#2260/3137 空中分解2
★タイトル (NKG ) 92/10/10 22:24 (193)
ネオ・ポピュラス(完) らいと・ひる
★内容
まるで夢遊病のように歩いていたアルバートが、地面に転がった障害物につまづい
て転ぶ。
「いてぇー!」
アルバートの身体を痛みが襲う。だが、同時に痛みは彼の本来の心を麻痺から解放
していた。
「ここはどこだ?」
見慣れない風景にアルバートは戸惑う。あたり真っ黒な平原など、見た事がない。
土埃をはらいながら立ち上がって、ふと足元にある障害物に気づく。
「げっ!!」
最初、大きな黒炭だと思っていたその物体は、なんと黒こげになった死体であった。
それも、小さな子どもを抱えた母親らしきものであった。
アルバートはわけがわからず、あたりを見回す。すると、黒面の土は、土ではなく
建物の燃えかすやら、死体などであった。
アルバートは一瞬、何が起こったのか想像がつかなかった。
だが、彼にはすぐわかった。
−聖戦。
「違う!」
頭の中に自然に浮かび上がる言葉をかき消すように、大声を出す。
−聖戦
しかし、その言葉は頭の中から離れない。この言葉を否定したら、アルバートは自
分の存在価値さえも見失ってしまうのだ。
何がなんでもすがりつかなければならない言葉であり、自分の信じる唯一の真実で
あったはずである。
過去形。
たしかに、そうであったはずなのである。
「きゃー!!」
遠くの方から、女の悲鳴が聞こえてくる。
アルバートはとっさに、その方角へと駆け出していく。
人影がふたつ、銀の鎧の騎士とそれに追われる女だ。
アルバートは、そばにころがっている先のかけた長剣を拾うと、騎士に向かって行
く。
だんだんと二人の姿がはっきり見えてくる。
騎士は、アルバートよりも二周り程大きい身体、そして追われる女は、少し細身の
赤毛の少女。
アルバートは、一瞬助けるのをためらいそうになる。が、なぜかその少女とリーナ
が重なって見えた。
その瞬間、アルバートの中で何かが吹っ切れた。
「悪魔の種族…違う!敵だってかまいやしない。おれは、間違っていない。おれは自
分の正しさを信じる!」
アルバートの中から、『神』の存在が消えた。
今彼は、『神』の意志ではなく、己の意志によって行動していた。
「うぉぉおお!!」
アルバートの剣が騎士の背中に命中する。だが、鎧により阻まれ鈍い金属音が聞こ
えるだけだった。
「邪魔をするな」
うつろな声が、アルバートを捕らえる。『レス』神の紋章であるホワイトクロスの
仮面を被った騎士がこちらを振り返り、剣を向ける。
「やめろ!!」
アルバートは、腹の底から声を出して騎士を制止する。
「我を邪魔するものは、悪魔なり。我、絶対神『レス』の名のもとに悪魔を粉砕せり」
「うるさいだまれ!!」
アルバートは、一気に懐まで飛び込もうとする。実戦経験のない彼には無謀な行為
だった。
運よく、騎士の剣を避けることができたが、それが限度であった。
騎士の剣がアルバートの目前に迫る。必死に剣でそれを受けとめるが、力負けし、
彼の剣は振り払われ宙に舞う。
手がじんじんと痺れ、地面に膝をつく。
あらためて自分の無力さを嘆く、アルバートであった。
騎士の剣が振り上げられる。
何もすることができず、呆然としているアルバートに騎士の剣が振り降ろされる。
彼は思わず、頭を抱えて下を向く。
「やめろ!!」
その声に騎士の動きがなぜか止まる。
アルバートが顔を上げると、騎士の喉もとに弓矢が突き刺さっていた。
彼は声の方を振り返る。
「ハインツさん」
少しくたびれた30代の男。それは、あの山の家主のハインツであった。
「やめろ。ライロン!」
アルバートの耳に聞きなれた名前が響く。それは、ハインツが発した言葉であった。
アルバートは我に返り、正面にいる騎士の様子を窺う。だが、それがライロンなは
ずはなかった。確かに凄腕の戦士であることには間違いないが、アルバートの知って
いる彼は、残虐な殺戮者ではなく、あくまでも聖なる戦いを正々堂々とこなす戦士で
あったはずである。なによりもアルバートと知りながら剣を向けるはずがない。
「ハインツさん。こいつはライロンなんかじゃないよ!!」
その心からの叫びに、ハインツは首を振る。
「そいつは確かにライロンだよ。神により殺戮者と生まれ変わった、やつの抜け殻な
のさ」
「嘘だ!嘘だと言ってくれ!」
アルバートは興奮してハインツの所へと駆け寄る。
「『魔災』と呼ばれる神の力。その究極の一歩手前の力が、そいつなんだよ。神によ
り、極限の強さを得て死ぬまで戦い続けるのさ。おれの知ってるライロンここには存
在しない。いや、神に生け贄として捧げられてしまったんだよ」
ハインツの言葉に偽りがないことは、今までアルバート自身が見てきた事で正しさ
は実証されている。
アルバートはただ、がっくりとうなだれ、涙を流すだけだった、
首を打ち抜かれて倒れていたはずのライロンが、むっくりと起きあがる。
「来い!ライロンは…死騎士〔デス・ナイト〕はあれぐらいでは死なない。痛みを感
