#1824/3137 空中分解2
★タイトル (TEM ) 92/ 6/18 7:25 ( 34)
身も心も うちだ
★内容
やあ、桜子。久しぶり、1週間ぶりかな。君はいつも約束の時間ぴったりに来
てくれるね。今日は天気がいいから、その辺を散歩でもして話そうよ。
・・以前にさ、桜子が言ったんだよね。
「アナログ時計のチクタクいう音は心音みたいで好き。」
って。でもあれ、中見たことある?小さなゼンマイや、ねじでギッシリ詰まっ
てて、とても精巧だったよ。それこそメカニックだったんだ。
「デジタル時計は嫌いなの。」
とも君は言ったよね。でもほら、これを見ればそんな考えも変わるよ。分かる
かい?だいぶ様変わりしたけど、この時計。去年買った、あのデジタル時計な
んだよ。一昨日、酔って帰った日、電車のドアで左腕を挟んだんだ。時計が当
たった内側が痛かったけど、そのまま放ったらかして寝ちゃって、朝、気がつ
いたらこうなんだ。
きれいだろう?灰色だった文字板は薔薇色にけむって光ってる。数字の点滅
はピジョンブラッドの赤!ああ、まったく、うっとりしちゃうよ。きっと一昨
日、時計の内側の部分が衝撃で壊れて、僕の皮膚の傷ついたところと繋がっちゃ
ったんだと思う。液晶体が入ってた部分に、僕の血液が流れてるんだろうな。
え?大丈夫だよ。痛くないってば。心配はいらないよ。
昔、桜子と“人の生きる意味”や“自分は何なのか”とかの哲学的な議論になっ
たっけ。ずいぶんノートを交換した頃があったよね。仕舞いには“【哲学】ど
こからともなく出てきて、どこへも通じない、数多くの道から成る1本の道”
なんてのをA・ビアスの『悪魔の辞典』から引っ張り出して終わりにしたんじゃ
僕は答えを見付けてしまったんだ。だってこの時計は僕だから、時計でもある
僕はこうして時を刻んで表示できることで、もう生きている歓びを感じること
ができる。それが生きる意味で、僕は時計。ああ、なんてシンプルな生き方な
んだろう。ほんと、うっとりしてしまうよ。僕はもう、昔みたいな無駄な議論
で日々悩まないで暮らせる。桜子、君なら分かってくれるだろう?これがどん
なに素晴らしいことなのか。・・どうしたんだ桜子?・・あっ、なぜ全力疾走
する!? まだ1時36分25秒じゃないか。桜子、待ってくれ。置いていかな
いでくれ。桜子ーっ、待て!
またんか、このアマーーッ!!!!!!!
おわり