AWC 当世源氏(2)       うちだ


        
#2039/3137 空中分解2
★タイトル (TEM     )  92/ 8/ 9  20:33  ( 99)
当世源氏(2)       うちだ
★内容
〜あうはずのなかったふたり〜

ベランダで女の声がする。
「うわー、タミオくーん。なんでこんなにベランダ汚いのー?」
「だって使わないもん。裸足で出ないほうがいいよ」
「せめて、でっかいゴミだけでもすてない?」
「あー、たのむわー。」
時々あるんだ。僕なんか来るものは拒まないから、アパートに女の子が勝手に
上がり込んで、掃除とか料理しはじめてしばらくすると「ひどいわ」とかいっ
て出て行くってこと。今ベランダにいる子だって、昨日からいるけど名前くら
いしか知らない。
「な、なんか、缶詰とか置いてあるのは?捨てる?」
「開いてないなら、戸棚に入れといてよ。」
「鉢植えは?」
「・・・・」

       ************************

鉢植えには、朝顔を植えたはずだ。そうあれは去年の夏の話。マエダの彼女の
律子の友達だと、知夏を紹介された。僕なんか高校中退しているせいか、制服
姿の女の子と話すのは久しぶりで緊張していた。二人とも現役の高校1年生だっ
たし、それに知夏はいつも律っちゃんが連れて来る女の子とはタイプが違った
んだ。喫茶店で初めて会った制服姿の彼女はつるんとしたショートカットで、
色が白くて黒目がちなところがすごく可愛いかった。その時、知夏はあんまり
喋らなかったと思う。僕も聞かれたことくらいしか言わないから、マエダと律っ
ちゃんがほとんど喋っていた。
「ふぅん。じゃあ知夏ちゃんは律子と同じクラスなんだ?」
「うん。そうなの。」
「どこに住んでるの?」
「白城町。」
そんな世間話したくらいかな。しばらくして知夏は“塾がある”とかで帰って
行った。
「なんか・・律ちゃんの友達にしちゃ、おとなしかったね、あのこ。」
「あはは。ごめんねー。カナコたちは来れないって言ったから。」
僕はその時、少し知夏のことが気になってて、それとなく律ちゃんに話しを持っ
てくつもりだったんだけど・・・マエダが口を挟んだ。
「そぉいえば、白城町って言ったらけっこうイイトコの子なんじゃない?」
「あ、そーかもしれない。親がすごい土地持ちらしいよ」
「お孃なんだー」
で、何となく僕は“身分違い”って感じがしちゃって言葉を飲み込んだんだ。
ま、その程度のことはよくあることだったし。

それから僕は翌日に朝から仕事があったから、早めに布団に入った。サッシか
ら入る月の光が眩しくて、電気を切ってもなかなか寝られなかった。だからい
きなり玄関のドアが開いた時、すぐに気がついて跳び起きた。ふつうノックく
らいはするものな。照明のスウィッチに手をかけるより前に、開け放したキッ
チンの向こう側に立っている姿を見付けた。それがさ・・・あの昼間に1回だ
け会った、知夏だったんだ。月明かりが真っ白なワンピースにレースのカーテ
ンの影絵を作っていた。白い鳩みたいだったな。僕はその瞬間に恋に落ちたん
だと思う・・まるで手品だよ。何て言って、彼女を部屋に上げたのかな。もー
舞い上がっちゃってたね。次の日は仕事なんて休んだっけ。

それから僕らはママゴトのような時を過ごした。たくさんキスをして、何度も
抱き合った。僕らはいろんな話をした。知夏は慣れるととりとめもなく喋った。
学校のトイレに幽霊のでる話とか、フリッパーズギターの話とか、本当にとり
とめがないんだ。僕も始めのうちは彼女の話題についていこうとしたけど諦め
た。彼女との会話は鳥のさえずりみたいなもので、内容がどうとかじゃなかっ
たんだ。

知夏との“生活”と掛け離れた思い出の数々。ついでに言えば彼女は全く役立
たずだった。目玉焼きを作るとか言って、いきなりフライパンの真ん中に卵を
殻ごと叩きつけた。ゲームも下手で、簡単なシューティングものさえ1ステッ
プクリアーが出来なかった。もちろん洗濯なんて出来ないらしかったし、雑巾
は丸めて絞った。ある時僕が仕事から帰ると、知夏はベランダにしゃがみ込ん
で、鉢植えにコップで水を掛けていた。
「知夏、この植木鉢って、何植えたの?」
「下の喫茶店の人が、朝顔の種くれたの。」
「小学校ん時、やったなぁ。朝顔って毎朝咲くからいーよな」
「花が咲くの、見れるかな?」
「もちろん。毎朝咲くんだろ」
それから彼女は上目使いに僕の方を見て、言った。
「毎朝毎朝、ずっと見てていいの?」
「・・・いいよ。ずっと、ここに居なよ。」
確かに言ったのに。後にも先にも僕がこんなこと言った女の子は、知夏一人だ。

それから・・それから、僕が仕事に行っている間に知夏はいなくなっていた。
8月の一番おしまいの週だ。マエダも律っちゃんも知夏がうちに来てたことを
知らなかった。知夏は何も言っていないらしかった。だから僕も言わなかった。
律っちゃんから2学期の初日に宿題の頭を揃えて提出したのは知夏だけだった
という話も聞いた。僕は黙って聞いていた。知夏の中で、僕とのことはどんな
意味を持つんだろう。朝顔は芽も出なかったし、何にも残らなかった。来た時
と同じように、彼女は突然いなくなった。そしてそれっきり。

      ***************************

「鉢植え、捨てちゃうからねー?」
女がビニール袋に砂をザラザラあけている。ふ、と手が止まる。
「やだー、何これーっ。」
女がげらげら笑っている。僕はTVを見るのを止めて、ベランダを覗く。女は
ビニール袋の中の、乾いて白くなった土と干からびた茶色の種を見せる。
「何で、コーヒー豆なんか植えてるのー?」

はじめから、花なんか咲くわけなかったんだ。女は笑い続けている。知夏は本
当に朝顔の種だと思っていたのかなぁ・・・僕も女につられて笑う。なんだか
涙が出そうになる。
                           おわり


〜あうはずの〜の方は半年近く前のものの改訂版です。季節ものってコトで。




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