#1931/3137 空中分解2
★タイトル (RMM ) 92/ 7/ 6 2:23 ( 57)
Se Florindo e fedele 椿 美枝子
★内容
僕らはいつも二人と一人、同じ季節を眺めてきた。季節の中で二人共、同じ花
を愛でてきた。僕は彼女を愛していたし、彼も彼女を愛していた。彼女の役は、
そんな二人に気付かぬ振りで演じる無邪気な女王。僕らはこの陳腐な構図に嫌気
がさしていたのかもしれない。もしこの構図を壊すなら、僕らが四年の学生生活
を共に終える時に、いや、確実にその時には壊すのだろうと、そんな気がしてい
た。わかっていた事だった。
僕はいつも彼に語った、どんなに彼女と似ているか。
彼はいつも僕に語った、どんなに彼女を愛おしく思うか。
それは僕と彼だけの秘密だったし、二人の間に彼女の事で秘密は無かった。
でも僕はもう教えない。僕の気持ちを語らない。
「何故、僕ではいけなかったの。」
愚問と知りつつ尋ねている。
イタリア名前の喫茶店で彼女と二人きりで会う。こんな事は恐らく、最初で最
後に違いない。
僕でいけないのではなく、彼でなければならないのだと、わかっていながら尋
ねてしまう。
「何故かしらね。」
彼女は呟く。
僕は醜悪だ。
やめてくれ。どんな言葉も憐れみもいらない。いっそひとおもいに嫌いだと、
いや、何の興味も持たないと言ってくれ、忘れたいのだから、君を。ああ、僕は、
君に突き放される為になら何でもしよう、何でも言おう。
「君と彼はちっとも似ていない。エゴイストでナルシスト。かけらも人を思いや
らずにいつも傷付ける。一人を深く愛する事が不可能で、同時に何人にでも恋を
して、一人だけ特別な人がいるとしたらそれは、執着でしかないんだ。君は僕と、
そっくりだ。君は彼と、正反対だ。」
「正反対よ。」
彼女が言葉を引き取る。
「私に無い物を、彼は持っている。私の心を、埋めてくれる。あなたとだと、私、
共鳴してしまう。寂しさは倍になって、いつまでたっても救われない。あなたと
私は、そっくりよ。」
僕の心の共鳴板が切なく響く。きっと、今、君の心も。僕らはそっくりなんだ。
喫茶店のスピーカーからは古いイタリア歌曲が連なって流れる。その一つにき
き耳を立て、あ、と声をあげ、彼女は言う。
、
「Se Florindo e fedele。」
イタリア語なんて、僕がわかるものか。不満げな眉に彼女は弁解する。
、
「Scarlatti のアリエッタ、Se Florindo e fedeleよ、もしフロリンドが誠実なら、」
そして彼女は後の言葉をエスプレッソと一緒に飲み込んだ。
僕は尋ねなかった。彼女の続ける言葉がその時、聞こえた様な気がしたから。
「私は恋をするでしょう。」
君は、恋を、しただろう。
わかった、もういい、もう、充分だ。
過ぎた事だ。
過ぎた日だ。
1992.06.17.17:20
Fine
楽理という仇名 こと 椿 美枝子