#1974/3137 空中分解2
★タイトル (TAA ) 92/ 7/21 8:52 (122)
陰陽師・安倍晴明(『宇治拾遺物語』より) / 弾正
★内容
陰陽師・安倍晴明
〜陰陽家の最高峰・安倍晴明の活躍劇〜
『宇治拾遺物語』より
時に寛仁三年、御堂関白といわれ、その権勢を天下にふるい続けた藤原道長(ふじ
わらのみちなが)が地位を長男の頼道(よりみち)に譲り、出家を志した。藤原道長
といえば、その兄・藤原道隆(みちたか)の死に際して権力を奪い、三人の娘を立后
させ天皇の外戚となって権勢を欲しいままにした時の摂政である。
道長は毎日のように法成寺の現場視察に出かけていたが、ある日、いつものように
供の者数人をつれて法成寺の視察に出かけ、寺の門にさしかかったとき、突如愛犬が
けたたましく吠え出したのである。
「いかがしたのじゃ。よしよし、鳴きやむのじゃ。・・・」
しかし道長が愛犬を撫でてやっても鳴きやまない。そればかりか道長に門をくぐら
せないかのように前に立ちはだかる。
愛犬のいつにない挙動に不振をもった道長は、供の者に、
「これはおかしなことじゃ。よし、安倍晴明(あべのせいめい)を呼んで参れ!」
と、陰陽師(おんみょうじ)を呼びに行かせた。安倍晴明とは、天皇・貴族の吉凶占
いなどを担当していた平安中期の陰陽師である。陰陽道(おんみょうどう)史上最高
峰の陰陽家と位置づけられ、道長の信任も非常に大なるものがあった。
半時ほどたって安倍晴明が馳せ参じた。その間もずっと犬は吠え続けている。晴明
はただならぬ気を感じると、
「まさしく、何かありまする。今、調べてご覧にいれまする」
と、いうと式盤(ちょくばん)を広げて占いを始めたが、しばらく後にこう言った。
「恐れながら申し上げます。殿を呪詛したる者があり、ここに蠱物(まじもの)が仕
掛けられておりまする」
道長は一瞬顔面を硬直させて、
「なにッ! わしを呪詛したる者とな?」
「御意。万が一、殿がこれより前にお進みとあらば、その災い殿に降り懸かったこと
にござりましょうや」
「ううむ。・・・よし、あいわかった。さればその蠱物とやら、今すぐ掘り出してく
れるわ! してその場所はどこじゃ?」
「ここにございまする。ここ掘りますれば、殿を呪詛したる蠱物が出て参りまする」
「よし、者ども! 晴明が指したる場所を掘り返すのじゃ。早くいたせ!」
供の者たちが数人、急いで安倍晴明の指した山門の端を掘り始めた。
果たして晴明の言ったとおり奇妙な土器が見つかった。土器はふたつに合わせてあ
り、開けるとそこには十文字にからめた黄色の紙が一枚入っていたのである。
しかしそれには特に何も書かれておらず、単なる紙きれであった。供の者が差し出
す紙きれを指して道長は不思議そうに、
「晴明、これはいったい何じゃ? 見たところただの紙ひねりにしかみえぬが。・・
・」
「恐れながら、そこの者が差し出しいだしたるものこそ我が道の呪術・式神(しきが
み)にございまする」
次に晴明は土器の一つを取り上げ、
「これをお改めくださいませ」
と、いうと道長の方へ土器の内部をかざした。そこには、なんと道長を呪詛する文字
が一文字だけ書かれていたのである。
「何ということじゃ。されど、もう大丈夫であろうな?」
「ご安心くださりませ。もはや呪力消え失せてございまする」
それを聞くと道長はほっと肩をなで下ろした。すると今度は自分を呪詛した者への
怒りがこみ上げてきたのである。
「して、これなる蠱物、仕掛たるは何物じゃ?」
「恐れながら申し上げまする。これなる術、我が道の大事にて世は広きと申せど、こ
れを使い得る人間、それがし除けばただの一人と存じまする。その名は道摩と申す我
が弟子にございまする」
「何!? そなたが弟子とな?」
