AWC 囚人道路                遊 遊遊遊


        
#1896/3137 空中分解2
★タイトル (PPB     )  92/ 6/28   0:15  ( 72)
囚人道路                遊 遊遊遊
★内容

 やっと、俺を見つけてくれた。 オホーツク海から、かすかに潮風が届く。
 暖かい!

 あの時は、流氷が接岸したものすごく寒い日だった。俺たちは、たたき起こ
された。今日も生きている。残飯をかきこみ、ムチで追われるようにして工事
現場に連れていかれた。今日もまた苦しい作業が始まった。俺は風邪を引いて
いた。熱もあった。看守に云おうとしたがやめた。ムチが返ってくるだけなの
は分かっていたからだ。よろよろしながら俺は作業についた。

 俺たちは、道路を作っているのだ。北見山地・石狩山地・日高山脈と連なる
山々が、北海道を東西に分断している。明治新政府は北海道開拓に力をいれた。
 屯田兵や開拓民を入れ、しゃにむに開拓を押し進めていた。だが、ひぐまが
横行する山地や大森林の伐採は、やわな人間のできることではない。まず、道
路をつけなければならない。政府は俺たちのような囚人をフルに使った。俺た
ちの先輩は網走に監獄を作った。その監獄で、俺は495号、名はない。

 俺の先祖は、代々江戸に住んでいた。それが明治維新で何もかもメチャクチ
ャになった。これでも、俺は士族のはしくれなのだ。生活のために俺は恥も外
聞もかなぐり捨てて、俥引きをやっていた。商人の客を乗せて料亭に行った。
引き返そうとしたら、先程の客が俺を呼んでいる。心付けでも呉れるのかなと
さもしい根性で俺は戻った。

 「財布を俥の中に置き忘れたんだが・・・」
 「エッ」
 「財布があっただろうが・・・」
 「イイエッ、何もお忘れではありませんが・・・」
 「おまえ、ひとさまの財布をネコババする気かね」
 「とんでもありません、何も忘れ物はありま・・・・」
 俺の頬に、商人の平手打ちが飛んできた。
 「何をするんですか」
 「やかましいっ、この盗人めっ」
 二度目の平手打ちが飛んできた。
 俺は怒りで我を忘れてしまっていた。気が付いたら客を投げ飛ばしていた。

 商人の客は怪我をした。商人の相手は新政府の役人だった。その場で俺はポ
リスに捕らえられた。後手にねじり上げられて、拷問された。ひとことの弁明
も聞いてもらえなかった。急いで走り去ろうとしたのが、動かぬ証拠とされた。

 そのまま、俺は網走監獄につれてこられた。無罪を主張すればするほど、反
抗的の烙印を押され、そのたびにムチが飛んできた。ここでは、看守は神様や
仏さまより上の絶対権力者なのだ。人はみんな弱者には強い。看守たちにとっ
ても酷寒の網走生活は辛い。彼らの不満は囚人たちに向けられた。囚人をいた
ぶることで、彼らの優越感が確かめられた。囚人たちは悪人であり、それを懲
らしめる看守は正義を実行する人だった。

 囚人が冤罪か否かは、看守たちにとっては関係のないことだった。囚人が怪
我をしても、死んでも彼らの責任は問われなかった。工事の進捗だけが彼らの
気にかかることだった。ムチをふるえば工事は進んだ。

 炎天下で、酷寒の凍結した現場で、バタバタと囚人が倒れていった。死んだ
囚人は弔いもなく、工事中の道路わきに埋められていった。反抗的なものは怪
我だけで埋められた。怪我の治療などをしているひまはないのだ。反抗者のみ
せしめにもなった。こうして、網走から峠に向けて、「囚人道路」がつけられ
ていった。

 明治・大正・昭和と使われてきた囚人道路が舗装されることになった。昭和
も50年代になってからである。拡幅と舗装のために道を掘り返す作業現場か
ら続々と白骨が出てきた。道と工事関係者が峠に慰霊塔を建て囚人たちの霊を
なぐさめているが、すべての骨を拾っているわけではない。無念のうらみを抱
き今も地に埋められふるえている、俺の仲間たちがいる。

 俺は風邪の熱で、ふらふらと作業をしていた。それが、看守にはふてくされ
た態度に見えたのかもしれない。ムチが何回も飛んできた。もう、痛みも感じ
なくなっていた。俺は作業をはずされて、道端に転がされた。あれから100
年近くも眠っている。

 俺は、後手に手錠をはめられた白骨姿で発見された。

            1992−06−28   遊 遊遊遊(名古屋)






前のメッセージ 次のメッセージ 
「空中分解2」一覧 遊遊遊遊の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE