#2336/3137 空中分解2
★タイトル (WJM ) 92/11/ 1 11:57 ( 77)
−日常の些末−(4) 今日も暇..
★内容
少女は、男の「首」を掲げて微笑んだ。そして、「首」の首筋に接吻をした。貫一に
近づき、その美しい顔を貫一の首筋に近づけて接吻しようとした。
「や、や、やめてくれぇ〜....」
全身の残りの汗が吹き出した。壁にいざり寄り、精いっぱい逃れようとあがいた。自分
のしてきた事を短い時間に振り返ったりした。傘を壁に打ち付けてわめいた。
「俺が..俺が..何をしたって言うんだ!」
が、気がつくと、少女は消えていた。咽が渇いて仕方がない。ズブ濡れの背広から銭
入れを出すと、自動販売機の前までヨロヨロと歩いていった。
「カチャ〜ン」
何度コインを入れても、入れ直しても、コインははじかれてしまう。
「あぁ、それ故障ですねんよ....」
小柄なオジサンが教えてくれた。売店は人だかりで近付けそうも無い。
ポケットの中を探るとシワクチャになったタバコ。その中の最後の一本。相当に湿気
てはいるが幸いに火がつき、吸い込むと「スッ」と頭がスッキリするような気がした。
が、その途端、急にキリキリとミゾオチから背中にかけて痛みだした。締めつけられ
る。たまらなく痛い。手で押えてもサッパリ楽にならない。脂汗がタラタラと流れる。
こんな痛みは生まれて始めてだ。もしかしたら、あの嫌味な医者の言っていた「狭心症
発作」とか言う奴か。貫一はアレコレと考えた。が、痛みは全くに軽くはならない。
「助けてくれぇ!助けてくれぇ!助けてくれぇ!助けてくれぇ!....」
声にはなっていなかった。貫一は、そのまま倒れ込み、そして闇に沈んだ。
★
声がする。聞き慣れない声だ。
「落ち着いている事は落ち着いてますが....」
「立派な心筋梗塞だよ....心臓の半分がもう駄目だ....
いつ心臓が破裂してもオカシクない....こんなに肥満して....
かなりのヘビースモーカーだったんだから当然の報いといやぁ言える....」
「でも....MRIによると腎臓とか肝臓は充分使えそうです....」
「『脳死作成セット』で脳死判定はクリアだ....
俺達二人以外には何もしらない....部長とか他の医局員にも....
脳波とか脳幹反応とか瞳孔反射とかシッカリと確認させる事だね....
クスリで反射は消えるし、リモコンで脳波は平坦って事になる訳ね....
心臓が破裂する前の活きのよい臓器を御届けしなくっちゃ....」
「先輩....金遣い荒いから....」
「お前だって人の事言えないぞ....」
「奥さんにも愛想つかされてたみたいですね....
亡くなられたらどうしますかって聞いてみたら....
『あんな男....殺してください....』だって....」
「おいおい『多冗丸』クン....冗談多いんじゃないかい....」
妻の声がする。
「あなた....佐々木さんがみえてますよ....」
佐々木といえば、俺の足を引っ張ってばかりいる男だ、と貫一は不快に思った。会社
に行かなくては、会社へ行って、役員会議に陪席するのだ。あの資料を示し、あの重要
プロジェクトのための御裁断を得なくては。もがけばもがくほど、貫一の手足は宙を切
るばかりのように思えた。夢だ。夢なんだ。間違っても、今流行の「臨死体験」って奴
じゃないぞ、と貫一は思いたかった。
突然、はたと目が覚めた。ベッドに横たわる貫一の首筋に妻が接吻をしていた。周囲
には、大勢の白衣の男達が何やら話ながら立っていた。
− 了 −