「ははっ。されど殿を呪詛するなど、もってのほか。あ奴め許してはおけませぬ。さ
れば、それがしに妙案ございますれば、しばしの間お待ち願いまする」
そういうと安倍晴明は懐から一枚の白い紙を取り出すと、あっという間に鳥の形に
引き結んだ。そして、何やら呪文を唱えると、たった今作ったばかりの鳥の形をした
紙つぶてを空に投げ上げたのである。するとどうしたことか、紙つぶては白い鷲に変
わり、大空を飛び始め、やがて一直線に針路を取って飛んで行こうとするではないか。
「おおっ!」と驚愕の声をあげている供の者たちに晴明は、
「それっ、皆の者、あれなるを追うのじゃ! 決して見逃すでないぞ!」
半分あっけにとらわれながらも晴明の一喝に供の者たちは白鷲を追って駆け出した。
供の者どもが行ってしまうと、道長は晴明に、
「晴明、ちと訪ねるがよいか?」
「ははっ。どうぞ、何なりとお尋ねくださいまするよう」
「されば先ほどの白鷲。あれはいったい何じゃ?」
「あれなるは式神と申し変化自在・神出鬼没にして、それがしの手足となって働きま
するものにございますれば、鳥の形に引き結びましたる一枚の紙に、式神乗り移らせ、
殿を呪詛したる我が弟子を探させておる最中にございまする」
「ふうむ。そなたの手足となって働くと申すか。されば、あの式神なるもの、人ひと
り殺すこともできると聞き及んだがどうじゃ?」
「恐れながら申し上げます。我が道の大事にござりますれば、そのこと軽々しく口に
出すことできませぬ。されど、ほかならぬ殿のご下問にござりますれば、お答え申し
上げまする。いと簡単に人ひとり殺すことできませぬが、精神集中させ念ずれば必ず
殺すことできまする」
「うむ、あいわかった。よく答えてくれた。道の大事、あからさまに尋ねたこと許せ」
やがて、しばらくして供の者たちが戻ってくると、先ほど晴明の結んだ鳥の形をし
た白い紙を差し出して、
「白鷲は古びた家に降りたかと思いますると、我らがそばに駆けつけましたる時には、
すでに白鷲の姿なく、これが落ちておりました」
と、いった。晴明は先ほどの一喝とはうって変わった穏やかな口調で、
「大儀であった。それでよいのじゃ。して、その家の場所、しかと覚えておろうな」
「御意にございまする」
それを聞くと晴明は満足そうにうなずき、道長の方へ直り、
「殿、これなる供の者のいう家に住みたる者、捕らえてくださりませ。されば、すべ
て明らかになりまする」
道長は最前からあっけにとられ晴明のいう意味を計りかねたが、
「うむ。さればさっそく、そ奴めを捕らえることにしよう」
果たして晴明の予言どおり藤原道長、呪詛未遂事件の全貌が明らかになることとなっ
た。あばら屋に住んでいた老人は、晴明の言うとおり、その弟子の道摩法師であった。
老法師の自供によれば、道長の栄華を日頃からよく思わなかった藤原顕光(あきみ
つ)に金で雇われて道長を呪詛しようとしたのであった。
かくして藤原道長の呪詛事件は、陰陽師・安倍晴明によって見事看破されたのであっ
た。
<了>
著者注>この作品は『宇治拾遺物語』に掲載されている説話を脚色・現代語訳
したものです。
ただし、陰陽道に関する専門用語は一般の方にとっては些かわかりに
くいものと思いましたので、以下に簡単ながら補注として用語の解説
を添えておきました。ご参考までに。
(補注)
オンミョウドウ
陰陽道・・・元来は陰陽五行説に基づいて天文・暦・吉凶占いを研究したが、
やがて使役する式神を使い、相手を呪詛する術も取り入れられた。
オンミョウジ
陰陽師・・・一般的には陰陽道を司る者をいう。
マジモノ
蠱物・・・まじないをして相手を呪う術、または、呪詛の仕掛。
シキガミ
式神・・・陰陽師が使役する神出鬼没・変化自在の神。陰陽師の命令に従い、
呪詛や吉凶占いを行う。
弾 正