AWC タコモドキの恐怖+   紫明


        
#1755/3137 空中分解2
★タイトル (PXB     )  92/ 6/ 2   2:22  (117)
タコモドキの恐怖+   紫明
★内容

1 真木家にて

 平穏な土曜日の午後、陽はまだ高く、空には雲一つなく晴れ渡っている。
 聖はディスプレイに向かい合い、キーボードを叩いていた。
 机の上に置いてあるのはクラッシクと古びた手記。手記の表紙には「ジョン・ディー博士の翻訳によるネクロノミコン」と「夏目金之助」の文字が見える。
 扉を開けて真っ白な猫が聖の部屋に入って来る。
 猫の名は雪姫という。何やら急な用事があるらしく、彼女は物言いたげな目でしきりと聖を見つめている。
「桜屋敷の方かい」
 聖も事情を察したらしく、雪姫へと視線を移す。
「うみゃあ」
 雪姫は一声鳴いた後、器用にうなづいた。
 聖が椅子から腰を上げたその時、玄関のチャイムが訪問者の存在を告げる。
「雪姫」
「みゃあ!」
 顔を見合わせた後、聖は雪姫を抱いて駆け出した。
 期待と恐怖の混ざりあった、不可解な感情を楽しみながら聖は階段を駆け下って玄関の扉を開ける。
 ドアの向こう側に聖と同じぐらい年格好の少年が立っている。
 残念な事に少年はは聖の待ち人ではない。聖の顔にうっすらと失望の色が浮かび上がる。
「聖、いるかい」
「いるけどね……」
「人類がピンチなんだよっ」
 少年は見事なまでにパニックに陥っている。
「落ち着けよ、廻」
「落ちついてなんかいられないよ、混沌の邪神が復活したのに」
 その瞬間、沈黙が世界を支配した。
「で、何をどうしたんだ」
 聖は不信を露にして、少年、廻に事情に問いただした。無論、混沌の邪神が復活したと、頭から信じる方が問題ではある。
「封じの壷の、封印の札を剥がしちゃったんだ」
「それで」
「封印の壷から三十センチくらいのタコモドキが出て来て……」
「どうなったんだ」
「あさっての方向に飛んでいっちゃった」
 廻の慌て様からみて、信じたくはないがタコモドキが復活したのは事実らしい。
「事情は解った。で、僕に何をしろと言うんだ」
 聖はあくまで冷静である。
「どーしてそー冷静でいられるわけ。親が連れ戻しにきたらどーするんだよっ」
「おもしろいじゃないか」
 あわてふためく廻と対照的に、聖はあくまでも他人事のように落ち着いている。
「言われてみれば確かに……」
「だろ」
 聖の言葉で、廻なんとかも状況を楽しむ余裕ができたらしい。
「うみゃあ」
 こっそり出ていこうとする雪姫の尻尾を、聖が右手でしっかりとつかむ。
「雪姫、夕夏さんに告げ口する気だろ」
 聖はにっこりと微笑んでいる。聖の口からでた「夕夏」とは桜姫その人の名である。
 もともと「猫魔雪姫」は桜姫の懐刀であるが、少なからず事情があって三代目雪姫は聖の家に住み着いているのである。
「うみゃみゃみゃあ」
 雪姫の必死の努力にもかかわらず、彼女の尻尾は聖の手から抜ける気配はない。
「ずるいなー、雪姫は。自分だけいい子になろうとして」
 このコメントは廻。もはや、完全に開き直っている。
「こんにちわー」
 肩まで伸びた髪をのぞけば、廻に非常によく似た姿の少女の声が真木家の玄関に響く。 少女の姿を見た瞬間、雪姫と廻が凍りついた。
「廻がお邪魔してませんか」
「誰か邪魔だって」
 一瞬の間、少年と少女の間に冷たい敵意が生じる。この二人は双子であり、不具戴天の仇敵同士であった。
「やっぱりいたわね」
「聖と相談してたんだよ」
 廻がむきになって姉に返事をする。
「ふぅーん、それで結論はでたの」
「今回は任してくれないかな、真文理さん」
 聖が自信ありげに答える。無論、根拠などない。
「いーの、そんな事言って」
 廻が心配そうに聖を見るが、聖はなぜか自信に溢れている。
「大丈夫、むこうさんの行方は解ってるから」
「解ってるって……」
「目的地は海、一番簡単な方法は」
「川下り、かな」
「じゃ、重川の河口で待ってればいーわけだ」
 それだけ言い残して、聖が家の奥に歩いていく。
「大丈夫だと思う」
「全然思わない……」
 真文理が尋ね、廻は心もとない返事を返す。
 双子がそうこう言っているうちに、聖は網のでっかい奴を持って帰って来た。
「一つ聞いていいかな」
 網を何に使うか解らない廻は、不思議なものを見る目をして聖に尋ねる。
「何を」
「何に使うわけ、その網」
「タコモドキを捕まえるのに決まってるだろう」
 聖は至極当然のように答える。
「どーやって捕まえるの」
 今度は少女が尋ねる。
「こーやってすくいとるんだよ」
 聖が慣れない手付きで、網を使ってみせる。廻と真文理は真剣に不安になった。
「本当にそれで捕まると思うの」
 真文理がおそるおそる本気なのか、聖に訊ねてみる。
「転移もできないほど衰弱してるんだろ」
「なるほど」
 確かにそういう考え方もできない事はない。
「じゃ、私も一緒に行くから、ちょっと待っててね」
 廻としてはそれだけは止めて欲しかった。が、残念な事に少女の参加を拒む理由は見いだせなかった。いくら脳天気でお気楽な廻でも、目的の為には手段を選ばない真文理の性格にはついていけなかったのである。
「いやだよ」
 廻がせめてもの抵抗を試みる。万が一の奇跡にかけたと言っても良いだろう。
「忘れ物を取りに帰るだけよ」
「だ、か、ら、待つのがいやなんじゃなくて、姉さんと行動するのが嫌なの」
 廻は真文理が諦めてくれる事を、運命という名の魔女に真剣に祈った。
「なんで」
「忘れ物って、あれだろ」
「そうよ」
「これ以上、旧神の超兵器で人類の未来を弄ばないでよ」
「生態系の安定も考えないで、繁殖し続けてる人類よりましでしょう」
 真文理が平然と答える。
「じゃ、待っててよ」
 真文理はそれだけ言い残すと、雪姫を抱いて出て行った。
「何で旧神の超兵器なんか持ってるんだ」
「詳しい事は姉さんに聞いてよ。僕も知らないんだから」
 廻は聖の質問に迷惑そうに答え、そのまましばらく黙り込んだ。




前のメッセージ 次のメッセージ 
「空中分解2」一覧 紫明の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE