#2044/3137 空中分解2
★タイトル (VEA ) 92/ 8/12 16:41 (147)
「帝国衰亡記」 1 華岡昇平
★内容
「帝国衰亡記]
*あくまでも異世界の話として読んでください。
1
西歴1940年。初冬。北大西洋、帝国海軍根拠地ミース軍港。
帝国最大の規模を誇るこの軍港には今、第三と第五の両艦隊が出
航準備を整えて総統府の最終決定を待っていた。
「提督、総統府からです。本日午後5時をもって最終決定が成され
る。貴艦隊は一級待機で命令に備えよ。です。」
「承知した。と返電しておけ。」
「ヤー。」
小さく吐息を吐きながら、旗艦ジークフリードの艦長シートに座っ
た男が通信士にそう命じた。四本線の提督、すなわち海軍大将であ
る彼の名前はクルト・シュタイナという。
帝国第三艦隊の指令官である彼は長身の男で今年で40になる。
士官学校を出てから今まで20年の間のほぼ全期間彼は艦隊勤務を
離れていない。そしてこれまで二つの戦争に参加し海軍にあって海
戦上手という声が強い。
今回、彼の率いる艦隊は二個艦隊。戦艦2重巡洋艦3軽巡洋艦5
駆逐艦11という標準構成の第三艦隊と空母4軽空母2重巡洋艦4
の空母機動部隊を増加編入した第五艦隊の二個艦隊であった。
艦橋の正面に帝国のミース軍港が見える。艦隊は今、港から3k
m沖合いで輪型陣を作りながら最後の点検を行っている。
彼の乗る艦隊旗艦ジークフリードを中心として対空防御を重点的
に考えて参謀達が決定した今回の輪型陣は第一に四隻の正規空母を
守る事から考えられている。
「提督、第二艦隊のフーバー提督より入電。本日の海峡の敵情報を
戦闘機でこちらに送ってくれるそうです。」
「そうか。一応、その戦闘機を迎えにミース軍港に戦闘機を出して
やるように命令しろ。」
シュタイナはそう命じると、夜風に当たってくる。と言って艦橋
を出た。とはいっても待機命令が発令されているから艦橋横の見張
り台ではあるが、。
「曹長。ちょっと一人にしてくれないか。」
見張り台で双眼鏡で海上を捜査をしていた曹長の記章を付けた若い
女兵士にシュタイナが命ずる。サッと敬礼して曹長が重い防爆扉を
閉めて見張り台から出ていくと、シュタイナは懐から貴重品の葉巻
を出してライターで火をつけて一口吸った。
夜の不気味な海面に何隻もの軍艦が灯火をできる限り消して停泊
している。ミースの軍港も灯火をできる限り消していた。
夜の制空権が敵にあると言うのは余り居心地の良い事じゃない。
シュタイナは満天雲一つ無い大空を見上げてそう思った。無数の星
が輝いている。夜の星ほど幻想的だと感じる光景を彼は知らなかっ
た。
何か黒いものが星の間を飛翔しているのを見つけて、シュタイナ
はそれが先刻に彼が命じた迎えの戦闘機隊だと思った。すぐに見張
り台の伝声管が震えて、その黒い点が味方だという事をいっている
のが聞こえた。
総統府が最終決定を下せば彼は対英国戦の宣戦前に英国艦隊の根
拠地であるジブラルタルを攻撃する事になっている。
戦争が始まってから二年で帝国は西は大国フランスを降伏させ東
はバルト諸国の手前まで侵攻していた。
次は南方の英国植民地。それが総統府の判断だった。
英国南方軍を倒し北アフリカおよびアラブの権益を帝国のものと
する。その為のジブラルタル攻撃である。
タバコが燃え尽きた。シュタイナは目をとじて帽子を下げて目を
隠した。偵察機が一機、前方の軽空母に着艦するべく高度を下げて
いるの感じられた。軽空母が誘導のために数分間灯火を付ける。
「提督。ここでしたか。」
防爆扉を重そうに開いて副官が見張り台に上がってきた。ミワ・
ノダという名の東洋系の若い女の中尉が彼の副官だった。
「どうした。総統府からの命令は夜明けぐらいだと聞いていたが。」
ノダ中尉の方を見もせずにシュタイナが怒ったように言った。娘と
父親ほど歳が離れているノダ中尉がシュタイナは苦手だった。それ
は年頃の娘を持つ父親にありがちな事だがシュタイナはそんな事は
どうでも良かった。かなり歳をとってから結婚した彼にも娘はいる
がまだ幼年学校に通っているような歳だった。
