#1753/3137 空中分解2
★タイトル (TVE ) 92/ 6/ 1 23:29 (158)
【祭り】 /はやてつかさ
★内容
子供が笑った。
僕の顔を見て。
笑い返してやると今度は、照れた顔をして母親の影に隠れてしまった。目だけを
僕に向けながら。その子の母親は私の方を見て、どうもすいませんと謝るので、構
いませんよと返事をすると、我が子にしょうがないわねという顔をして私の方に近
付いて来た。
「じゃ、あの、1ついただけますか?この娘ったらもう、甘いものが大好きで」
「はは。子供はみんなそうですよ。はい、お嬢ちゃん」赤い着物を着た女の子に、
とびきり大きいわた菓子を私はあげた。
「あやちゃん、ちゃんと御礼を言いなさい」
「どうもありがとう!」
「うん。元気のいい素直な娘だ」
「ふふ、それだけしか取柄がなくて」
喧噪の中に消えていく親子を見ながら、また回って来ないかと私は内心楽しみに
していたが、どうやらそのまま帰ってしまったらしい。ただ、顔よりも大きいわた
菓子を、喜んで食べているあやちゃんの姿を思うだけで楽しい1日になった。祭り
の出店が大好きでこの商売を始め、子供を見るたびに自分の幼いころを思い出して
しまう。あれがほしい、これがほしいで、よく親を困らせたものだ。
夜7時を過ぎ、私は閉店の準備にとりかかった。今夜はこのまま大阪に向かうつ
もりだったのだ。稼ぎ時という祭りの多い時期があって、それを逃すと生活が苦し
くなる。1年のスケジュールはほぼ決まっていて、全国を移動しながら経営してい
くのが、この商売の常道だ。
荷物を一通り車の中に入れ、売れ残りを始末しようとしたときだった。道路の反
対側のマンションからおさげのあやちゃんが出てきた。道路を横断して、そのまま
神社の方に向かって私の前を通りすぎて行くと、しばらく立ち止まって頭をキョロ
キョロ動かしている。境内は祭り用の提灯も消され、開いている店はもうない。
「あやちゃんどうしたんだい。1人でいたらあぶないだろ」私が声をかけると、あ
やちゃんはキョトンとして顔をこちらに向けた。キョトンとしていたのは一瞬で、
私を見るとすぐ大きな笑顔をつくって、こちらに走ってきた。
「1つください!」あやちゃんが大きな声で言った。左手をだして200円を見せ
ている。私は嬉しかった。200円を小さな手から受けとると、余っているからと
言ってわた菓子を2つわたしてあげた。
「どうもありがとう!」とびきりの笑顔を見せてくれる小さな天使に、私は照れ笑
いを浮かべながら車に乗り込んだ。エンジンをかけて窓を開ける。
「じゃ、また来年ね」私が言うと、あやちゃんの表情が変わった。じっと何かを耐
えている。いきなり変わった雰囲気にどう対応すればいいのか迷っていたとき、あ
やちゃんの母親が走って来るのが見えた。
「あやちゃんどうしたの?遅いから心配したじゃない。あら、2つも持って、それ
はどうしたの?」
「あ、いえ、奥さん。もう閉店ですから余ったのをあげたのです」私はあやちゃん
をかばうように言ってあげた。母が頭をさげて礼を言う。
「すいません。この娘はもう…」
「いえいえ、気にしないでください。では、私はそろそろ出発しないと…」
「お兄ちゃん行っちゃやだ!行っちゃダメだよ!ねっ、明日もお祭りしよう。あや、
わた菓子食べたい!ねっ、お兄ちゃん!」閉めかけた窓に向かってあやちゃんが叫
んだ。顔を涙で濡らして、必死に私に叫びかけていた。危機せまるものを感じるほ
どに、本気で懇願しているように。
「ごめんねあやちゃん。また来年逢おうね」
「あやちゃんわがまま言わないの。今年のお祭りは終わったのよ。お兄ちゃんにも
都合があるの」
「やだ、やだ、待てないよ!もっと外に出たいもん!お兄ちゃん行っちゃやだ!わ
ーーーーーっ」とうとう大声を出して泣き出してしまった。私は何も言うことがな
く、ただ見守るしかなかった。
「ごめんなさいね。うちの娘は事情があって外には出さないようにしていまして。
ただそれだとかわいそうなので、お祭りの日だけは外で遊ばせていますの…」母が
あやちゃんをなだめながら言った。私は言っている意味がよくわからなかった。
「なにか特別な病気なのですか?」素直に口に出てしまった質問に、誰も答えては
くれなかった。バツの悪い思いでいると、あやちゃんが言った。
「お兄ちゃん絶対だよ。絶対に来年も来てね。お祭りやってね。あや、お祭り大好
きなの。お兄ちゃん絶対来てね。約束だよ!」
「ああ、必ず来るとも。あやちゃんのために必ず来るよ」私はあやちゃんの涙をす
くいながら約束した。小さな顔に少しづつ笑顔が戻ってくるのがわかる。
「約束だよーーー!!」私はバックミラーにあやちゃんの姿をいつまでも残しなが
ら車を走らせた。早く来年がくるように祈りながら。
「それは本当のことなのか!?」
「あぁ。ボヤで済んだらしいけどな。これじゃ祭りは無理だよ」
私は驚愕した。あやちゃんと別れてから一年が経ち、再び向かおうとした二日前
のことだった。仲間の話によると神社で火事があったらしく、今年の祭りは中止に
なったと言うのだ。信じられない。信じたくない!
