AWC 私立探偵石川 クリスチーネ郷田


        
#2328/3137 空中分解2
★タイトル (MEH     )  92/10/31  10:59  (168)
私立探偵石川                    クリスチーネ郷田
★内容

 リンリンリン、とベルが鳴った。
お客さんでも来たのかしら、珍しい。と思いつつ、石川澄子は立ち上がった。

「はい、お待たせしました。」
ガチャリとドアを開くと、そこには随分背の高い男が一人立っていた。

その男からは人生の裏道を歩んでいるような雰囲気が漂っていた。
「あっ、どうもすんませんね。石川探偵事務所ってのはここですか?」
「え、ええ。そうですけど……。」
「いやー美人のおネエちゃんだねえ。あんたねえ、美人なんだからさあこんな職業やめちまいな。早く嫁に行った方がいいよ。女には向かない職業、なんてな。PDジェイムズ読んだ?実際探偵業なんて大変なんでしょ?」

「大変ですが、私は助手なので詳しくは知りません」
「あっ、そりゃそうだ。学生かい?」
「ええそうです。アルバイトで父の探偵事務所のお手伝いを……」
「ふうん。偉いねえ。名前は?」
「石川澄子と申します」

……な、何なのよこの人?澄子は思った。

「あの、ご用件は何でしょう」

男はずかずかと事務所内に入ってきて、どっかと椅子に座りタバコを吸い始めた。
「ちょっとした調査を依頼したいんだがね。私の名は太田準、以後お見知り置きを」

うっ。仕事だ、珍しいなあ。もう探偵稼業も廃業かと思ってたのよね……。
そもそも、お父さんが悪いのよ。こんな商売始めるから私まで付き合わされるはめになるのよね。

「調査?何の調査ですか」
「実はな」
「はい」
「わしの飼っていたネコちゃんが何者かにさらわれたんだ。」

「ネ……ネコ?」

「あの……。報酬によりますけどね。あんまり安いようではちょっと」
「そりゃもう。見つけた場合には100万円でも200万円でも出すよ。あんたが名探偵だと見込んでのお願いだ」

よく言うわ。私が名探偵だったら、こんなにさびれた事務所にいないわよ。
それにしても、200万円!?嘘じゃないでしょうね。一応手付け金は多めに請求しないとね。

「手がかりはあるんですか?例えばどこかに行く癖があるとか、容疑者とか」
「私が怪しいと思っている奴が1人いる。」
「では、参考までに」
「私の息子。まさにドラ息子だ。」
「ネコを誘拐する理由があるのですか?」
「それはあんたには関係ない。とにかくネコを探してくれればいいのだ」

「まあ、いいでしょう。とにかく、調査してみますわ。」

澄子の父、石川忠夫は、娘の推理を聞いていた。
「依頼人がいかにも怪しい人なのよねー。ドラがどうしたこうしたとエンエン喋り続けるのよ、まーったく。疲れちゃったわ。」

「澄子、太田準って言えば、この町では知らないものはいないほどの大富豪だ。報酬はでかいだろうから、気合い入れてやるぞ。息子の身元も洗ってみたんだ。が……。あまりいい噂は聞かないな。最近は悪事を重ねているようなんだ」

「……ハンサム?」
「それは教えん。教えるものか。」
「いいじゃん、ケチ。今度見てやるからいいもん。」
「息子の陽一は現在行方不明。とは言ってもこんな事はしょっちゅうらしい。恐らくドラも一緒にいるんだろうな」

「フッフッフ。」
「な、なんだその不気味な笑いは。まさかおまえ」
「フフッ。私の方ではすでに陽一君がどこに潜んでいるのか解明しているのよね。」

「な……なにっ?」
「フッフッフ。また勝ったわね。はい、お金ちょうだい」
「クッ、クソウ……。そんな馬鹿な……。お、おまえの情報収集力は異常だよ。よっぽど凄腕の情報屋をバックにつけてるだろ、おまえ」

「ウダウダ言ってないで、早くお金渡しなさいよ。私はバーゲンに行かなくちゃいけないの。早く早く!!バーゲン終わっちゃうじゃないの。」
「ううーっ、俺もそろそろコート買いたいんだがなあ!!」
忠夫はしぶしぶ澄子に5万円を渡した。澄子はそれを受け取ると大急ぎでデパートに向かって行った。

