#2274/3137 空中分解2
★タイトル (AJC ) 92/10/16 3: 8 (101)
場所固定>月面 静かの海にて (下) 木村ガラン
★内容
俺はばかだ俺はばかだ。あはは。でも、地球のみんなは俺のことを宇宙へ行
った立派な男だと思ってるんだぜ。
あんたがおかしいのは当たり前じゃないの あたしが言ってるのは どうしてあた
したちは話ができてるのか ってことなの
そんなの簡単だ。俺はよく知ってる。
そんなの簡単さ 俺たちは二人とも日本語が話せるからなんだ
見直したかな。へへん。なんてね。あれっ、どこか変かな。
あー もう イライラするわねえ 違うわよ ばか
あれっ、違ったのかな。ははん。さてはあれかな。
あ そうか あのさ それは口があるからだよ
どうだい、俺もちょっとしたもんだろ。
ばか そんなことじゃないわよ ばか ほんとにもう どうしてなのかしらね
その疑問は、どうして話ができるのか、と、どうして俺の頭が悪いのか、の
二通りの解釈ができるなあ。多分両方なんだろうな。だけど、後者の理由は俺
も知らないから困るよ。
あのね あなたはレシーバーを付けてないじゃない 真空じゃ音が伝わらないのよ
あなたの声が聞こえるはずがないのよ
君はヘルメットの下部に備え付けられたマイクを示しながら言った。僕は少
し意外だった。君はそれを知らなかったのか。
なんだそんなことだったのか
言わない方がいいんじゃないか。ここに本当のことは必要ないんじゃないか
な。
え なに
君は初めて驚きの表情を見せた。君はちょっと顎を引いて、小さな二重顎が
できた。俺はそれがとても好きなんだ。他の女の子の二重顎なんて興味ないけ
ど、君のはとてもチャーミングなんだ。だから、僕はつい言ってしまった。
決まってるさ 俺たちは死んじゃってるからさ
えっ わたしもなの
君は三重顎になった。驚かせすぎてしまった。俺は後悔した。
そうさ 君もさ
と、俺は言った。俺たちのコロニーは小惑星の衝突で、瞬く間に壊滅してし
まった。コロニーは一気に空気が漏れてしまったらおしまいなんだ。誰も助か
らなかった。石橋も助からなかったし、あの時、道端で転びかけてた見知らぬ
お婆さんも助からなかった。俺も息絶えた。そして、大切な君も死んでしまっ
た。
地球にいるみんなは、その様子を見るテレビで見るんだろうな。
そうだったわ
君は眼を見開いたまま言った。だいたい君も少し変だったんだ。死んでる俺
と話して平気だったんだからな。宇宙服なしで月面を歩けるやつなんて居ない
んだぜ。ファンタジーなんてしらけるよ。
思い出したわ
君はヘルメットの留め具に手をかけながら言った。
やなこと思い出させちゃったな
俺はやっぱりうかつだった。ずっと気が付かないまふ奄「させてあげたかっ
たな。もうしばらくはそれができたはずなんだ。
君のキャノピーが飛び、気密服の中から空気がぼわんと出て消えていった。
ううん いいの
君はやさしく俺を見た。君の顔は一気に青ざめマイナス78℃に凍り付いた。
君はするりと気密服を脱ぎ捨て、高く跳躍した。それを見て俺は、これでよか
ったという気分になった。空の半分を蔽う青く発光する地球を背景に、君はシ
ルエットになった。とても綺麗だ。
そうかい ならいいや
俺もクレーターの縁に足をかけて、できるだけ高く跳躍した。
さあ オリオン座を見にいきましょう
君は俺をふりかえって言った。血の気を失った君の顔は、大理石でてきた女
神のようだった。だけど、君の方がずっときれいだぜ。
そうか。俺たちは死んじゃってるから、何千光年かかる旅でも、平気なんだ
な。さあ、俺たちの宇宙旅行の始まりだ。
そうだな 楽しい旅になりそうだ
君はかすかに微笑してこちらを振り返った。俺はすぐ追い付いて君の手を取
った。君は強く握り返してきた。これからどんな事が起こるか分からないけど、
この手を決して離さないことだけは確かなんだ。いつまでも一緒に行こう。
そして、俺たちは遥かな宇宙へ消えていった。
終