「しょうがない。今年は別のルートでまわるか」
「いや、おれは行く」
「行ったって祭りはやってないぜ。どうするんだよ」
「どうしても行かなきゃならないんだ。おれのことはいいから、先にそっちの祭り
の方に行っててくれ」私はそう言うと車に乗り込んだ。この一年間、あやちゃんに
逢えるのを楽しみにしていたのだ。自分を待っていてくれる人がいる。自分の作っ
たわた菓子を楽しみにして待っている。一年にたった一度だけ外に出られる祭りの
日をあやちゃんが待っている。
私はアクセルを踏んだ。高速道路の外灯が光の筋になって流れていく。単調な運
転のなかで、私は一年間を振り返って思い描いていた。あやちゃんの出逢いから仕
事が楽しくなったのを覚えている。それまでも仕事は楽しんでやっていたが、自分
を待つ人がいるということがどれほど嬉しかったことか。初めて仕事に自信が持て
たのはあやちゃんのおかげだった。可愛そうに、まだ六、七歳のあやちゃんが病気
だというのも信じられない。遊び盛りの子供が一年も家の中に閉じ込められている
なんて。学校も行ってないだろうし、友達もいないのだろう。それだけ年に一度の
お祭りを楽しみにしているのだ。中止だなんてとんでもない!あやちゃんだけには、
あやちゃんだけにでもお祭りをしてやりたい。私は高速のインターで一泊すると、
再び車を走らせた。もうすぐであやちゃんの街に着く。なぜか鼓動が速くなったよ
うだ。逢える嬉しさか、不安なのかはわからないが…。
昼頃になって神社に到着した。聞いてた通り、火事があったらしい。一部が黒く
焼け焦げている。そういえばここに来る途中に、祭りが中止になったという知らせ
のチラシが貼ってあるのを時々見かけた。私はそれでも納得がいかず、祭りを主催
する事務所の方に行ってみることにした。例年なら事務所で場所決めや、料金など
を手続きすることになっている。ムイライラしながら渋滞の中を進んで行き、2時
間かけて到着した。私は車を下りるとドアの前まで歩いていき、ためらいもなくド
アを開けた。
「ごめんください。山下さんはいらっしゃいますか?」
「あら、お祭りの連盟の方ね。残念だけど今年は中止になったのよ」
「聞いております。しかし私は納得いきません。是非、会長とお話させて下さい」
私は一歩も譲らずに言った。なんとしてでもお祭りをやらなくてはいけない。私は
それが義務のように責任を感じていたのだ。
「お気持はわかります。私も年に一度の行司を楽しみにしていたのですから。でも、
社に不幸があったというのに、お祭りをやるわけには…」
「それはわかっています。しかし、お祭りだけを楽しみにしている子だっているん
ですよ!その子からお祭りを取ったら何も楽しみがなくなります。生きる楽しみが
なくなってしまうんです!」私は声を荒げて言った。つい興奮してしまって、相手
が驚いた表情をしているのを見て我に返った。
「ただいま主人は出かけておりますので、話はまたあとでということでいかがです
か?」
「どうも失礼しました」私はあとも振り返らずに事務所を出て行った。最初から無
理なのはわかっていたのだ。どうすることも出来ない自分に腹がたつ。一体どうす
ればいいんだ。どうすれば…。
気が付くと神社の前に戻っていた。外はすでに日が暮れている。私は運転席のシ
ートを倒して横になった。いつもなら明日のために設営をしている時間だろう。そ
う考えると泣きたくなった。あやちゃんは私のことを覚えているだろうか。いや、
私のことは忘れてもお祭りの日は忘れないだろう。忘れてくれればいいのに…。あ
あ、なんて言えばいいんだ。どうすればいいんだ。あやちゃんを悲しませないため
にも、何か出来ないのか!
夜が明けてきた。私は車の外に出ると店の準備を始めることにした。お祭りなん
てなくてもいい。せめて私だけでも店を出して、それにあやちゃんが気付いてくれ
れば…。私はそう考えていたのだ。わた菓子と書かれた幟を上げて、早速、作り始
める。祭りの提灯も、去年のような賑わいもないが、それでも私は出来たわた菓子
を色とりどりの袋につめて、いくつも店頭に並べた。そして待った…。
昼を過ぎたころ、私は彼女に声にはっとした。
「ああ!ほら、わた菓子だ!あやの好きなわた菓子だよ!お兄ちゃんが来てるの、
約束したもん!」
「あやちゃん!」私は感激した。約束を覚えていてくれたのだ。私を覚えていてく
れたのだ。一年間待っていてくれたのだ!あやちゃんは去年と同じ着物を着ていた
が、少し痩せたようなカンがあった。しかし、純真な笑顔は比べものにならないほ
ど美しくなり、去年以上に愛くるしい。
「お兄ちゃーん!」隣にいた母の腕を振りほどいて、あやちゃんは私に向かって走
ってきた。その瞬間に体が、赤い着物をまとった小さな体が宙に舞い上がった。続
けて急ブレーキの音と、母親の悲鳴が上がる。
あやちゃんは私の前に転がってきて、そのまま死んだ……。
初夏の風が漂う中、私はまたこの街に来た。花束とわた菓子を両手に抱えて歩い
て行くと、すでに女性がそこに来ており、こっちを見て頭を下げた。
「今年も来てくださいましたのね」
「えぇ。来年もさ来年も来るつもりです。この娘のいる限り」
「ありがとうございます。あやもきつて喜んでいますわ」
私は墓石に持ってきたものを添えると、しばらく黙祷をした。
「あやのたった独りの友達が、あなたのような方で私も嬉しいわ。あやにとっては
兄のような、…父親のような存在だつたのかも知れませんね」
「そんな…。私はただ…」
「あら、どうぞこれをお使いになって下さい」
知らぬ間に涙がこぼれたらしい。私はハンカチを受け取ると、軽く目のあたりを
拭った。たしか去年もこのハンカチを借りたような気がする。赤い色をしたこのハ
ンカチを…。
END