#2256/3137 空中分解2
★タイトル (NKG ) 92/10/10 22: 6 (164)
ネオ・ポピュラス(1) らいと・ひる
★内容
『 我を神と崇めよ そして悪魔を砕きたもう 』
* *
「おまえは悪魔に魂を売るつもりか?」
初老の紳士は、目の前にいる実の孫娘に向かってそう問いかける。
「いや!私は生みたくありません」
やや面長の顔と艶やかな黒髪を持つのその娘は、両手を胸の前で組むようにして、
初老の紳士の前にひざまずいて叫ぶ。
「なぜ、生まなければならないの?私は……」
その質問が最後まで語られる前に、初老の紳士の平手打ちが娘の頬を直撃する。
「このうつけもの!!我が種族の繁栄は神のご意志にあらせられる。神から授かった
魂を一つたりとも無駄にしてはならぬのだ」
「いやです!好きでもない男の、『子』を生まなければならないなら、私はこの子と
ともに命を絶ちます」
娘は、ふいに立ち上がると、近くにあった果物の皮剥き用の刃物を振り上げ、お腹
に突き刺そうとする。
「待て!はやまるでない!おまえは本当に悪魔に魂を売るつも
りか?」
老紳士は戸惑いながらも、その教えにこだわり続けた。神の教えにおいて、自殺は
罪である。罪を犯せば必ず悪魔に呼び込まれる。
娘の手が刃物を振り上げた所で止まる。だが、祖父の言葉に説得されたのではなかっ
た。わずかな微笑みをあらわしながら、少し興奮した声で呟く。
「はん!何が悪魔よ。どっちが悪魔よ?私の為だけじゃないわ。お腹の子の為にも私
は生んじゃいけないのよ。この子を不幸にしてはいけないの」
娘の瞳から、ひとすじの涙がこぼれ落ちてくる。
「さようなら……まだ見ぬわが子よ」
大地が前触れもなく揺れ始める。その衝撃は、ほぼ時間の二乗に比例してして大き
さを増し、巨大なエネルギーは地上を地獄に陥れる。
轟音が響き、大地は裂け、人々の住む地域からは炎が上がる。
地震。
否、この世界に於いてその言葉は存在しない。
あえていうならば『魔災』の一種である。
『魔災』とは、敵対する種族の起こす奇跡で、俗に伝えられる『魔法』とはスケー
ルが違う。神の名のもとに天地を混沌と化す『人災』であった。
この世界においてそれぞれの種族が崇める2つの神は、互いを『悪魔』と呼び聖な
る戦いを繰り広げてきた。
長引いた戦いは人々を疲弊させ、憎しみを植え付けた。
だが、それでも人々はそれぞれの『神』を信じ続けた。
草原の中を一人の少年が駆け抜けていく。年の頃は7、8才、やや面長で母親ゆず
りのきれいな黒髪を持つその少年は、苦しそうに息を切らせていた。時々、不安げに
後ろを振り返りながら、走っていく。
だが、途中でつまづき草の中に倒れる。
「やーい、うそつきアルバートがコケたぞ」
「悪魔の子供が倒れたぞ」
「くやしかったら悪魔を呼びだせ」
「やーい、やーい」
倒れたアルバートのまわりで、数人の少年たちが彼を囲みながら罵倒を浴びせてい
る。
「こらっ!」
遠くから、力強い声がアルバートの耳に聞こえてくる。
その声に恐れをなしたのか、蜘蛛の子を散らしたように、少年たちは方々へと逃げ
ていった。
彼はほっと胸はなで下ろした。しかし、同時に悔しさがこみ上げてきた。
出したくないのに、涙がかってに流れ出す。
「立てるか?」
力強い声は、いつの間にか優しい声になっていた。
アルバートが汚れを払いながら立ち上がると、そこには銀色に輝く鎧をつけた戦士
の姿が見えた。少し茶色がかった黒髪、そして彼より色の濃い褐色の肌。彼の目には、
すべてがまぶしく映っただろう。
「ライロン」
アルバートは感謝の意を込めて戦士の名を呼ぶ。彼が唯一心を開く人間であった。
ライロンは、村の『レス』軍の若手の戦士で、人望も厚く分隊のリーダーでもある。
各村々には、必ず軍隊が存在する。敵の侵攻を阻み、敵の領地を『レス』神のもと
へと奪還する為に、戦士たちが鍛え上げられていくのだ。
彼らの中で、いや、この世界において戦争は聖なるものと定められ、多くの人々が
神の為に殉じている。
悪魔を滅ぼすこと。
それが絶対神『レス』の偉大なる教えであり、それは人々の生活の中へと染み込ん
でいた。その為、軍隊は必需のもので、誰もがその存在を疑おうとはしなかった。
「またいじめられたのか?ほんと、しょうがない奴らだよ」
ライロンは、少し屈みながら、アルバートと目線の高さを合わせる。
「……ライロン。なぜ、ぼくは生まれたの?こんなにいじめられるのなら、生まれな
い方がよかった。……ママは正しかったのに……ぼく死にたいよ」
アルバートは、目をこすりながら、ライロンの顔をまっすぐ見る。
「アルバート。おまえの気持ちはよくわかるがな、生まれてしまったものはしょうが
