AWC 神に死す 1        永山


        
#2097/3137 空中分解2
★タイトル (AZA     )  92/ 8/27   7:39  (171)
神に死す 1        永山
★内容
 いつまでも一緒に遊び、喧嘩するんだと思っていた姉が、結婚して遠くに行
くことに。
 結婚式は西洋風を夢みていた姉の希望通り、街に新しくできたばかりの教会
で行われました。披露宴がないのでご馳走が食べられないのが残念だけど、お
姉、とってもきれいだった。
 その結婚式で、あたしは聖なる人に出会ったのです。
 すらっとした身体の肩に、切り揃えたきれいな髪がふれるかふれないか。琥
珀色の瞳がみつめ、透明感のある声が賛美歌を。やわらかに動く指が、やさし
く聖書をめくる。そしてうなじにかかる銀の十字架。
 なにかしら、運命を感じました。感じたいのです。

「とにかく、かーっこいいのよ!」
 あたしの言葉に、二人はもう知っているわよ、ねえって感じ。
「……なるほど。日曜の朝に電話しても寝坊のリマが出かけてるなんて、どう
してだろと思っていたけど、そういう訳があったか」
 あたしが情熱的に言ったのに、ミエはいつもの通り、まるっきり落ち着いて
応えるもんだから、なんとなく腹が立つ。
「なによ。礼拝のためなら、早起きくらい、どうってことないわ」
「礼拝のためじゃなくて、その神父様のためじゃないの?」
 ミエはあたしの心中を知っているみたく、ずけずけとした物言い。
「……」
「そこの神父様って、1組の転校生でしょう? 入峰君って言ったよね」
 きよちゃんは普段は大人しくてぼーっとしているくせに、こんな話になると
目を輝かせて聞いてくるのだ。
「そっ。転校してきたその日なんか、すんごい騒ぎだったんだから。みんなき
ゃーきゃー言っちゃってさ」
「そうそう。リマもその一人だったでしょ」
 と、同じクラスのミエ。
「いいじゃない! 転校前の入峰君を知ってたのはあたしだけなんだから。こ
れこそ赤い糸よ」
「はいはい。人の恋路を邪魔する輩は馬に蹴られて死ぬってっから、邪魔はし
ないつもりよ。口は出すかもしれないけどね」
 ミエは肩をすくめたかと思うと、あたしの顔を指さした。
「ライバル多いから、がんばんなさい!」

 どうして高校生なのに神父をやっているの? そう聞きたかったんだけど、
いざ話しかけるとなると、勇気がいるんだ、これが。
 入峰君てば、すぐに男の子の友達も大勢できたみたいで、その輪に入れない
のよ、こっちは。席もウチの学校は考え方が旧くて、男女ピッチリ分けてるの。
それはクラスの女子その他大勢も一緒だからいいけど……。
 問題は教会。毎週日曜の朝に通っているのに、全然気付いてくれない。こん
な大きな教会にしなくてもよかったのにと恨めしく吹抜けの天井を見上げる。
「寄付をお願いします」
 不意に声をかけられ、その方を向くと……。
「あ、い、神父様」
「神父様はないでしょう、香田さん。どうしたんですかぼうっとして」
 にっこりと微笑まれる神父様。じゃなくて、微笑んだ入峰君。横には寄付の
箱を持った従者(って言うのかしら)の小さな子が不思議そうに立っている。
「い、いえ」
 あたしは急いでポシェットから財布を取って、中身を全部振り落とした。
「……気持ちだけでいいんですよ」
「あ、はい。あの、気持ちです」
 周囲から、呆れた視線が飛んで来ているみたいだった……。

 あたしはとりあえず、この成果をミエときよちゃんに報告した。
「……でね。何で神父をやっていたかと言うと、入峰君のお父さんが元はやっ
ていたんだけど、死んじゃったから。それで知合いの神父に来てもらえるまで、
代わりにってことなの」
 実はこの話を聞いたとき、あたし、泣いちゃったんだ。そのときはもう、悪
いことを聞いちゃったとかかわいそうって気持ちで一杯になって、どんなこと
をその後話したのか覚えていないの。だからこうして、断片的に話してる訳。
「ふうん。かわいそうなのね、入峰君。最初見たときは、格好つけの二枚目気
どりかと思ったんだけど」
「ミエ! いくらあんたでも、言っていいことと悪い−−」
「だから、彼のかげりはそのせいだなって言ってんのよ。全く、落ち着きなさ
いよ」
「でもそれだけ、好きなんだよねー。うまく行ってるみたいで、よかったね」
 きよちゃんが冷やかすように言った。
「ま、まあね」
 あたしは顔が少し紅くなるのを感じた。
 でも思えば、このとき、こんな話をしたのが失敗だったのよね。