「買い物が終わったらすぐ案内しろよ、澄子!!」


 太田陽一の隠れ家は、港にほど近い古びた倉庫の中であった。
親子の探偵コンビは、暗い倉庫に足を踏み入れて行った。
夕焼けが周囲をオレンジ色に照らす。
「いないわね。」

「そんな事ないってば!でも、なんかいやなニオイじゃない、ここ」
「ああ、なんかイヤーなニオイだ。しかし、こんなとこにいるなんて思えないな、俺。なあ澄子、俺はいない方に5万円賭けるけど、澄子どうする?なあ、どうする?賭けるか賭けないか聞いてるんだよ。あれ、おい澄子」

澄子はその場に呆然と立ち尽くしていた。

「お……お父さん……お父さん!!あ、あ、あれ、あれを、見て!」

「どうしたんだ澄子、声が上ずってるぞ……あっ!!」
石川忠夫が見たものは、すでに息絶えて、変わり果てた太田陽一の姿であった。
あわれな死体であった。腹を減らしたネコのドラが、無惨にも陽一の腹わたにむしゃぶりついていたのだ。食い散らかした内臓は周囲に異臭を放ち、それは澄子に嘔吐させるに十分な悪臭であった。

「こ、こりゃヒデエな!ドラネコめ、そこをどけ!」
忠夫はあきれ顔でドラを追い払った。

 ドラは、ニャーオと鳴いて赤く染まった自らの口をぺろりとなめてから、じっと忠夫の目を見つめていた。

「ねえねえ、お父さん、見て!この粉」
胃からこみ上げる吐き気を我慢しながら、澄子は石川陽一のそばに落ちていた袋を拾いあげた。

「こいつは……ヘロインだ。どうやら大量にやりすぎて、そのままあっちの世界に居ついちゃったようだな、このヒトは。まったく馬鹿だねえ」
「なんでこんなところにヘロインが……?ははあ……フムフム。なるほど、なるほどね、なんとなくわかってきたわ。お父さんわかった?」

澄子はあえぎながらもにやりと笑った。

まったく、勘のいい子だ。その才能を俺にもわけてくれよ。忠夫はそう思った。

「うーん……。ヘロインとネコ?わからんなあ。悔しいが、教えてくれるか?」
「つまり、こういう事よ」

澄子は推理を語った。
「あそこにいる不気味なネコの首輪をよーく見て。何か上の方に固定されているものがあるでしょう。あれって、何だと思う?」
猫はじっと死体のそばにうずくまって眠そうな顔をしている。
「鍵か何かのようだ。首輪自体が鍵になっているのかな……。」
「あのネコの首輪は、「ヘロインの詰まった金庫」の鍵なんじゃないかしら?」

「はあ、なるほど」
「ヘロイン吸いたいばっかりに、太田陽一は太田準からネコ、つまり金庫の鍵を奪った。太田準はあわてたでしょうね。鍵が盗まれたんだから、自分の密輸入がばれやしないかと毎日がヒヤヒヤドキドキで。」
「それで困り果てて我が事務所に依頼に来た、という訳か。まあよく出来た推理だね。警察に捜索願いを出す訳には行かないしな」
「ねっ、つじつまが合うでしょ」
「うむ。でも、どうする、澄子?この事件はもう警察沙汰になっちまうぞ。なにしろガイ者がいるんだから」
「そうね、どうしようかしら」

 まいったわ。
太田準が逮捕されたら、私たちの調査費用がすべてパーになってしまう。

「とりあえずだね、太田準にあの人肉食らいネコを手渡してから警察に通報する事にしようじゃないか。即刻金を払ってもらって、ね。」

「そうしましょ、そうしましょ。」

石川澄子はにっこりと微笑んだ。女には向かない職業かもしれないが、澄子は例外かもしれない。忠夫はそう思いつつ気付け薬のタバコを吸い始めた。

「おまえ、死体にはまだ慣れないか?」
「ダメダメ、全然慣れないわよ。慣れる方が変なのよ。大体ねえ、あたしはまだ学生なのよ。花の女子大生よ。花ってのはつまり生命がほとばしってるのよ」
「だから死体には慣れないのか。アホくさい」
「あまり馬鹿にするともう手伝わないわよ」

二人の私立探偵は、あれこれと談笑しながら暗闇に消えて行った。
笑い声だけが闇に響き、ときたまネコが呼応するかのように「ニャーオ」と鳴いた。

END




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