#1757/3137 空中分解2
★タイトル (UYD ) 92/ 6/ 2 14:30 ( 88)
バンコク楽宮旅社にて KEKE
★内容
バンコクの宿は楽宮旅社と決まっていた。
この宿はすこぶる有名である。谷恒生の『バンコク楽宮ホテル』の題材になっ
た宿だ。また集英社の雑誌に取り上げられたこともある。
場所はバンコク中央駅(ファランポン)沿いの運河を渡ったところにある。
そのあたりはヤワラーと呼ばれる中華街だ。
細長い建物の三階と四階がホテルになっている。
廊下が中央をはしっていて、両サイドに部屋があるという、よくある形式のも
のだ。部屋は四十もあったろうか。泊まっているのは、そのほとんどが、日本
人の貧乏旅行者である。かくいう私もそのひとりだったわけだ。
部屋の内部はだいたい六畳くらいだろうか。セミダブルの古びたベッドが中
央にドンとあって、隅には簡単なシャワーの設備がある。そして天井には今に
も壊れてはじけとびそうな、大きな扇風機がいきおいよく回っている。
壁は古び、ひび割れ、汚くなっている。あまつさえ落書きまでかいてある。
どういうわけか、窓には鉄格子がはまっていた。
半ば崩壊しかかっているような雰囲気である。
宿賃は六十バーツだった。当時一バーツ十円だったから、六百円というわ
けだ。いくらタイの物価が安いといっても、たった六百円ではろくな宿にはと
まれない。バンコクでも最底辺クラスの宿である。
一階から、トントンとかけあがって四階にいくと、ホテルのマネージャーよ
り先に、女達が待ち受けていた。
「コンニチハ」
「ヨクキタナ」
カタコトの日本語で口々に歓迎の言葉をのべてくれる。
彼女らは、プロの女たち、いわゆる娼婦である。
このような安宿には、娼婦はつきものなのだ。
彼女たち、昼間はひまなので廊下や部屋でぶらぶらしている。
だから、新入りがやって来ると、彼女らのかっこうのひまつぶしの種になるの
だった。
インドから帰ってきたようなすれっからしは、適当にあしらうだろうが、日
本から初めてやって来た者は、、どうしていいのか分からず、小さくなってい
る。
私も初めてこの宿にやって来たときはそうだった。
いきなり四、五人の女たちに囲まれて肝をつぶした。
なにしろ薄着一枚着ただけの女に囲まれているのだ。なかには下着だけの女
もいる。目のやり場に困る。胸がドキドキする。
もちろんどういう種類の女か、見当はついている。
(お金さえ払えばこの娘らと・・・。)
そう思えばおもわず下半身が熱くなるというものだ。
「ハロー、こんにちは、ワタシ日本人。KEKEとイイマス」
彼女たちにつられて、いつの間にか、妙な抑揚のついた日本語をしゃべってし
まう。
ところが、彼女たちはキョトンとしている。
それで、彼女たちがしゃべれるのはあいさつの言葉だけと分かったわけだ。
見渡せば、なかなか顔立ちのいい娘もいる。言えるのは、皆若いということ
だ。十四、五からせいぜい二十歳くらいのようだ。
(むひひひひ、今夜ガンバルもんね・・・。)
そんなことを考えてニタニタしていると、そこに、女たちをかきわけ、ホテ
ルのマネージャーがやってきた。
マネージャーとは、片言の英語で話す。
部屋はあるか、いくらか、何日泊まるか。
聞くことは決まっている。
すぐ話はついた。
バックパックを担ぎ、部屋へ案内してもらう。
(汚い部屋だな)
部屋に入り、なかを見回して、最初に思ったのはそれだった。
(まあ、値段が値段だからな。)
いくら日本の私の部屋が汚いといっても、ここまでではない。
でも不思議なもので、人間というやつはなんにでも慣れてしまうんだね。
こんな部屋でも、一週間、二週間と住んでいるうちに、何とも感じなくなって
しまった。
むしろいたって愛着を感じるようになったんだから、人間とは変なものだ。
ところで、例の女たちとは、結局遊ばなかった。いや、別に私がゴセイケツ
だったからではない。
宿に泊まっている日本人の、かなりの人が性病にかかっているのに気がつい
たからだ。そして、その原因にも。
性病といっても、別に淋病程度のことでビビったわけではない。
そんなもん、注射一本打てば終いである。
ローソク病という性病があるそうである。かかるとチンチンの先からとろと
ろと溶け出し、終いには筋が残るだけという、おそるべき性病である。
これにかかっている人がいたのだ。
その人は、抗生物質の錠剤を細かく砕いて粉状にしたものを、チンチンにふり
かけて直そうとしていたが、どうも結果ははかばかしくないようであった。
「どうです。大丈夫ですか。」
と私が尋ねると、
「なかなかですな、ははは」
と、その人は弱々しく笑った。
これでは、さすがの私も弱気になろうというものである。