#2488/3137 空中分解2
★タイトル (JHM ) 92/12/11 6:59 (159)
《『寺へ』−斜論 帝都物語−》(2) カ
★内容
朝が来た。ブロック塀の続く狭い道。乗用車一台止まれば自転車が通るのが精一杯
の道には、5台も車が連なっている。その脇には、自転車やら人やらが連なっていて、
前方へは進めない。踏切はずっと前からふさがっている。
「カ〜ン・・・カ〜ン・・・カ〜ン・・・カ〜ン・・・・・・」
電車が通りすぎて、もうヤレヤレと思うと、
「カンカンカンカンカン・・・・」
次の電車が来ているのに注意を喚起するカネが鳴る。ブロック塀と電柱の間のむこう
に青い空が見える。朝も早くからセミは鳴き続けている。淡い雲が、にじみ出しては
消えて行った。やっとの事で踏切は開いた。バイクの真壁六郎は線路の段差を乗り越
えるとスロットルを一気に開けて走りだしていた。妙に頭がボーッとしていて、夕べ
の事が思い出せない。朝起きると、チャールズマンションの真壁の部屋には、ビール
の空き瓶が3本と丸めたティッシュが散らかっていた。二日酔いか?いつになったら
結婚できるのだろう?そんな、そこはかとない思いが霞んでは消えて行った。
朝見たTVのニュースは、凄い話だった。都内の寺の住職が惨殺死体で発見された
というものであった。下半身は無く、上半身だけの死体は「週刊 住職情報」の株式
欄を広げて握りしめ、顔は何か笑っているようにみえたという。腹部内臓は一切無く、
横隔膜が直に見えていたという事だ。にも拘らず、現場には血痕は殆ど落ちておらず、
凶器や犯行の手口、そして動機につき「皆目見当がつかぬ」との所轄警察の署長の談話
が流されたのは本当に意外な事だった。被害者の多彩な女性関係について、ほんの一言
二言述べられただけだった。被害者の3人目の、そして身重の妻は、現在の所、全くと
して行方が知れないのだそうだ。
久々の会社は、未だ夏期休暇の者が多く、まばらにしか出勤していない。真壁は、机
につっ伏して、仕事中と言うのに。夢を見た。女の声がする。
「 お願い お腹に赤ちゃんがいるの わかって・・・ 」
「 よ〜く 承知しております 奥様 ・・・ 」
夢はそこで途切れた。
「 真壁さん、起きて下さい 仕事です 仕事 」
宮島は調子の良い奴だ。タイへ年に何度も遊びに行く。アチラで撮った写真は決して
見せない。彼も30才というのに独身だ。タイで何をしてくるのか、あまり話したがら
ない(アチラで馴染みの女性に仕送りしている、という噂がある)。まぁ、よかろう。
嫁日照りに喘ぐのは同じ事。が、十分机の上で眠った筈なのに、真壁は少し不機嫌。
「 う〜ん 何だい 仕事って 」
来客。歳の頃は30代半ばの大柄な女性。張った肩。切れ長の眼、厚めの唇。どこかで
見た気がして思わず見つめる。宮島が真壁を紹介する。
「 ニッチビジネス企画室の真壁係長です。 」
真壁の会社では、係長格が新規業務のチーフ格になって働く。宮島は広報部の係長で、
一緒によく仕事をする仲である。
「 真壁です よろしく。 で どんな御要件で? 」
シールート ヒノハラ
「 御挨拶が遅れまして申し訳ありません。海路社の桧原のと申します 」
「 海路社 桧原滋子 」と名刺にある。古風な名前だな、と真壁は思った。宮島は
言葉を接ぐ。
「 桧原さんは、就職情報誌に載せる当社のイメージ広告のために、新規事業、特に
ファイン・ケミケルス関連情報サービスについて取材に来られたんだ 」
「 あぁ、CD−ROMの・・・・ 」
という間もなく、真壁はB4縦の印刷物を取り出した。宮島は桧原さんに
「 この件に関しては、彼に任せておけば大丈夫なんですよ 」
