AWC グミの木の曲         やまもも


        
#1995/3137 空中分解2
★タイトル (LYJ     )  92/ 7/30   9: 9  (141)
グミの木の曲         やまもも
★内容

 いつものように目覚し時計のけたたましいベルの音で起床した鈴木さん、毎
朝の習慣通りまずパソコンとモデムの電源を入れて大手パソコン通信サービス
のPC−Serveにアクセスしました。朝と晩に1回づつ同ネットのフォー
ラム「林檎倶楽部」を覗くのが鈴木さんの楽しみの一つなんです。

  メールが1通届いています(未読分1通)

 PC−Serveにアクセスした鈴木さんの眼にまず飛び込んで来たのが電
子メールが届いていることを表示する文字でした。おやっ、誰からのメールだ
ろうか。自由なふれ合いの場であるパソコン通信において、ネットの仲間から
の電子メールは心楽しいものです。身過ぎ世過ぎの鬱陶しい事柄のために電子
メールが送られてくることはまずあり得ませんしね。誰からのどんなメールな
んだろう。鈴木さんは早る心を抑えながら電子メールを受信する手続きを所定
の手順に従っておこないました。メールの差出人名は生野昭憲となっていまし
た。ああ、フォーラム「林檎倶楽部」の会員のゼヒュロスさんからのメールで
す。しかし、ゼヒュロスさんがまたどうしてメールをわざわざ送って来たんで
しょうか。

 鈴木さんはゼヒュロスさんからの電子メールを読みました。そして大喜びし
ました。鈴木さんがこんなに嬉しそうな顔をしたのは久しぶりのことです。で
も、鈴木さんが喜ぶのは当然のことでした。ゼヒュロスさんのメールには簡単
な挨拶の後につぎのようなことが書かれていたんですから。

 「林檎倶楽部にお書きになった『かちかちやま異聞』のお話にいたく感銘を
受けました。ところで、このお話へのご自身のコメントのなかで、絵本のかち
かち山のタヌキになぜ感応したかということについて、つぎの様なことを書い
ておられましたね。

  『かちかち山の絵本のタヌキの話からあんな物語を作ったのにはそれなり
 の理由があります。それは、私が破壊された自然の傷跡がまだ生々しく残っ
 ているところにいま住んでいるからです。私の家は山を切り崩して造成した
 住宅団地内にありますが、昔は樹木が青々と生い茂り、狸や雉などが元気に
 走り回っていたそうです。私の家の庭にも、昔から生えていたグミの木が一
 本だけ伐り倒されずにいまも残っています。』

  私はこれらのお話からインスピレーションを得て『グミの木』という曲を
 作曲しました。お庭のグミの木が『かちかちやま異聞』の話を聞きました。
 グミにとってその話はすっかり忘れ去っていた過去の出来事でした。グミは
 昔のことをいろいろ回想しはじめました。あのときのタヌキの姿も昨日のこ
 とのように思い出されました。そんなグミの木がふと周囲を見渡して、様子
 がすっかり変わり果てていることに気がつきました…。私はこんなふうに勝
 手に想像を付け加えながらメロディを作りました。グミの木からタヌキに対
 するレクイエムです。曲は4つの部分から構成しました。鎮魂、回想、あの
 時のこと、グミの思いです。

  こんな『グミの木』の曲、やっと体裁が整いましたので、聞いていただき
 たいと思っています。MIDIをお持ちですか。Pianoだけの曲なので
 機種を問わないのですが、もしよろしければバイナリーメールでお送りした
 いと思っています。お持ちでなければカセットテープでお送りしたいと思い
 ます。一方的なお願いでご迷惑かとも思いますが、どうかお許しください。

                           ゼヒュロス  」

 えーっと、ゼヒュロスさんのメールに書かれている「かちかち山異聞」とい
うのは、PC−Serveのフォーラム「林檎倶楽部」のフリートークの会議
室に鈴木さんがアップした作品なんですが、短いものですから、全文をそのま
ま紹介しておきましょう。



小説:かちかち山異聞

  ポーンポンポン、ポーンポンポン。かちかち山のたぬ吉は中天に輝やく月の
光りを浴びながら腹鼓を打ち続けた。ただひたすら腹鼓を打ち続けた。彼は忘
れたかった。だから、狂ったように腹鼓を打ち続けた。

 だが、どんなに脳裏から拭いさろうとしても、老婆のかっと大きく見開いた
両の眼が闇の中に浮かび上がって来る。拭っても拭っても、額を朱に染めた老
婆の顔が彼の心に襲いかかってくる。

 「あんたが悪いんだーっ!」。たぬ吉は耐え切れずに叫んだ。彼の声は赤膚
の山々に虚しくこだました。月の光りが無惨に伐り倒された杉、松、桧などの
切株を冴え冴えと照らし出し、草の根を掘り起こされて醜く露出した山の地肌
を冷たく突き刺していた。

