AWC 糞ったれめが。(つづき)  青木無常


        
#2324/3137 空中分解2
★タイトル (GVJ     )  92/10/30   4:10  (155)
糞ったれめが。(つづき)  青木無常
★内容
 手に手にコンビニの袋。中身は酒とつまみの柿のタネ。のきなみシャッターをお
ろした観光地めく商店街をぬけ、酔ってじゃれあいわめきあげるセーガクの集団の
わきをすりぬけて公園への階段を降りる。灯火の間隔はさほど狭くはなくても、こ
こはまだ目覚めた領域だ。その証拠に花火と酔漢の群れで去りがたいエネルギーが
喧騒を園内にまきちらしてやがる。連中にとっちゃ今宵かぎりの騒乱だろうが、近
隣の住民にはさぞ迷惑なこったろうな。夏の風物詩とでもあきらめてくれていりゃ、
幸いだ。でなきゃ、世の中のおもしろい部分がまたひとつ、否定されてなくなっち
まう。
 濃密に肩を体をよせあい、充たされた無言劇を展開する無数のカップルを横目に、
おれたちは宴場を開くに恰好の場所をさがして井の頭池沿辺をそぞろ歩いた。
 おまえのコメント。
 「ああいう幸せもいいもんですよ」
 おれの返事。
 「……」
 わかってるともさ。
 肩をよせあい、唇を重ねて、腰すりあわせて、そして気だるく甘い倦怠の時をた
だ互いの肉体の暖かさだけに満たされて過ごすんだ。わかってるともさ。
 だから、おれはあんたとああしたいんだってばさ。
 「はやくいいこ、見つけてね」
 「やだ」とおれは言下に否定し、あからさまに訂正を加える。「もう見つけてる」
 「だからあ」
 ホントにしようがないなあとでも言いたげにおまえは笑う。まったくだ。仕様も
ねえ。お手軽にひろえる恋におぼれられたら、ずいぶん楽になれるだろうさ。でも、
感情を制御するすべなんぞ、おれは知らねえ。知りたくもねえ。
 「錯覚ですってば」
 「かもな」
 「そのうち気がかわるって」
 「うん。かもしれねえ」実際そうだ。明日のことなんざ知ったこっちゃねえ。だ
からおれは言う。「でもおれはおれの気持ちといっしょに、いまここにいる。こい
つばっかりは、変えようがねえ」
 まるでどこまでいっても平行線だ。そしてその平行線を楽しんでもいるおれとお
まえが、どうやらここにいる。
 左横手に噴水をおいて、酒と肴をまんなかにおれたちはベンチのひとつに腰をお
ろす。柵をへだててさざ波をたてる池面。正面に樹林。右ななめ前方には寺がある。
ぼう、ぼう、ぼう、と食用蛙の声がひびき、ちゃぽんと音をたてて魚が跳ね、列を
なした水鳥が正面を横ぎっていく。さほど派手でもロマンチックでもないランドス
ケープだが(そうしう場所ってのはすでにアベックに占拠されちまってんだ)、お
れたちにゃお似合いかもしれねえ。
 おれはこの街が好きだ。おまえは東京はきらい、と言うけれど。
 この街でおまえと出会えたから。
 反旗と怒りと違和感を、そしてどうしようもない無力感を抱かされつづけてきて、
自分がどれだけちっぽけで取るにたりない存在かを思いしらされてきた。そしてそ
れでもおれは、おれはおれだと心のなかで叫びつづけてきた。二十九年も生きてき
て、おれはいまだに迷いつづけ、そして叫びつづけている。
 人間のこと、世界のこと、おれたちのこと、蒸し暑い夜、見えない月、明日のこ
と、昨日のこと、遠い思い出、遠い未来、ぽつりぽつりと言葉は尽きず、くりかえ
し、驚き、そして呆れながらおれたちはただ、時をやりすごす。
 たっ、たっ、たっ、たっ、……午前一時のマラソンマンが、背後を通りすぎてい
った。
 「機械のように精密な走り方だったな……」
 「……淡々と走ってたね……」
 べつに珍しい光景でもないかもしれない。健康管理か、体力増強か、減量中のボ
クサー、それとも単に、走るのが好きなだけ? でもおれたちは小さな疑問を謎に
拡大して、深夜の公園を淡々と走り抜けるランナーの素性をあれこれ想像してみる。
 たぶん、奴もおれたちと同じように、形にできない想いを胸に抱えこんで、黙々
と走りつづけているのだろう。
 おれはおれでいいんじゃないか。そう思えるようになってきたのは、いったいい
つからのことだったろう。気がついたら、おまえがそこにいた。おれの腹の底にふ
れては退がり、背をむけてはふりかえり、無警戒に笑い、頑なに退き、そこにある
ことを苦しみながら満喫する、ひとりで生きることのできる無邪気で強くて弱っち
ょろいおまえが、ただそこにいたんだ。
 そして今もここにいる。
 遠い。近い。めくるめく距離感。そしてそんなことはどうだっていい。抱きたい。
キスしたい。いつでもそばにいてほしい。そして、そんなことだってどうでもいい
んだ。
 おまえがここにいて、おれもここにいる。いつかおれたちの間に越えようのない
時間と距離が横たわるだろうけど。いつかおれたちの心の間に越えようのない壁が
できてしまうかもしれないけれど。でも今はともに、ここにいるんだ。
