AWC  無頼、そして、過去もなく (1)  スティール


        
#2138/3137 空中分解2
★タイトル (RJM     )  92/ 9/12  22:49  (180)
 無頼、そして、過去もなく (1)  スティール
★内容

        あくびをしながら、窓の外を見た。そこに
       は、いつもと違わない景色、馬鹿でかい立体
       駐車場の壁があった。といっても、窓の外に
       拡がっていたのは、ただの殺風景なコンクリ
       ートではなかった。
        そのビルの壁一面には、シュノーケルを付
       け、海に飛び込んで、泳いでいる裸の女性の
       姿が描いてあった。隣の十階建のビルよりも
       高い、その立体駐車場の壁一面に描かれた、
       そのヌードの絵は、造られてから一年以上立
       つのに、いまだに、飽きない。これが出来た
       時には、幾らか、問題になったのだか、俺は、
       この風景が、とても、気に入っていた。夜な
       どは、ライトアップされて、夜の闇にこの絵
       が浮かび上がる。空に、星が輝き、月などが
       出ていたら、とても、いい。それは、まるで、
       葛飾北齋の世界だ。酒は、独りで、たしなむ
       ものではないという考えの俺も、ビールの一
       缶も空けてしまうことがあるくらいだ。いま
       は、まだ、昼下がりなのでそんなわけにはい
       かないが・・・。
        夜は、ロマンチックに、空想の世界に浸る
       ことができて、なんでも、起こりうるが、昼
       間に出てくるのは、ピンクの色をした、象や
       兎、そして、貂や山猫くらいだろう。もちろ
       ん、人間じゃないやつだ。

        暇を持て余した、俺は、この事務所以外の
       場所では、滅多に、いやっ、まったく、かぶ
       らない帽子をかぶった。西部劇のカウボーイ
       が頭に乗っけてるような、黒い本革のやつだ。
       もうカウボーイは死んだ。だが、探偵は死な
       ない。そう、俺は、探偵なのだ。お客は、も
       ちろん、人間、「羊をめぐる冒険」じゃない
       ぜ。本当の探偵さんの、ごたぶんに洩れず、
       仕事の内容は、くだらない。浮気調査、興信
       所まがい、いうなれば、家庭裁判所のような
       もんだ。ただし、俺は弁護士ほど悪質じゃな
       いし、裁判官よりは、弱い者の味方だ。
        俺は、帽子をかぶったまま、両足をデスク
       の上に投げ出した。こなさねばならない仕事
       はあったのだが、どうしても、手を付ける気
       にはならなかった。問題は、気分の状態だ。
       俺は、デリケートな人間なのだ。陽は、まだ
       まだ、高い。俺は、めざまし時計の針を、午
       後五時に合わせ、それから、また、眠りにつ
       いた。

        午後七時、少し寝坊した俺は、すべりこむ
       ようにして、なんとか時間通りに、店に出勤
       することに成功した。俺は、そのまま、店の
       入口の長椅子に座った。俺のほかにも、十数
       人の男が、ブランド物のスーツや何かを着て、
       その長椅子に、ずらりと並んで座っていた。
       隣りの、二三日前に入店したばかりの、まだ、
       溶解人間ベムと骸骨を足して、二で割ったよ
       うな顔をした、ばかやろうが、俺に言った。

       「まるで、ファッションヘルスのマジックミ
        ラーの中にいるみたいですね」

        そうだ、そう言われてみれば、まったく、
       その通りだ。この店は、ホストクラブで、俺
       は、その従業員だった。俺は、なぜ、こんな
       ところにいるのか? 要は、資本主義と経済
       学の問題だ。アルバイトでは、職の流動化と
       高賃金へのシフトが起こる。それに加えて、
       俺の場合は、持ってうまれた個性と、高年齢
       化、さらに、「いまさら、ただのボーイなん
       か、やってられっか?」という意識によって、
       こういう結果になったのだ。そう、あと一つ、
       忘れてはならない注目すべきことは、これが、
       人間としての、社会勉強の一環だということ
       だ。
        ともかく、俺たちは、けっこう豪華な長椅
       子に座りながら、女性客が来店して、選んで
       くれるのを、待っていた。俺たちは、商品だ。
       ただの、商品に過ぎないのだ。隣に座ってい
       る入店したばかりの勘違いのばかやろうが、
       さっき、言ったように。