「入峰君、街の教会で神父様やってるの? 今度の日曜から、絶対見に行くか
らね!」
「いつも十字架してるの、そのせいだったの?」
 話をした次の日かしら、そんなおしゃべりが、朝の教室に飛び交ってた。
「え、うん、ありがとう」
 たくさんの女子に囲まれて、おんなじセリフを聞かされている入峰君は、戸
惑いながらも笑顔で応えてるって様子。
 でも、何で知ってんのよ、みんなが? 入峰君が教会の神父をやってるなん
て、このクラス、ううん、学校中でもあたしとミエときよちゃんだけのはず…
…。住所だってまだ名簿ができてないから調べられるはずないし、入峰君をつ
けたところで教会と家は少し離れてるから、分からないはず。男の子の誰かが
知って、女子にしゃべったのかしら?
 あ、まさか!
「ミエ。みんなにあのことしゃべってんの、ミエでしょう」
「あのことって?」
 休み時間にあたしはミエをつかまえて、問いただそうとしたらこれだ。
「うーっ! 神父様のことよ、神父!」
「あら、分かった?」
「何で話すのよう? 黙ってくれてたらいいのに!」
「フェアじゃないもんねえ、前のままじゃ。私はフェアが好きなの。あなただ
けがハンディありなんて、ずるいと思って」
「邪魔しないって言ったじゃないの」
「邪魔じゃないわ。あくまで公正公平に勝負してるのが見たいだけで……。そ
れとも、この程度でほつれて切れる赤い糸だったのかな?」
 意地悪な目であたしを見るミエ。ホント、意地が悪いんだから。馬に蹴られ
て死んじまえ!

 次の日曜から、教会は女子校生で一杯になったのだ。それもみんな私服。普
段と違う自分を見てって感じ。
「神父様ぁー!」
「紫苑くーん!」
 そんな黄色い声が飛び交っちゃって、礼拝どころじゃない。
「お静かに願います」
 と、紫苑君−−みんなに負けないようにこう呼ぼう−−が言っても、それで
またミーハー連中は、
「キャー! りりしい!」
 と来てしまうのだから、始末に負えない。
「静かになさいよ!」
 と言ってやりたいんだけど、あたしは寄付の件でみんなの注目を集めたこと
があるから、もうこれ以上騒ぎを起こしたくない訳なのよね。結局、その日は
騒がしいまま終わっちゃった。
 でも、後で紫苑君がミーちゃんハーちゃん連中を集めて、注意していたみた
いだから、来週からは大丈夫だと思う。
 そんなことより! 問題なのは、これでまたみんなが同じスタートラインに
立ったってことよ。こうなるんだったら、最初に見初めた折に、親密になっと
くんだった。もう形振りなんか構ってられない。これからは積極的に行くぞ!
加えて、あたしにはもう一つ、リードしている点があるのだ。

 土曜日の夕方、こっそりと教会の墓地を覗かせてもらう。幸い、誰もいない。
でも、出入り自由とは言え、一人でこんなとこに入るのはちょっぴり気が引け
る。きよちゃん達を連れて来るとうるさいと思ったから、そうしなかったのだ。
 ちなみに教会は工場の隣にあって、薄汚い煙突が似つかわしくない。何でも
不景気になって潰れた工場だそうだけど、ドラム缶やらワイヤーやらが散乱し
てて、見苦しい。早く取り壊して欲しいわ。教会のてっぺんにある十字架だけ
が、こうごうしく見える。紫苑君の家は、教会の建物とは別棟になっていて、
白くて小さな物。それがまた、つつましくてよいの。
 あった。前から気になっていたんだ、大きなお墓があるなって。それは他の
お墓からは少し離れた場所にあるから、もしかしたらと思っていたけど、やっ
ぱりそうだった。ローマ字でSHINJI−IRIMINEと彫ってある。紫
苑君のお父さんのお墓に違いない。
 あたしはしゃがんで手を合わせ、お祈りをした。本当はお花を持って来よう
かと思ってたんだけど、風が強い日だったので止めておいたの。それは正解だ
ったみたいで、今も帽子が飛びそうなのだ。
 ここには書けないような都合のいいことも含めてお祈りしたんだけど、それ
が効いたのかしら。立ち上がるときに手を頭から外した途端に強い風が来て、
帽子が飛んじゃった。その方向を見ると、人影が。
「どなたかと思ったら……。香田さん」
「紫苑君……」
 こういう展開を期待しないでもなかったけど、一回目からこうもうまくいく
なんて予想外! しばらくは、”夕暮れにたたずむ少女”を続けるつもりだっ
たのに。
「飛ばさないように気を付けて」
 紫苑君はあたしに帽子を手渡してくれた。
「あ、ありがとう」
 何とかそれだけ言ったけど、心臓がドキドキしちゃって、他に言葉が見つか
らない。
「また月曜日、学校でね。さよなら」
 そう言って今日は帰ろうとしたその時、紫苑君が声をかけてくれた。
「父のために祈ってくれていたの?」
「……うん。ごめんなさい、勝手なことして」
「飛んでもない! 一層安らかになれて、父も喜ぶと思う」
 慌てたように首を振った紫苑君。初めて見せたそのそぶりが、何とも言えな
くてかわいらしい。
「よかった。この前、話を聞いて、本当にかわいそうって思ったの。でも、で
きることと言ったら、これくらいしか思い付かなくて」
 嘘じゃなかった。ただ、もしお母さんの方が亡くなっていらしたなら、手作
りの料理を食べさせてあげるのに、なんて不謹慎極まりないことをちょっぴり
思ってもいた。反省。
「ありがとう。それでさっきの続きだけど……」
 一瞬、あたしは紫苑君の言葉の意味が理解できなかった。
「続き?」
「礼拝は日曜だからね。忘れないようにっ」
 あ。これはお間抜けだった。月曜にならなくても、日曜には紫苑君と会える
んだ。
 気付いたあたしを見て、極自然な感じでウィンクした紫苑君。
「うん、忘れずに行くから」
 あたしは笑った。

−続く




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