ないんだ。おまえは、今、自分の意志でここに立っている。生まれたのが自分の意志
でないにせよ。今はきちんと自分というものを持っている。だからこそ、自分という
ものを見つめ直すんだ。死ばかり考えていては、自分の存在価値を見失ってしまう」
「存在価値?」
「ああ、誰にだって最初っから存在価値など持っていない。だが、人は成長するに従っ
て、自分に対して存在価値を見いだしていくんだ。それが、人が生きていく理由にな
る。時々、見失うかもしれないが、そしたらまた探せばいい。生まれたものは、生き
ていく義務があるんだ。そして、権利もね」
「ぼくも存在価値が見つかるよね?」
「ああ。だけどな、あまりあせるなよ」
そう言ってライロンは、優しくアルバートの頭を撫でる。
十年後。
アルバートは18である。今は村の軍隊の見習い戦士をやっていた。
今日は、偵察隊の分隊長のイウラたちと、敵領地内への偵察任務である村に来てい
た。
「よーく見ておけよ、ボウズ。これが悪魔の種族だ」
なめし皮の鎧を着け頬に傷のある戦士が、アルバートに遠眼鏡を渡す。
「ボウズはやめて下さいよ」
そう言って遠眼鏡を受け取ると、岩に伏せながら遠くの村の様子を覗く。
村の作りはアルバートの所と変わらない。時々、赤毛の子供たちが無邪気に走り回っ
ているのが見える。
「なんか、うちらと姿は変わらないですね。とても……あっ!」
アルバートの言葉が終わらないうちに、偵察隊長のイウラが遠眼鏡をひったくる。
「おまえはわかっていないのだ。奴らの恐ろしさを。奴らが崇める『レヴォ』は破壊
神なのだ。すべてを焼き付くし、生きとし生けるものをすべて殺戮する。……おまえ
の村は、奴らの攻撃を受けたことがないからそんな事がいえるのだ」
イウラは遠眼鏡を覗き終わると、恐ろしい顔をアルバートに向ける。その顔、身体
中のいたるところに傷跡があり、その一つ一つの恨みを背負っているようであった。
「ホーウッド。情報収集にはあとどれくらいかかる?」
イウラは、後ろで地図を作成している若い男に向かって問いかける。
「あとは、西側から測量すれば終わります」
「よーし、ウレオ班が帰ってきたら出発するぞ」
偵察が終了し、本部へ戻る途中、ふいにイウラ隊長の足が止まる。
そこは、海が近くに迫る丘陵地帯であった。
イウラは、そっと海を見つめおもむろに両手を組んで、祈り出す。
他のみんなもイウラに続いて、祈り出し、仲間の一人が背負い鞄から取りだした酒
を海の中へと注ぎ出す。
「安物だけどな、勘弁してくれや……」
アルバートは、みんなの態度についていけず、ただ呆然としているだけだった。だ
が、隊長のイウラがそんな彼の様子に気づいて、口重に語り出す。
「ここはな…ボウズ……おれの生まれた村だった。奴らの『魔災』のためにたった数
刻で海の藻屑と消えた村だ。それまで、広大で豊かな平原だったのによ」
イウラの語りに、アルバートは声も出せなかった。『魔災』の噂は聞いた
ことがあるが、これほどすさましいものだとは思いもよらなかった。同時に自分だけ
が不幸だと思い込んでいたことに、わずかながら恥ずかしさを感じていた。
生きていれば、叫ぶことも泣くこともできる。アルバートは、ライロンの口癖を思
い出していた。
その時、アルバートの心の中に自分の存在価値を見つけ始めていた。
「おれにやらせてください」
アルバートは、はりきってその言葉を呟いた。今は、本部の分隊の作戦会議中であ
る。侵攻する途中に3つの小さな村があり、どこを攻めれば効率がよく、敵の本領へ
となだれ込むことができるかという疑問に、それはやはり各村々を調べるしかないだ
ろうという結論に至った。だが、偵察隊の本隊は別の任務があり、現在、残った偵察
隊の隊員は3名しかいないのだ。それも、見習い戦士のアルバートをいれてのことだっ
た。
「アルバートは実戦の経験がありません。もし、敵に見つかった場合、危険です」
今では、軍の総本部の戦士長となったライロンが、アルバートの身を案じ、そう提
言する。
「じゃが、侵攻の時期を外すわけにはいかない。それに、偵察なしで攻め込むのがど
れだけ危険か。……あやつももう一人前じゃ。アルバートにも任せようではないか」
この村の軍の元帥である長老が皆にそう語る。
「ありがとうございます」
アルバートは、飛び上がりそうになるほど喜びを、場所をわきまえそれを心の中で
そっと押さえつける。
「いいのか?」
ライロンは静かにそう聞く。
「おれ、やっと自分の存在価値がわかり始めてきたんです。自分にしかできないこと、
自分がやりたいことってのが、それにつながっていくんじゃないかって」
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