というと、真壁に
「 今日はちょっと早帰りなんだ あとは、宜しくね 」
といって会釈をし、歩く生殖器を気取ってか、腰を振り振りスタスタと歩いて部屋を
出ていった。軽間課長までクライエントと出て行ったから、積み上げた書類の谷間に、
2人ぼっち。上気した真壁の言葉つきは固くなる。
「 いちおう、広報用の内部資料としては、こんなのがあるんですがね 」
資料のページをパラパラとめくりながら
「 へ〜っ、これみんな真壁さんが書いたの? 」
「 まぁ、一応 」
言いたい事の半分も言えない金縛り。結局その資料からの抜粋は少しだけ。後は悪徳な
不動産屋みたいに綺麗なグラビアで埋め尽くす、という事に事は決まった。おどおどと
した口調で、不似合いな科白が真壁の口から出た。
「 あの〜 今日の御予定は? 」
おどおど、と聞く質問に対して御返事はシステム手帳を見るまでもなく瞬時に出た。
「 ワインパーティがあるんです 銀座で 」
「 そうですか 残念! 」
「 また今度 御一緒しましょう 」
外交辞令の笑顔がとても寂しい。な〜んだ、予約済みなのか〜。でも・・・・。今日も
寂しい帰り路。傷をなめ逢う一杯飲み屋は、もう御免だ〜。今日はバイクで来たから、
酒は駄目。空腹感と寂しさが後ろ髪のあたりをスーッと冷やしてゆく。バイクに跨ると
、太股のあたりに鳥肌が立った。
背中が寒い。何かお腹の中に入れなくては。
いつものラーメン屋は、「ビスコン亭」という。ニンニクとニラをたっぷり効かせた
味噌ラーメンが売りものである。トッピングには、ラッキョウや納豆、挙げ句にクサヤ
まで置いてある。店のキャッチは、「何でも出来るの『ビスコン亭』」というものだ。
たしかに、餃子からカレー、そしてお茶漬けまで出てしまうのである。が、しかし本道
を踏み外さない真壁は、いつもの通り全てのトッピングを乗せた、人呼んで
「 どもども>ALL 」
という奴を頼む事に決めている。スピードを緩め、店の前の舗道に乗り上げようとする
と、見慣れた男が店に入るか、入るまいか、迷っているのか、立ち尽くしている。某部
の某課にホストがあるという噂の社内の陰ネットには、彼は今日デートだ、という情報
の書き込みがあった。
「 あのガセネタをアップした奴に今度晩飯おごらせよう 」
とか思ったのも束の間、いつもの元気は何処へやらで、すっかり沈んでいる様子。遠目
にも明らかにオカシイ。
「 おひおひ 宮島くん どうしたんだね 」
「 ぬぁんだ〜 真壁さんか〜 」
「 ぬぁんだ〜 は 無いだろう ま、とにかく入ろうや 」
秋の気配に冷え込んだ肌に熱いオシボリが有難い。お腹が減った。お茶を一口すする。
「 いつもの〜。 どもども>ALL 大盛りでね! 」
「 わらしも 」
宮島は元気なく呟く。見合いの相手とデートの約束をしたは良かったが、今日は逢った
その場で最後通牒。
「 貴方とお付き合いする気持ちはありません。彼とデートがあるからバイバイ 」
要約すると、そういう事になるらしい。彼は、ちょっと(えっ嘘〜)遠いけれども30
才という若さで一戸建ての家を建てた。秩父に程近い飯能の向こうにある分譲地に建つ
立派な家。その分譲地、たしか「熊プラーザ」という。
(注)「金妻」の舞台
は横浜の住宅
「 家も建てたんだし、まだ若いんだ 元気出してさ 」 「多摩プラーザ」
自分が悲しくなる様な慰め言葉を真壁は吐いている。頭の時間軸がオカシクなったその
ついでに、真壁は言った。
「 ディスコ 行かない? 宮島くん 」
宮島は本当に驚いた顔をしたが、すぐに目を輝かせて
「 行きましょう 」
と答え、残りの味噌スープを一滴残らず飲み干した。