じず、身体の中から血が無くなるまで戦い続けるはずだ」
ハインツがアルバートの腕を取る。
「もとに戻す方法はないんですか?」
「言ったろ。あいつの中の本当のあいつは、神に生け贄にされたって。死騎士〔デス
・ナイト〕は神の声に忠実に従う操り人形なのさ」
ハインツの答は絶望に近かった。ライロンの優しさはもう戻らないのだということ
を語っている。
首から、むりやり矢を引き抜いたライロン−死騎士〔デス・ナイト〕は、何かに気
づいたらしく、アルバートのほうには向かって来なかった。
砂煙が舞う。
乾いた大気は、風に乗せて微妙な足音を拾い上げる。
ずっしりとした甲冑の音、大地を踏み締める鉄靴のきしみ音。そして、異様な空気
をも運んでくる。
「『レヴォ』の死騎士〔デス・ナイト〕だ」
ハインツの声が上がる。
「騎士が二人なんて……」
アルバートが呆気にとられながら騎士たちを眺めていると、ふいに二人の騎士たち
はお互い相手に向かって突進していく。
剣と剣がぶつかり合い、その強さは互いの剣から火花を散らすほどである。
最強の力と力の戦い。
無限に引き出された力は、どちらかが朽ち果てるまで続くであろう。
「やめさせないと」
アルバートは、ハインツの弓をひったくると二人の騎士の所へと突っ込んで行く。
その目には変わり果てたライロンの姿しか映っていなかった。
「やめろ!!無駄だ」
ハインツは、必死でアルバートを追う。が、この戦いを終わらせられるものは神の
みである。無力な人間には為す術がない。
「ライロン。目を覚ましてくれ!!」
いったん止まり、『レヴォ』側の死騎士〔デス・ナイト〕に矢を放つ。偶然にも騎
士の右脚を貫き、よろめいた死騎士はそのまま近くにあった沼地に足を滑らせ沈んで
いく。
そして、アルバートはそのままライロンの所まで駆け寄り、背中から押さえつける。
「ライロン、お願いだ。目を覚ましてくれよ。あの優しさはどこ言ったんだよ!」
後ろから羽交い締めにしてそう叫ぶが、死騎士の力の前には無意味な事であった。
あっけなく、ふりほどかれ地面へとアルバートは叩きつけられる。
「我を崇めよ。されば汝の未来は拓けたり。我、絶対神『レス』なり」
死騎士はうつろな声でそう語ると、無表情に剣を振り上げる。
――ガキッ
鈍い金属音がアルバートの耳を貫く。
目の前で死騎士〔デス・ナイト〕の仮面が割られる。
ハインツが後ろから剣で仮面を叩き割ろうとしていた。
仮面はきれいに真ん中から割れ始めた。そして、あのライロンの素顔が見えてくる。
だがそれは、アルバートが最後に見た彼の感じとはまったく違っていた。やつれた頬、
生気のない瞳。どれも、アルバートが知っているライロンのいつもの素顔とは違って
いた。
ライロンの額からわずかばかりの血が流れる。同時に、それまで停止していた身体
が再び活動を始める。
逃げずに放心状態になりかけていたアルバートに、再び剣が振り降ろされる。
「バカ野郎!いつまでぼおっとしてるんだよ」
ハインツの声と同時に、肉を斬るような生々しい音がアルバートの耳に入る。
一瞬、何が起こったか理解できなかった。ライロンの姿が視界から消え、黒い影が
映る。それが、ハインツであることに気がついたのは彼の苦しそうな声を聞いてから
だった。
「そこに…落とした剣で…奴の首を…はねるんだ!」
アルバートは、はっとなる。死騎士の振りかざした剣を自分の身体で受けとめ、そ
のまま動けないように抱き込んだハインツの姿が目の前にあるのだ。死騎士の力を考
え、なるたけ力のいらずに制御できる両手首部分を掴み、剣を動かないように固定し
ていた。
「おまえは…こいつを…このまま悪…悪魔にしちまっても…いいのか?」
アルバートは、震えながら剣を拾う。その顔には恐怖を越えた哀しさが浮かび上がっ
てくる。
「何してんだ。早くしろ!……もう…身体がもたない…」
ハインツの叫びにも似た声がこだまする。
「さよなら…ライロン」
動かなくなった二つの生命体を、静かに見つめているアルバート。
不思議と涙は流れなかった。いや、流せなかったのだろう。
−これがあんたのやり方か?!
アルバートは天に問いかける。
だが、神は答えない。
−神が何を欲するのか?
−破壊と創造。それとも、血肉と魂。
−いや、そんなものは神とは認めぬ。
−たとえ天地を創造しようが、我らを造りたもうがそんなことは関係ない。
−我は自らの意志で神に挑戦する。
−それが神の怒りにふれようが、我は問い続ける。
−我らの根源を、神自身の始まりを。
−非力たる人間の挑戦は永遠に続くであろう。
−究極の証拠は、禁断さえをも打ち破るのだから。
−我、ここに存在する。
* *
『 Rij−(1/2)gijR=−kTij 』
※備考。
[Rij]=リッチ・テンソル(時空の曲率)
[gij]=計量テンソル(重量ポテンシャル)
[R]=スカラー曲率
[k]=定数
[Tij]=エネルギー・モーメンタル(十元連立方程式で
なおかつ非線形偏微分方程式)
上記の方程式を別名、『悪魔の方程式』と呼ぶ。
(了)