#2574/3137 空中分解2
★タイトル (TEM ) 92/12/20 14:23 ( 75)
今を生きる うちだ
★内容
いつものように「じゃあまた電話する」と宵史が言っても、ヒナコは彼のジャ
ンパーの袖をつかんだままだった。クリスマス前の街はおもちゃ屋みたいだ。
どこもかしこも電飾で溢れていてちっとも暮れていかない。
「今からどっか行こうよ」ヒナコが甘えた声を出す。
ふたりは今週の日曜日に遊園地に行く約束をしている。かれらの親や友人もそ
れを知っている。ヒナコと宵史にはせっぱ詰まった事情なんてなかった。それ
よりこれから宵史はバスで、ヒナコは電車でそれぞれの家まで帰らなければな
らない。
「今日は平日だしさ、日曜に会う約束だろ。もう遅いし、帰ろうぜ」
宵史は時計を見る。十一時過ぎていた。
「ねぇ、宵史ィ。今からこの角で別れて、私はまっすぐ駅に入るでしょ。宵史
があの角のむこう側でバス停に行く前に、例えば車に撥ねられたとしてもよ、
私知らなくて、家に着いてお風呂に入って寝ちゃうのよ。そんでもってまた明
日には会社でワープロ打ってるのよ。それから宵史は今頃どうしてるかなぁっ
て、考えたりしちゃうのよ。知らせが入って初めて嘆くのよね。どう思う?」
「どう思うってったって・・・そりゃ、そういうもんだろ」
ヒナコが唇をとがらせて黙り込むのを見て、宵史が不審顔をする。
「・・・・何だよ」
「べっつにぃーー」それから声の調子を変えて、ヒナコが言った。「ねえ。も
う少し、もう少しだけここに居ようよ。だって、もしかしたら明日にだって死
んでしまうかもしれないのよ。」
「死なないって」宵史は笑った。「んなこと言いながら、二十三年も生きてる
んだからさ」
ヒナコは彼のジャンパーの袖をつかんでいた手を放した。
「そうよ生きているわ。悪い? 」そしてふて腐れたように早口で言った。
「でも明日死んだって不思議じゃないでしょ。死のうと思って死ぬわけじゃな
いんだから」
ヒナコの瞳の星がちらちらと瞬いて、宵史は不安になる。
「馬鹿、明日も絶対に来るぞ」それから付け足した。「千円賭けたっていいぜ」
「千円か・・・宵史くんケチね」ヒナコが歌うように言う。「明日はくるわよ。
私が死んでも宵史が死んでも何にも変わらずにね。それとさ、特別生きようと
思って二十年も生きてるわけじゃないのよ。死ぬのが怖いだけ。毎日が楽しい
わけでもなし。」
宵史が低く呟いた。
「なんでだよ」
「え?」とヒナコは聞き返す。
「何かあったわけ? 突然呼び出して、死ぬハナシばっかして、俺が気分いい
わけないだろ。なんでお前、今日はそんなことばっかし言うんだよ。」
「先に言ったのは宵史のほうでしょ」ヒナコは宵史を正面から睨みつけた。
宵史の声が大きくなる。
「俺が何ゆったよ?!」
「言ったわよっ。そういうものだって、言ったじゃない!」
「それとこれとは・・・」
「同じよ」宵史の言葉を遮って、ヒナコが言った。「同じことよ!」
宵史は大きく溜め息をついた。
「・・・・・・だから何だよ」
ヒナコは一瞬ひるんできゅっと口をとじた。それから凄い目で宵史のことを見
て呟いた。
「なんだかねぇ、かなしいことばっかりなんだもの」
そう言ってうつむいて目を綴じた瞬間、きらきらに光っていた彼女の瞳からぽ
ろりと涙が滲みでた。「例えば誰かが死んでさ、どんなにたくさん嘆いて泣い
ても、きっと私は狂ったりさえしないんだよ。なんだって乗り越えて、生きて
いく。きっと本当に、私たちどちらかが死んでも何にも変わらないよ」
「・・・・・・・・・」
宵史は怖いような思いで次の言葉を待った。ヒナコが顔を上げた。
「宵史と居たいんだけど、駄目かなあ。今、宵史が必要なの。あと十分だけこ
こに居て」
十一時二十五分だった。あと十分も居たら終電が行ってしまう。
なんで今なの?会社どうするんだよ。宵史は言いかけてやめる。
心中を迫っているような気分で、ヒナコは宵史の言葉を待った。
といって、二人とも一緒に死のうなんてまったく考えていなかったけれど。
さすがに十一時をまわると人通りがまばらになってくる。きっとどいつもこい
つもどこかに帰っていく。ヒナコの乗るはずだった電車も宵史が乗るつもりだっ
たバスも、最終便が出発したあとである。宵史がぶるりと身震いした。
「とりあえず寒いから、何か温かいものでも飲もう」
「さんせー」
今は今のことしか考えられない。二人は、曲がり角の手前に居て、一緒に生き
ている。明日のことが今日になったらそのときに考えよう。電話ボックスの裏
に自販機があるのをヒナコが思い出したから、そこまで二人で歩くことにした。
おわり
タイトルにつられて読んだ方にあやまります。ごめんなさいね、こんなんで。