないような声がした。
「ちょっと! まだ分かってないみたいね! 黙っていてあげようと思ってた
けど、あなたのためだから言うわ。根本さんがどうしてあなたに接近したと思
うの? まさか、一目惚れだなんて思ってないでしょう?」
 それは感じていた。嬉しくはあるが、どうも変だった。唐突だ。
「あれ、私が彼女に頼んで、そう振舞ってもらったの」
「何だって?」
 何度目かの叫び声を上げる。が、今度は自分で気付き、声を落とす。
「訳が分からない」
「あなたに馬鹿な探偵ごっこをやめさせるためよ。彼女ぐらいのかわいい子が
近寄って来れば、あなただって殺人事件を忘れるだろうと思っていたけど、駄
目だったみたいね。現実の人間よりも紙の上の人間がお気に入りみたいだわ」
「嘘だ! 信じらんないぜ。ああしてプレゼントをもらったんだ」
 何の足しにもならないだろうが、僕は根本からもらった箱を指さした。
「彼女が芝居までしてプレゼントくれるはずがないって訳? 本当に、見たい
物しか見えないのね。あなたが思っているほど、女の子は優しくなくてよ。私
が言ってもしょうがないんだけど、根本さんて複数の男子とつき合っていて、
全員を手玉に取ってるんだから」
「……帰ってくれ」
 怒鳴ったつもりだったが、力が入らなかった。
「帰ります。でも、もう一つだけ。あなたは今度の事件を教師の間だけで起こ
ったものとして受け止めてるかもしれないわね。そう思い込んでいると、とん
でもないしっぺ返しをもらうことになりかねないかも。それだけ心しといてよ。
汚いのは教師だけじゃない」
「分からないな。教師だけが悪いんじゃないか?」
「……もう帰る」
 それだけ言うと、鹿島はさっさと部屋を出て行った。
 後で母に、何があったんだってしつこく問いただされた。

 鹿島が言ったことは、しばらくして分かった。
 吉野刑事は律儀にも、最後の報告として事件の顛末を知らせてくれた。その
ほとんどは、鹿島が想像していたことと一致しており、僕の考えが当たってい
たのは、あの馬鹿げた釣り針トリックだけだった。慌てて捻り出した、あんな
ものが当たるなんて、大した皮肉だ。僕は自分で自分が紙の上を眺めてるだけ
の人間だと証明してしまった気分だ。
 それよりもショックだったのは、鹿島の予言通り、生徒が絡んでいたことだ
った。考えてみれば、僕にも分かったはずなのだ。「たに」を「たんい」と読
み換えたのだから、「単位」について深く考えれば。
 あの私立病院の息子、平沼が白井達の麻薬のことを知り、それを黙っている
ことと引き換えに、成績にA、つまり優をつけることを要求したのだ。形を変
えた脅迫。何故、白井達が平沼を殺そうとしなかったのか? それは多分、学
校に対して、平沼の親が多額の寄付を継続的にしていたからだろう。
 平沼が僕と根本のことを噂したのも、何となく理解できた。あれは、僕に嗅
ぎ回られるのを嫌って、噂の渦中に陥れようとしたんじゃないだろうか。
 この事件で僕は何かを学んだだろうか。全てを明かされてから、やっと全体
が見えているようでは、何も学んでないのかもしれない。
 いや、一つだけ学んだかもしれない。女は恐いということを。

幕




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