AWC 真理子4    悠歩


        
#2148/3137 空中分解2
★タイトル (RAD     )  92/ 9/15   1:38  (192)
真理子4    悠歩
★内容
「真理ちゃん、真理ちゃん」
 僕は少女の体を抱え上げ、必死でその名を呼んでいた。
 このまま、少女は死んでしまうのではないか? そんな不吉な予感が僕の心のなか
で広がっていった。
「あっ、大介君…?」
 僕の手のなかで、今にも消えてしまいそうな声が聞こえた。
「ま…、真理ちゃん。たいじょうぶ? どこか苦しい?」
 僕は、ほっとしたのと、まだ拭い切れない不安のために、泣き出しそうな声になっ
ていた。
「だいじょうぶよ。心配ないわ。ちょっと疲れると、いつもこうなの。
 すこし休めば…すぐ、良くなるわ」
「僕、誰か大人の人を呼んでくる!」
 僕は真理子を岩の上に寝かせて、人を呼びに行こうとしたが、真理子に、そでを強
く引かれ、行くことができなかった。
「真理ちゃん…」
「だいじょうぶ…、だいじょうぶよ、大介君。
 だから…お願い、一緒にいて。ね、」
 確かに、真理子をこんな所に独りで置いて行く訳にも行かない。
 僕は、僕の手のなかの少女の目を見つめた。
少女も、必死に哀願するような目で僕を見つめた。
『どんなことがあっても、この娘を守ってやらなければ』
 そんな気持ちが、僕の心のなかで大きく広がっていった。
「分かった。真理ちゃんと一緒にここにいるよ」
 その言葉に安心したのか、真理子は僕のそでを掴む力を緩めた。

 僕は、自分のポシェットを枕変わりに横たわる真理子の額に、お世辞にも奇麗とは
いえないハンカチを泉の水で濡らしてそっと乗せた。
「ごめんね、大介君。私のために…」
「別に、謝ることはないよ。僕は、真理ちゃんと一緒にいるだけで結構楽しいんだぜ」
 どうやら真理子も、大分落ち着いてきたようだった。
「大介君、少しお話しましょう」
 そう言いながら真理子は起き上がろうとした。
「! 真理ちゃん」
「もう、だいじょうぶよ。ね、お話しましょう」

 僕達は二人ならんで、岩の上に腰掛けていた。
 陽は既に、すっかりと沈んでしまい、僕達の廻りは、暗い青色に染まっていた。
「ねえ、大介君。人が死ぬって、どういうことか分かる?」
「えっ?」
 真理子の余りににも唐突な問い掛けに、僕は絶句した。それと同時に、少女にとて
つも無く不吉なものを感じた。
「ま、真理ちゃん?」
「ちがうの、そんな顔しないで」
 僕のそんな考えを察知してか、真理子は優しい微笑みでそれを否定した。
「大介君は、自分の身近な人、大好きだった人が死んじゃったことがある?」
「……」
 僕はしばらく考えた。
「そう言えば、僕が幼稚園とき、大好きだったお婆ちゃんが死んじゃったんだ」
「そのとき悲しかった?」
「うーん、そのときはまだ小さかったから、お婆ちゃんが死んじゃったって事が良く
分からなかった」
「そう…」
 真理子はしばらく、遠くを見るような目で何か、考えていた。そしてゆっくりと口
を開いた。
「私には、弟がいたの」
「弟…いた?」
「死んじゃったわ、去年。まだ、一歳にもならないうちに」
「…」
 真理子は両手で膝を抱え、うすっすらと涙を浮かべていた。
「体の弱かった私は、その日も学校を休んで寝ていたわ。お父さんは会社に行ってて、
言えにはお母さんと私と、六ヶ月になったばかりの弟がいた。
 もうすぐ、お昼になる頃だったかしら。お母さんが私に言ったの。
『真理ちゃん、お母さんちょっと用事ができたから、佐々木さんの家に行ってくるわ
ね。 すぐ帰ってくるから、その間、赤ちゃんお願いね』
 その日、私は大分気分が良かったから、直ぐに赤ちゃんの様子を見にいたの。
 赤ちゃんは、気持ち良さそうに寝ていたわ。
耳をあててみると、すーすーと小さな寝息が聞こえた。
 私は安心して自分の部屋に戻ったの。
 私が、うとうととし始めたとき、突然、下の階で赤ちゃんが火のついたように泣き
始めた。
 私はすぐに飛び起きて、赤ちゃんのところに行ったの。
 始めはおしめかなって思ったけど、そうじゃなかった。ミルクをあげてもすぐに
戻してしまったわ。
 私は赤ちゃんを抱いたまま、どうしていいのか判らず、おろおろとしていた。
 そうしているうちに、急に赤ちゃんが泣くのを止めたの。私は自分の手のなかで、
赤ちゃんが突然軽くなるのを感じたわ」
 真理子は、ぼろぼろと涙をこぼしながら話を続けた。
「軽いのぉ…、軽いのよぉ」
「あ、赤ちゃん、死んじゃったんだ…」
 僕は、恐る恐る真理子に尋ねた。
「・・・・・」
 真理子は何か答えたようだったが、声にはならなかった。

