AWC 十五年大陸(終) おうざき


        
#1719/3137 空中分解2
★タイトル (UCB     )  92/ 5/18  22: 5  (100)
十五年大陸(終) おうざき
★内容
「前方、いえ真下に対人反応! 今! 通りすぎたわ!」
 ケンは、無言で操縦レバーをひねり、ナンバーフォーティーを旋回させた。

 減速から着陸へ。
「最初に反応があったのはここなの。間違いないわ」
 私たちは、ナンバーフォーティーから下りて、着陸した大地に立っていた。
 近くに川が流れていて、そのせせらぎが聞こえてくる。
 ナンバーフォーティーは、機体のあちこちに、木の破片や葉を噛みこんでいる。
 ケンが、それを外しにかかった。
 私は、川に歩いていって、そのほとりに膝をついた。
 水は透明で、川底までくっきり透けて見える。
 角度を変えると、それは鏡となり、天空の緑の天井が、川底の奥にそびえてい
るかのように、水面に映る。
 水をすくって、飲んでみた。
 ボードレールの、製造された水とちがって、冷たくておいしい。
 地球の人も、きっとこんな匂いの水を飲んで暮らしているんだわ。
 感慨にふけっている私に、ケンが何か言っている。
 人間は見つかったかい、とか何とか言っているようだ。
 彼の方に顔を向けかけた私は、何かの気配を感じた。
 立ち上がって、周囲を見回す。
 私の視線は、二回半往復して止まった。
 木立ちの影に、体を半分隠している人間がいる。
 全身が総毛だった。悲鳴を上げそうになるのを、精神力で飲み込む。
 どうしよう。
 ケンを見たら、あいかわらずナンバーフォーティーの掃除に取り組んでいる。
 視線を戻すと、その人物が、私に向かって走ってくるのが見えた。
「ママ!」
 身構える暇もなく、その人物は、叫ぶと私の胸に飛び込んできた。
 私と同じ色の髪の毛を持った女の子。
「えっ、えっ?」
 反射的に腕を上げた私は、その子を抱き止める形になった。
「ごめんなさい、あた、あたし、ママが帰って来てくれたんだと思って」
 私は、とまどっていた。
 この十代半ばの女の子は、よく見ると私によく似ている。
 私は、彼女が泣きやむと、聞かずにはいられなかった。
「お嬢ちゃん、名前は何ていうの」
「ジョアン・シュリーマン、ていいます」
 私の隣にいたケンが、何かを聞こうとして身をのりだした。
 その先回りをして、ジョアンは言った。
「私、アルベルト・シュリーマンとマリア・フォイエルバッハの娘なんです」
 知らない人が来たら、こう言う事に決めていたかのような、はっきりとした口
調だった。
「あ、ああっ、ジョアン!」
 この子は、私の従姉妹なんだ。
 私はもう、胸が一杯になって、彼女を抱きしめていた。
 心の中を、情報図書館での記録検索の日から移住調査局への就職の思い出、バ
ビロンへの飛行、枝にぶら下がったナンバースリー、おばさまの面影や、目の前
にいるジョアンが、ぐるぐると渦をまいていた。
 絶望視されていた、ナンバースリーの二人の男女は、この大地で生き延びてい
たんだ。
 そしてジョアンが生まれて。
「私、調査艇の乗組員が、なぜ男女のペアで構成されているのか、分かったよう
な気がする」
「え、ロッテ、何か言った?」
 ケンにそう言われて、心に浮かんだ事を口にしてしまった自分に気づいて、私
は耳まで真っ赤になった。
「な、何でもないの」
 ジョアンを離すと、強引に話題を変える。
「ね、ジョアン。お父様やお母様と、お話がしたいんだけど、案内してもらえる
かしら」
 そう言われたジョアンは、下を向いて黙りこんだ。
「ジョアン?」
 私とケンは、不審な視線を交わしあった。
 ゆうに十秒はたっただろう。
「パパもママも、今はもう」
 私の体から、力がするすると抜けていった。
 ケンが駆けよって支えてくれなかったら、その場にへたりこんでいただろう。
「遅かった、遅すぎた! おばさま、一度でいい、話をしたかったのに」
 涙が止まらない。
 私は、ケンの胸にすがって、力の限り泣いた。

 ナンバーフォーティーは、三人を乗せて、「バビロンの空中庭園」を飛び立っ
た。
 画面から映る光景を、ジョアンは目を輝かせて見つめている。
 生まれて初めて目にする光景に。
 森を抜けて、白いガスの世界へ。
 ガスの世界から、成層圏へ。
 眼前に、ボードレールのシルエットが浮かんでくる。
 ジョアンが歓声をあげる。
 私は、遠ざかる緑色の斑点を、ずっと見つめていた。
 それはもう、たくさんの斑点の中にまぎれて、気を抜くとどれがどれだか分か
らなくなるほど、小さくなっていた。
 私は、ジョアンの頭をなでながら、大きく息をついた。
 ナンバースリーの若い二人は、どんな気持ちで、あの大地に一歩をしるしたの
だろう。
 自然以外に何もないあの大陸で、一体どんな営みをしていたのだろう。
 だが、もうそれを本人たちから聞く事はできない。
「終わったのね、何もかも」
「終わった? これから始まると、僕は思うよ」
 私は、ぼんやりと彼の方を向いた。
「始まるって、何が始まるというの」
 彼は通信機に手をのばした。
「ナンバーフォーティーより通信報告。本機は高圧ガスの中にある緑色の物体に
突入を試みた。その結果、報告すべき、きわめて重要ないくつかの謎を解明した」
 いったん通信機を切ると、ハインリッヒ・ケンビスは、私とジョアンに微笑を
向けた。
「全てがだよ、ロッテ」
 ナンバーフォーティーは、ボードレールに向かって、風のように加速していっ
た。
                               <おわり>




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