 埒もない会話とふけてゆく夜と、届かない肉体と見えないおまえの領域のすべて
が、おれの今だ。
 だから道化は承知で、何度でもくりかえしてやる。
 おれはおまえが好きだ。
 今は届かなくても。おまえの光、おまえの闇、実現にほど遠い夢と想いとくりか
えしに倦む生活と、倦怠、喜び、笑い、無責任、やさしさに冷たさに弱さと強さ、
打算、誤謬、憤り、無力感、愛と自信と甘えに怯え、正直者の、卑怯者の、甘えん
坊の意地っぱりの根性なしの半端者。一所懸命生きていて、すこし疲れてもいるし
頼るものに飢えてもいる。だからおれは、話せば答えの返る心をもった自動機械に
過ぎないんだろう。おれでなくてもいいんだろう。おまえがかつて惚れた男、抑え
た想い、愛した人々、世界、時間、くやしいことにおれにはまるでかかわりのない
おまえの生きてきた時間。そしてどうにも見えないおまえの傷と、おまえの希望。
なにもかもひっくるめて。
 おれはおまえが好きだ。
 だから今も、そしてまだ訪れないいつかも、おれはここにいるよ。
 おまえの心のなかに棲むもうひとりのおれと、現実のおれとの距離がゼロにむか
ってどんどんどんどん近づいてほしい。そしておれの心のなかのおまえを、現実の
おまえに置きかえてみたい。そこにはたぶん、容赦のない幻滅もまた怠惰に寝ころ
がってるんだろう。けど、だから、糞、言葉にならねえ、もっと、もっとだ、もっ
とおれのそばに来い。おれとおまえの距離がゼロになるまで。おれとおまえの距離
がゼロになっても。でなきゃどっかへいっちまえ。おれの手がとどかないどこか遠
くへ。それでもたぶん、きっと、おまえはおれの心に棲みつづけるだろう。冗談じ
ゃねえ。けど、それはそれでいい。よかねえが、いい。
 へ。
 なに言ってんだか自分でもわかりゃしねえ。
 でももう決めたんだ。
 明日かわるかもしれないおれが真実であるように、いまのおれのこの想いも今の
真実だ。
 「錯覚だって」
 おまえが言う。わかってる。錯覚だって、本気にゃかわりねえ。おれの想いこみ
もいつか打ちのめされるだろう。望むところだ。いつでも来やがれ。受けて立って
やる。
 そのとき、おまえにおれのまきぞえをくらわせたくはないが、でもたぶん、そう
なるだろう。おまえを傷つけたくはないが、でもたぶんこうした時間を重ねるごと
に、おれたちは傷だらけになっていくだろう。世界がずたずたに切り裂かれていく
光景を、いくどとなく眼前につきつけられてしまうだろう。
 それが、おれたちの宝石なんだ。そうだろ?
 だからおれはただ、前へ進みつづけるんだ。愚かしく、何度でもつまずいて血を
流しながら、増えていくなにもかもを幾度も捨ててはまたはりかえながら。
 おまえも、そうしているんだよ。たぶん、今まで、ずっと。
 そして明日からも。
 たぶん、ずっと。
 だからおれは、敗けてもいい。敗けてもいいから、勝つために歯を食いしばって
何度でも叫ぶ。わめく。もがき、はいずりまわる。
 敗けてたまるか。
 そういうことさ。
 ざまあみやがれ。
 「そこに弁天さまのホコラかなんかがあってな」
 とおれは闇のなかを適当に指さす。
 「うん」
 「アベックが通りがかるとやきもち焼いて、別れさすってんだ」
 「だいじょうぶですよ」
 ……なにがだいじょうぶなのか。まったく、わかんねえ女だなあ。
 ふと、リズムがおれたちの口をつぐませた。
 たっ、たっ、たっ、たっ、……
 ……今度は、午前二時のマラソンマンだ。
 「……二周目ですね」
 「……この公園、一周するとかなり広いぞ……」
 「息も乱してなかったね……」
 「うん……。淡々と走ってたな。あいかわらず……」
 ……うーん。妙な奴もいるもんだ。三周目に遭遇する恐怖を語りあいながら、お
れたちは更けていくけぶった夜空を眺めやる。
 遠いね。
 夜の底のおれたちには。どれだけ走りつづけたって、届きゃしないんだろうね。
 だからたぶん、生きていられるんだ。
 だからたぶん……
 夜明け。言葉少なにタクシー乗り場へとつれだち、開いたドアのむこうにすべり
こむおまえにおれは声をかける。
 「気をつけてな」
 はい、とおまえはうなずき、
 「元気だしてくださいね」
 言いそえる。ふん。
 「元気だよ、おれは。いつでも」
 「うん。でも元気だしてね」
 おまえは重ねて言い、
 「あたしが言うのもなんだけど」
 とつけ加えた。
 ……へん。
 糞ったれめが。
 カラ元気でも元気は元気さ。
 そしておれは、おまえといるときはいつでも、元気でいたい。
 だからおれは微笑んでみせ、
 「じゃあな」と言って背を向けた。
 遠ざかるエンジンの音を背中だけで追いながら、横断歩道をわたって帰る。明け
ていく世界にむけて、親しみをこめて毒づきながら。
 糞ったれめが。
                                 青木無常




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