「それからの事はぼーっとなってしまって、よく覚えてないの」
 再び真理子が話し始めたのは5分位してのことだった。
「お母さんが帰ってきて、救急車がきて、お父さんもすぐに帰ってきて。
 とにかく、そのあと私が覚えているのは、赤ちゃんが小さな白い箱に入って帰って
きたこと。
 『突然死』って言うんだって。
 お父さんも、お母さんも何も言わなかったけれど、もし私が赤ちゃんの側を離れな
ければ…」
「そんな! 真理ちゃんのせいじゃないじゃないか!」
 僕は興奮して、大声で叫んでいた。
「そうかもしれない。でも私は知ってるの。お父さんもお母さんも、こんな病気ばか
りしている女の子より、元気な男の子を欲しがっていたことを。
 だから…赤ちゃんが生まれたときにどんなに喜んでいたかを」
 真理子の涙は際限無く、いつまでも流れ続いて行くのではないかと思われた。
「そんなこと無いと思うよ。真理ちゃんのお父さんやお母さんだって、その赤ちゃん
も、真理ちゃんも同じ位、可愛いと思ってる筈だよ!」
 不意に真理子は体を倒して、僕の肩にもたれ掛かってきた。
「ありがとう大介君。でも…もういいの」
「え」
「もうすぐ終わるみたい。私、聞いちゃったの 」
「?」
「お医者様がお母さんに『真理子ちゃんは中学生になるまで生きられません』て、話
しているのを」
 そのとき全世界の時間が止まった。
 僕が度々、少女に感じていた不吉なものはこれだったのだろうか。
 僕の目からは、それまで真理子が流した全ての涙よりも、更に多く、暑い涙が溢れ
ていた。
「…う…嘘。嘘だろ真理ちゃん」
「ごめんね、大介君。

 ねえ、こんな話し知ってる? 猫って、自分が死ぬ時がわかるんだって。そしてね、
そのときには独りぼっちで、決して、飼い主には見つからない場所で死んでいくんだっ
て。 私と一緒ね…」
 終わりのほうはほとんど、よく聞き取れなかった。
 言葉を言い終えないうち、再び少女は倒れ込んでしまった。
「いやだ! いやだよお! 真理ちゃん、真理ちゃんしっかりして」
 顔中をくしゃくしゃにして、僕は泣き叫んでいた。
「…だ…いすけ…くん」
 途切れ途切れの声で、真理子が僕の名を呼んだ。
「なに…真理ちゃん。僕はここだよ」
 僕は少女の手を強く握りしめた。そして、真理子も弱々しい力を振り絞って、僕の
手を握り返してきた。
「…ごめん…ね、本当は…独りで死ぬつもりだった…だって…これ以上お父さんやお
母さんを…悲しませたく…ないもの 苦しませたくないもの…」
「もういいよ、真理ちゃん。僕が…僕が真理ちゃんを町までおぶって行くから、もう、
喋らないで」
 しかし真理子は、小さく首を横に振って、それを拒んだ。
「でも…やっぱり、独りで死ぬのが怖かった。
だから…初めて…大介君と会ったとき…きっと…神様が私と…この子を会わせてくれ
たん…だって…思った…
 ごめんね…ごめんね、大介君…こんな…こんな私の…わがままにつき…あわせてし
まって…」
「そんな…謝ることなんて、ないよ。だって…だって…僕は…、真理ちゃんが大好き
だもん!」
 真理子は嬉しそうに微笑んだ。だが、僕の手を握るその力は次第に弱くなっていた。
「いや、死にたくないよ、お父さん、お母さん。いや!」
 それが真理子の最期の言葉だった。


「うわあー!」
「いやあー!」
「ああっー!」
 何を叫んでいるのか、何処を走っているのか判らなかった。
 何度も転んで、木の枝に服を引っ掻けて、泥だらけになり、傷だらけになり、それ
でも僕は叫び続けた。それでも僕は走り続けた。 そのときのことは何も覚えていな
い。
 麓の畑で作業を終えた帰りの人が、叫びながら走ってきた僕を見つけて、警察に連
絡したらしい。
 とにかく、その後の記憶で、覚えているのは、薄暗い部屋のなかで僕の前に置かれ
た白い柩のことだった。
 僕は頬に痛みを感じながら、柩を睨んでいた。どうやら、駆け付けた親父におもいっ
きり、ひっぱたかれたらしい。お袋もいた。
 そして、真理子の両親も。
 真理子のお母さんは、すっかりとやつれて見えた。短い間に、最愛の子ども達を続
けて失ってしまったのだから無理もない。
 そして、真理子のお父さんは静かに目を閉じ、天を仰いでいた。
 どの位そうしていただろう。
僕の親父達が、真理子の両親のところへ行き、しばらく何かを話していた。
 何を話しているのか、僕には聞こえなかったが、真理子のお母さんは、何度も何度
も、頭を下げていた。
 僕は、何か言い様のない罪悪間を感じていた。
「大介、帰るぞ」
 話を終えた親父が、僕に言った。
そして僕は、お袋に背中を押されて、真理子の眠っているその部屋から出ようとした。
 部屋の出口に差し掛かったとき、突然何かを思い出したように真理子のお母さんが
僕達のところへ、歩み寄ってきた。
 そして、深々と頭を下げて、僕にこう言った。
「ありがとう、大介君。あなたのような、いいお友達に見取られて、きっと真理子も
幸せだったでしょう…」
 言い終わると、とうとう堪え切れなくなって、真理子のお母さんは嗚咽した。


『チリーン』
 風鈴の心地好い音色が、私の耳に響いてきた。いつの間にか、外はあかね色に染まっ
ていた。
 どうやら雨が降ったらしい。先程までの、うだるような暑さが、嘘のように涼しく
なっていた。
 何処からか、微かに、祭り囃子が聞こえてくる。
 テレビでは、勝利したチームが校歌をたかだかと歌っていた。
「もうすぐ、夏も終わりか…」
 たばこを加えながら、私は呟いた。
『そろそろ、煙草も止めなければ…』
 秋は、私も父親になる。
 もし生まれてくる子が、女の子だったら真理子と名付けよう…
「いや、この名は止めよう」
 そして、私は煙草を消した。

              (終)





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