AWC C級映画を撮るのだ。      クリスチーネ郷田


        
#2276/3137 空中分解2
★タイトル (MEH     )  92/10/17   1: 0  ( 69)
C級映画を撮るのだ。      クリスチーネ郷田
★内容

ある日のA大学の映画サークルのボックス。
私と友人の吉岡が昼飯を食べていると、我がサークルの変わり者、富田がドアを開けて入ってきた。

「しかしなんだなあ、「ヒポクラテスたち」は実にいい映画だと思わないか」

原田芳雄にどことなく似ている富田は開口一番こう言った。
「まあ、そうだな。実にいい。俺もそう思うよ」

「そうだろ?あのエンディング、伊藤蘭が自殺するっての。「アメリカングラフィティ」をホウフツさせたよ。くそ、8ミリ出身であんないい作品を撮るとは、大森一樹は目が離せないぞ」
富田は興奮した口調で私に感想を語って聞かせた。
興奮すると、さらに原田芳雄っぽくなってくる。
どうやら昨日「ヒポクラテスたち」をレンタルビデオかなにかで観賞したのであろう。
こいつはすぐに影響される奴なのだ。まあ、確かに良い映画だとは思う。

「俺もシナリオを書いて久しいが、やはり人を感動させるようなのは難しいもんだな。」
富田は実験映画のようなよくわからん8ミリ映画を撮る。

彼の撮る映像には隅から隅まで意味があり、余計なものはなに一つ映していないというのだ。

「例えばここで主人公が絶叫するだろ。これは社会から抹殺された男の嘆きと、ダッハウで虐殺されたユダヤ人の悲しみを表現しているんだ。」

私にはさっぱりわからないのだが、とにかく一つ一つ意味のあるカットなんだという。
本人が言うんだからそうなのであろう。

富田の映画はアンディ・ウォホールよりもさらに実験色が強く、ATG映画路線まっしぐらと言う感じなのだ。だが、あるカットにはっとさせられる瞬間があるのは事実だ。

さすがは哲学科だけの事はある。

「今度撮る映画にはな、吉岡。おまえを起用する。主役に決定」
「えっ、俺か?どう言う役なんだよ」
「ウッディ・アレンの役だ。」

「なに、なんだそりゃ。確かにウッディ・アレンに似てるかもしれないけどな」
私は思わず吹き出してしまった。

吉岡はまったくウッディ・アレンそっくりだからである。

「まあ聞いてくれ。吉岡扮するウッディ・アレンの生きざまを描くと言うのが基本コンセプトだ。……だが、それだけではない。もちろんパロディとしての要素を含めはするよ。「アニー・ホール」観たか?インテリのウッディなんだが、吉岡はウッディでは無い。ここに深い意味があるんだよな。記号論の映像的解釈、なのだぜ!」
「だからそれじゃわからんっての。わかるように噛み砕いて説明してくれよ。」
「吉岡としての人格がウッディ・アレンを侵食していく過程を描いて、結局この主人公は一つの記号であったと言う結末を得るんだ。まあどうなるかは撮ってみないとわからないがな。だが、そのへんに転がっている応用記号論的な作品とは違うぞ。」

「最初は誰でもそう思うもんだよ」

「俺たちが吉岡と認識しているキャラクターがウッディ・アレンとなり、さらに吉岡に引き戻される。このシンボルの置き換え行為がこの映画の見所となるんだな、これが」

「……うーむ。はたしてどう言う作品になるのかわからんなあ。たいして面白くなさそうな気もするのだが……。まあやってみたらどうだ?」

富田は徹夜で真っ赤な目を輝かせてそのシナリオを見せてくれた。

お世辞にもうまいとは言えないシナリオだ。

だが、そのシナリオには、富田の情熱がぎっしりと詰まっていた。

END




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