 「あんたが悪いんだ」。たぬ吉はつぶやいた。そうなんだ、ばあさまのあの
言葉が彼の心を狂わせたのだ。彼を縛っていた藤蔓をばあさまが解いてくれた
とき、心からばあさまに感謝したものだ。そして隙を見つけて逃げ出すことば
かりを考えていた。ばあさまを殺すつもりなどこれっぽっちもなかった。彼は
ばあさまだけでなく、彼を捕まえて藤蔓で縛り上げたじいさまも憎んではいな
かった。

 勿論、人間達がかちかち山をオノやスキ、クワで醜い赤膚の山にしていくこ
とはたぬ吉たちの生活を脅かした。しかし、人間も俺達と同じ様に生きるため
に必死なのだ。飢えたキツネに追いかけ回されるウサギは、キツネを恐れては
しても、だからといってキツネを憎みはしない。それと同じ様にたぬ吉も人間
を憎んだりはしなかった。じいさまが山の畑にせっせと蒔いた種をたぬ吉が食
べようとする。じいさまがそんなたぬ吉を捕まえようとする。どちらの行為も
当り前のこと。じいさまが木の切株に松やにを塗ってたぬ吉を捕まえた。じい
さまの知恵がたぬ吉の知恵に勝ったのだ。ただそれだけのことなのである。

 「あんたが悪いんだ」。たぬ吉はまたつぶやいた。そうなんだ、ばあさまの
「かわいそうだから逃してやるが、もう二度と悪いことをするんじゃないよ」
と言ったあの言葉、あの言葉がたぬ吉の心を狂わせたのだ。ちらっと老婆の顔
を見たら、全く邪心の無い、なんとも優しい顔をしていた。老婆は自分の「慈
悲深い行為」にすっかり満足しきっている様子であった。タヌ吉の心に激しい
憎悪の炎が燃え上がった。俺の行為が悪いことだって!!では、お前達人間の
行為はどうなんだ!!たぬ吉の心に殺意が生まれた。

 たぬ吉は、粉つきの手伝いをすると言ってばあさまから杵を受け取ると、そ
の杵をばあさまめがけて大きく振り上げた。…




 鈴木さんは、この「かちかち山異聞」を「林檎倶楽部」の会議室にアップし
たんですが、果樹栽培を趣味とする会員達が作っている同フォーラムではあん
まり反響はありませんでした。まあ、それも仕方がないことでしょう。これが
もし猿蟹合戦なんかだったら、柿や栗も話に出てきますから、もう少し反応が
あったかもしれませんね。それはともかく、メールを読んで大喜びした鈴木さ
んは、すぐに「グミの木」の曲が録音されたカセットテープを送ってもらうた
めにゼヒュロスさん宛にメールを送信しました。鈴木さんはMIDIを持って
いなかったのです。

 鈴木さんは待ちました。本当に一日千秋の思いで「グミの木」の曲を待ちま
した。こんな思いで郵便物の到着を待ったのは久しぶりのことです。まるで恋
人からの返信を待つような気持ちで待ちました。そして、とうとう4日目の夕
方、職場から帰宅した鈴木さんは奥さんから差出人名が生野昭憲となっている
分厚い封筒を受け取りました。勿論、この封筒にはゼヒュロスさんの「グミの
木」の曲が吹き込まれたカセットテープが入っていましたよ。

 「グミの木」の曲はとても素敵な曲でした。美しく優しく、そしてどこか物
悲しいメロディー。目を閉じてじっと聴いていると、大空から山を鳥瞰しなが
らその変遷を静かに眺め続けているような気持ちになりました。樹木が青々と
生い茂っていた美しい山。しかし、その緑の山も無惨に切り崩されて赤膚の山
となっていく。あの日のあの出来事。悲嘆にくれるタヌキ。その姿を黙ってじ
っと眺めているグミの木。そのグミの木も、いまは人家の庭の片隅で葉をそっ
と繁らせている。そんなグミの木はなにを想うのか…。鈴木さんの心につぎつ
ぎといろんなイメージが浮かんできました。

 鈴木さんは居間のソファーに座ってこの「グミの木」の曲をじっと聴いてい
たんですが、聴き終ると立ち上がって居間の南面のガラス戸を開けました。庭
では、サンゴジュの緑が外灯に照らし出されてしっとりと艶やかに光っていま
す。鈴木さんは庭の西南の片隅に目を移しました。そこには、白いフェンスに
覆い被さるようにして繁っているグミの木の先端部分だけが外灯の光をそっと
受け、暗闇にほのかに白く浮き上がっていました。

 鈴木さんはカセットテープを巻き戻し、それから再度プレイボタンを押しま
した。星空の下、「グミの木」のメロディーが庭に静かに流れていきました。





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