        十分ほどして、俺に指名が入った。七時ち
       ょっと過ぎで、指名が入るなんて、なんて、
       ラッキーなんだろうと、俺は、思った。しか
       し、こんな時間から、いったい、誰が、俺の
       ことを指名してくれたのだろうか?
        少し、わくわくしながら、俺は、席に向か
       った。その女性は、見たところ、二十二、三
       くらいの、微かにウェーブした髪をしている、
       とても、綺麗な女性だった。その女性は、歩
       み寄る俺の姿に気付いて、軽く会釈をした。
       俺は、彼女に、
       「向かい側に座りましょうか? それとも、
        横に座ったほうがいいですか? 」
       と、聞いた。

        彼女は、咲き誇っている真っ赤なバラのよ
       うに、魅力的な笑顔を浮かべて、俺に言った。

       「向かいの席で、よろしいですわ」

        この一言で、俺は、ホッとした。じつは、
       俺は、ちょっとだけ、緊張していた。指名を
       してくれたからには、通常は、以前に相手を
       したのだろうが、彼女の顔に、俺は、見覚え
       がなかった。二度目に来てくれたお客のこと
       を忘れるようでは、俺は、ホストとしても、
       探偵としても、失格だ。と、思って、俺は、
       一生懸命、頭を回転させて、記憶の糸を探っ
       ていたのだ。だが、正面の向かい側に座るこ
       とを望んだということは、彼女は、きっと、
       俺とは、初対面なのだろう。
        もう、机の上には、三点セットが用意され
       ていた。あと、俺が言うことは、マニュアル
       化されていて、ひとつに決まっていた。

       「じゃっ、水割り、お造りしますね」

        俺は、雰囲気を大切にする。とびっきり、
       上等の知的な雰囲気を・・・。俺が、水割り
       を造っている間にも、彼女は、俺に、チャチ
       ャに入れてきた。

       「あなた、カッコイイから、おもてになるん
        でしょう?」

       「いいえ、若い女性相手のパブと違って、こ
        んなところに来るのは、オバサンばっかり
        よ。あなたのように、若くて美しい方は珍
        しいくらいです」

       「まあ、お上手ね」
        容姿の割りには、意外と、親しみやすい話
       し方をする女だ。俺は、彼女の手元に、水割
       りを置きながら、言った。

       「そういえば、聞きたいことが、ひとつ、あ
        るんですが・・・」

        彼女は、俺が造った水割りを飲みながら、
       「どうぞ」と、一言、答えた。

       「どうして、僕を指名したんですか? 誰か
        に、僕のことを、お聞きになったんですか?」

        彼女は、手で、グラスを、もて遊びながら、
       言った。

       「あなた、アルバイトで、探偵を、やってる
        んですって」

       「いいえ、探偵が本業で、こっちの方が、副
        業です。この仕事をしていたほうが、夫の
        浮気調査とかの仕事が入りやすいんで」

        普通なら、ここで、笑うはずなのだが、彼
       女は笑わず、俺に、予想外のことを言った。

       「わたしが、今日、あなたを指名したのも、
        あなたに頼みたいことがあったからよ」

        話の意外な展開に、俺は、少し、驚いた。
       俺の探偵の仕事に、結びつくような話は、も
       っと、暗くじめじめした雰囲気で、なされる
       ものだったからだ。俺の眉は、不自然な動き
       をしたかもしれない。だが、俺に構わず、彼
       女は、まるで、俺に甘えるかのように、話を
       続けた。

       「わたしね、あなたに、わたしのことを知っ
        てほしいの・・・。あなたに、わたしの過
        去を調べてほしいのよ・・・」

        たった一口の水割りのせいか、それとも、
       違う原因でか、彼女の瞳は、潤んでいた。彼
       女は、まるで、恋でもしているかのような表
       情で、俺を見つめた。俺の返答を待っている
       かのように、とても、艶のある、いい雰囲気
       を醸し出しながら・・・。




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