#2377/3137 空中分解2
★タイトル (ZBF ) 92/11/20 2:23 (126)
「月面」(8) 久作
★内容
夏休みになった
暇だ
Mは宇和島に里帰りしている
月での生活は 悪くはなかった
只 活きのイイ魚を食えないのは不満だった
宇和島なら シャコッと適度な歯触りで
適度に脂ののった まるで上等なチーズのような味の
ハマチの刺し身が 学生の身分でも食えた
元来 無口で無趣味な俺には
Mのような騒がしい友人が近くにいないと
退屈でしょうがない
ドア・ベルが鳴った
一瞬 Mかと思ったが
「ゴメンクダサーイ 先生いますか」
恵子だった
よっぽど 居留守を使おうかと思ったが
3度目のベルで 観念した
「はぁい」
イカガワシイ物が 目に触れないのを とっさに確認して
ドアを開けた
「あ 先生 いた」恵子が屈託なくニコニコ笑って立っていた
「どうしたんだ」
「え 勉強 教えてもらいに・・・」
「ん?」
「・・・教えてもらいに 来た って言ったら 入れてくれる?」
「え?」
「お邪魔しまーす」
一瞬の隙を突いて 恵子はズカズカと上がり込んで来た
気押されして 座敷まで後ずさりした
ガチャッ
恵子は後ろ手に鍵を締め座敷に入って来た
「ちょっ ちょっと 困るよ 前田さん」
「なんで?」勝ち誇ったような 挑発しているような目だ
「なんでって 部屋に 男と女 2人っきりなんて・・・」
「教師と生徒 の筈 よね
何 イヤラシイ事考えてるわけ?」
「まっ 前田さんっ」悲鳴に近かったかもしれない
「ふふ イイわよ イヤラシイこと しても
夢の中みたいに」
「ゆ 夢の中・・・ な 何のことだ」
「ふうん 覚えてないって言うの
でも 先生も見たはずよ
人けの無い通りで ガス灯の下で あたしを抱き竦め
驚いて声も出ない あたしの肩に手を回して
旅館に連れ込んで
連れ込んで・・・・・・
そりゃ からかった あたしも悪かったかもしれないけど・・・・・・」
「な 何を言ってるんだ ガス灯って どこだ一体」
頭が混乱してきた
ガス灯なんて 本の中でしか 見たことはない
「・・・・・・でも・・・」
「え?」
「軍服着た先生 ちょっと格好良かった・・・」
「あ え 軍服?」
あの例の憲兵大尉の軍服だろうか
「そいつ いや 俺か 俺は 憲兵大尉だった?」
「やっぱり 覚えているのね 嘘つきっ
旅館で 旅館で 先生 乱暴に あんなに乱暴に あたしを・・・
あたし 初めてだったのに 初めてだったのに・・・」
恵子は唇を噛み 涙ぐんでいる
「そ それに あたしのお母さん 先生の お兄さんに やっぱり・・・
やっぱり同じように 神社の境内で・・・
お母さん まだ女学生だったのに 妊娠までして・・・
お母さん お兄さんが果てた時 その時
首を絞めて 自分も死ぬって 思いつめて
だけど・・ だけど・・・ 結局 できなくて・・・
先生のお兄さんは 先生が死んだ後は あたしまで・・・」
「ちょっと待てっ きみっ 話が・・・」
「あああっっ おっお母さんっ お母さあああんんっっっ」
恵子は正体もなく泣きじゃくり うずくまった
「前田さん 前田さん こまったなぁ
落ち着いて な 落ち着いて」
しばらくして 恵子は少し落ち着いてきた
まだ肩を大きく揺らし シャクリ上げている
なんだか 愛おしくなり 恵子の薄い肩に手を回した
恵子の体がビクッと動いた
驚いて 回した手を ほどいた
唇を噛んだまま 潤んだ目で 俺を睨みつけたかと思うと
恵子は 俺に抱きついてきた
とっさのことで 俺は押し倒される格好になった
恵子が胸に跨っている
夢を思い出して 寒気がする
顎をシャクリ 猫のように背を反らしたまま
恵子は 白く長い10本の指を 俺の胸に這わせる
恵子の体が 俺に覆い被さってきた
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恵子は初めてのようだった
俺も初めてだった
毎晩のように 恵子は訪れて来た
気押されして へたり込む俺を 優しく押し倒し
猫のように背を反らした格好で
胸に跨り 俺の胸を撫ぜ回す
これが 二人の
行為に向かうため 欠くべからざる 儀式となっていた
半円弧を象った 白く長い指は 這い上がってきながら
肩に回り込み 脇腹に外れ 首に行き着くことは ない
しばらく そうした後 俺に覆い被さってくる
俺は 恐怖に駆られ 恵子に武者振り付き・・・・・・
恵子が去った後は いつも 底知れぬ恐怖を感じた
Mさえ いてくれれば
心から そう思った
Mは宇和島に1週間 逗留すると言っていた
それを もう 5日も過ぎている
不安が押し寄せてくる
Mは 無事だろうか
いつもは 世界が滅亡する時 一人生き残るとすれば Mだ と
俺は思っている
あれ程 調子のイイ奴が 簡単に死ぬ筈がない
そう 信じている
だが 今回は 妙に 不安になった
窓から夜空を見上げる
青い地球が 心細げに浮かんでいる
(続く)