AWC リレーQ>ブッシュ大統領殺人事件(37)  青木無常


        
#1962/3137 空中分解2
★タイトル (GVJ     )  92/ 7/18  19:21  ( 90)
リレーQ>ブッシュ大統領殺人事件(37)  青木無常
★内容
 ロスアンジェルスST16:33。苦痛と快楽がスプラッタムーヴィーのように
リアルに混交する奇怪なマリア像が睨み降ろすのを上目づかいに見やりながら、ス
ヌヌは白い柱門をくぐって教会内部に歩を踏みいれた。祭壇の前で血まみれのキリ
スト像に祈りを捧げていた極彩色の衣装の教父がちらりとふりかえりって汚物でも
見るような視線を向けたのもほんの一瞬。
 「慈悲ぶかきわれらが主の下される審判の日は間近なり。しかして至福の千年王
国の狭き門は開かれぬ」
 ぶつぶつと、まるで呪文のような唱句を教父が口にするのを、スヌヌは祭壇の傍
らに立って耳にしながら無言で待った。
 一拍おいて、キリスト像の台座下部が、ごっ、ごっ、と重い音をたてながら観音
開きに展開しはじめる。
 地下の秘密聖堂へとつづく階段を、スヌヌは緊張にみちた面持ちでくだりはじめ
る。重い音とともにふたたび扉が閉じていくのを、戦慄のはしる背中で感じていた。
これで外界とは隔絶された。ふたたび太陽と神のみ恵みのふりそそぐ地上へと帰る
ことができるのかと、スヌヌは痺れた脳髄のかたすみであきらめたようにため息を
つく。
 発光源のさだかでない燐光に導かれて、曲がりくねった廊下を進んだ。脇には無
数の扉が立ちならんでいるが、その向こうになにが存在するのかは神ならぬスヌヌ
には想像だにできない。否、神でさえ、それを見透すことができたかどうか。ここ
 構造の最奥、無数の異神のレリーフを象った巨大で陰鬱な扉は、手をかけようと
するまでもなく音もなく左右に退いて道を開き、そして悪夢の光景がスヌヌの眼前
に展開した。
 「プレジデント……」
 声に震えが混じるのを抑え切れない。そのことには気づかぬように、スーツに身
をつつんだ大統領はにこやかに微笑んでみせた。
 「今日は調子がいいぞ、スヌヌ。たいてい一日五個が限界だったのに、ほら、こ
れでもう七つめだ」
 ボタンでとめられた腹部から下、Yシャツの裾からはみ出るようにして白く膨れ
あがった昆虫の下腹部の尻から、今しも巨大な卵がぼとぼとと産み落とされるとこ
ろだった。床にはすでにひびの入った六個の卵が粘液にぬれ光っている。最初に産
み落とされたと覚しきひとつはすでにその上半分が殻破られ、彫りの深い暑苦しい
顔つきをした中年西洋人が素っ裸のまま膝を抱えて「MARS! TO MARS!」
とぶつぶつと独り言を口にしていた。
 「大統領。火星計画は思ったほど反響があがっておりません」
 「選挙対策で口にしたつもりはないんだが、たしかにそれは問題だなスヌヌ。火
星は人類にとって想像以上に重要な地だということを君は知っていたか? 早急に
対策をうたねばならん。が、とりあえずそんなことはどうでもいい。問題は、だ」
 「はい」
 答えつつ、スヌヌは目を伏せる。にこやかに微笑むアメリカの象徴の笑顔は、じ
ゅくじゅくと粘液を分泌しながらびくびくとうねる巨大な昆虫の下半身と相まって
できの悪い戯画のようなコントラストを演出していた。
 「コピーが五人、死んだようだな」
 「もうしわけありません。FBIの捜査官に探らせていたのですが……」
 「クーパーか。あれは少々コミカルな部分もあるが、できる男だ。ということは
それだけ敵が侮りがたいというわけか」
 「……これまでに私が得た情報によりますと、複数の暗殺者が動いているようで
す」
 「うむ。まあ何人殺されようと私がこうして一日五個のブッシュを産みつづける
かぎり、なんの痛痒も感じられはしないがな。むしろ大統領選の行く末のほうがよ
ほど余談を許さない」
 スヌヌは無言でちらりとうなずいただけだった。
 重い沈黙がしばし、訪れた。ぶぢゅ、ぐじゅと卵がひり出される音ばかりが、広
大な空間に白々と反響する。
 「大統領」
 意を決したように、スヌヌは上ずった声で呼びかけながら顔をあげた。
 なんだね、と鷹揚な微笑みを浮かべつつ見かえす怪物の視線を受けてふたたび気
弱げに目をそらし、力ない声で聞いた。
 「あなたはいったい……何者なのですか……」
 「そんなことはすでに誰にもわからないよ」ブッシュはにこやかに笑いながら首
を左右にふって見せる。「クローンだのコピーだの生体実験だの女王ブッシュだの
いろいろ言われてきたようだが、そんなことはもうどうでもいいんだ。私はアメリ
カの象徴、ミスター・プレジデント、それでは不満かねスヌヌ?」
 慈顔で問いかけるその両の眼の奥に狂気の光を見て、スヌヌは背筋にはしる悪寒
を抑えきれず、気づかぬうちに思わず二、三歩、後退っていた。
 「いえ……」
 力なくうなだれて言葉を喪失する首席補佐官に、大統領はため息をつきながら両
手を広げて肩をすくめてみせ、
 「私は人類が永いあいだ求めてきて得られなかった神だ」
 その宣告は、先までの口調とはうってかわって凛と響きわたった。まるでその言
 「こうして一日に五個もの分身を量産し、アメリカを、ひいては全世界を平定す
るその日のために基盤を築いているのだ。いまはブッシュが複数存在することは秘
密だが、いずれ私の王国が成った暁には全地に私が君臨し、完璧な統治を開始する
ことになる。慈悲深い神の出現に人類は歓喜の涙を流しつつ平伏し、そしてその時
こそ至福のミレニアムが実現するのだ」
 スヌヌは恐怖に充ちた目で「神」の言葉を耳にした。この男は狂っているのか。
それとも真実、これが神の顕現した姿なのか。この醜い、悪意に充ちた、冗談のよ
うな化物じみた姿をした男が。
 「ところでスヌヌ」と、ふと大統領の顔をとり戻してブッシュは言った。「今夜
の例の会合だが、何時からだったかな? 今日は私自身がひさしぶりに出席しよう
と思っているのだが」
 スヌヌははっと息をのみ、激しく左右に首をふるう。
 「いけませんプレジデント。暗殺者はすでにあの会合のことをかぎつけていると
思われます。危険すぎます」
 「大丈夫だよスヌヌ、心配にはおよばんさ。なにせ私は」とウインクしてみせ、
「神だからな」
 おどけた仕種をしてみせるアメリカの象徴を惚けたように見つめ、スヌヌは長い
ため息をひとつ、ついた。
 「8時からです。特記事項ですが、今夜は日本から外務次官が出席する予定にな
っています。名前は、ヘスケ・カンビャーシとかいいましたが……」
                      (つづけてちょーだい、お願い)




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