「はい。命令はまだです。」
「どうした。」
やっとシュタイナはミワ・ノダ中尉の方を向いて呟くくらいにいっ
た。
「お茶持ってきました。」
ノダ中尉はそう言うと手にぶら下げた軍用の無骨なポットから一杯、
シュタイナにお茶の入った野戦用のアルミコップを渡した。
「あ、すまん。」
アルミコップを受け取って、彼は娘のような年齢のノダ中尉に話
しかけるべく話題を探した。30秒も考えたが何も出てこなかった。
数日前、彼の妻が死んだ。朝彼を送り出してすぐに脳出血で、、。
彼はすぐにも家に帰りたかったが軍はそれを許すほど甘くはない。
彼はただの一兵卒ではなく海軍大将、重要作戦の総指令官なのだ。
「奥様の事を聞きました。ご愁傷様です。」
「ああ。」
虚ろに返事をして、彼は茶を一口飲んだ。それはストレートの紅
茶で戦時下の帝国ではかなりの貴重品だった。彼がそれを好きなの
知ってノダ中尉はどうやら最後の自分のストックでいれてくれたら
しい。
「すまん。」
呟くように言って彼は目に手をやった。そして先刻の偵察機を乗
せた軽空母を見ながら話し始めた。
「妻とは、ケーツとは8年前に海軍省にいた頃知り合ってね。彼女
は大学を出たばかりの秘書課の見習いで、私の秘書だった。気が強
い女でな、私が1つ言うと10は言い返すような女だった。
2年後のおそるおそる結婚を申し込んだ。なんと言っても彼女は
20歳、私は32歳だからね。それに彼女は3女とはいえ立派な伯
爵令嬢だ。玉砕も覚悟していた。
それを、駆け落ち同然に、、、。」
遠い目をしてシュタイナは空を見上げた。ノダ中尉はシュタイナ
の横顔を見ていた。なんと言えば良いのか彼女には見当もつかなか
った。シュタイナの副官になってからまだ2カ月しかたたないが、
その間2度シュタイナに招かれてその家を訪問した事がある。お茶
目で明るく理知的な女性というのが彼女に残っている印象だった。
貴族のお姫様なのに全然気取ったところがなかった。そして例の如
く客を放って黙って新聞なんかを読んでいるシュタイナに澄ました
顔で、
「ごめんなさいね。うちの人って昔っからああなのよね。若い女の
子をどうあつかってやれば良いのかわからないのよ。そうね、今度
来たらあなたにあの人の求婚の時の事を話してあげるわ。」
なんて聞こえるように言って脅かしていたっけ。
西から、ひときわ輝く星の方向から少し風が吹いてきた。ノダの
束ねた長い髪が風に流れる。
「中尉。すまんがもう一杯貰えるかな。」
シュタイナがそう言っているのが聞こえて、ノダはポットの紅茶
を慌ててシュタイナのカップに注いだ。
それから
「ちょっと持っててくれ。」
そう言ってカップをノダに渡して、シュタイナは懐から小さなブラ
ンディーの小瓶を取り出してノダと自分のカップに注いだ。
「中尉が秘蔵の紅茶を出したんだから、せめて私もこれくらいは出
さないとな。」
「提督。そんなもの見つかったら営巣に入れられちゃいますよ。」
ノダが小さく笑いながらシュタイナに言った。指先で小瓶を摘んで
笑う。
「大丈夫。もうすでにブライト保安隊大佐どのも我らが共犯者さ。」
シュタイナは艦隊の治安責任者の名を挙げてそう言うと、そろそろ
艦橋に入ろうと言ってグッと一気にカップを飲み干した。それを見
て一瞬怯んだが、ノダもそれを真似て一気に飲もうとした。最初の
一口で胃が焼けるようになって、その次の瞬間その琥珀色の液体を
気管に入れてせき込んだ。
「ごほ、ごほ、う、、う。」
「大丈夫か中尉。すまん。忘れていた、君は一滴も飲めないんだっ
たっけ。」
慌ててシュタイナがノダの背をさする。
「提督、今日は謝ってばっかりですね。」
涙を浮かべながら、それでも咳をどうにか治めて、ノダがからかい
気味に言った。
その顔のひどさにシュタイナは苦笑しながら
「いつもとは逆だな中尉。」
と微笑みを浮かべてノダのからかいを切りかえす。
こぼれた紅茶が心地よい芳気を辺りに漂わせた。
「見張りの曹長も共犯者にしなくちゃならないな。」
シュタイナがそう言いながら防爆扉を開けると、2人は艦橋へと
つながる梯子を降りていった。
つづく