AWC 十五年大陸(3) おうざき


        
#1717/3137 空中分解2
★タイトル (UCB     )  92/ 5/18  21:48  (100)
十五年大陸(3) おうざき
★内容
 彼の腕が伸びてきて、私を抱いた。
 あたたかい。
 これって、恋だろうか?
 そう、きっと、そうね。

 結局、私は彼にくっついて、移住調査局に入った。
 私は、いつしか彼の事をケンと呼ぶようになっていた。
 ハインリッヒ・ケンビスのケンだ。
 ファーストネームを呼ぶのは、やはり気恥ずかしかったから。
 でも、ケンを慕う心だけは、誰よりも強かった。
 「好き」「愛している」という言葉を交わした事はなくても、あの日、情報図
書館で、私たちの心はしっかりと結びついていた。
 いつでも、彼のそばにいたかった。
 月並みなわりに贅沢なその願いは、就職して一年後に現実になった。
 新型調査艇ナンバーフォーティーに、ケンは操縦士、私は計測士として、パー
トナーとなって二人で乗り組む事になったのだ。

 初飛行の日。
 私とケンは、管制官の元に出向いて、指示を受けた。
「今日の飛行は、名目はバビロンの惑星調査だが、実際は試験飛行と言ってもよ
いから、無理はしないように」
 管制官は、書類をひとしきり眺め、大声で私の名を読み上げた。
「ロッテ・フォイエルバッハ。はて、聞き覚えのある名前だが」
 私の胸に、管制官の言葉が、ちくりとささった。
「十五年前にナンバースリーで行方不明になった、マリア・フォイエルバッハの
事を言っているんですね」
 「ナンバースリー」で、管制官は思い出したようだった。
「そうだ、うん、そうだ。じゃあ君は」
「彼女は、マリアの姪なんです」
 横から、とがめるような口調で、ケンが口を出した。
「ああ、そうか。まずい事を聞いてしまったな。許してくれ」
 そう言って管制官が去り、私たちは気をとりなおしてナンバーフォーティーに
乗り込んだ。
 ボードレールの惑星探索史における、最初で今のところ唯一の遭難事故は、苦
い記憶として、管制官の間にも語りつがれている。。
 普段は忘れていても、言われれば必ず思い出すのだ。
 あの事故以来、惑星調査は、事実上中止されている。
 金属音と共に、ナンバーフォーティーはバビロンへ向けて、ボードレールから
離れた。
 虚空から成層圏へ。
 眼前に、バビロンの高圧ガス層がせまってきた。
 バビロンは、十五年前から変わっていない。
 もちろん移住も始まっていない。
 何がされているかというと、塩素と硫黄の混合ガスを惑星規模で中和する方法
が、十五年にわたって研究されているのだ。
 ナンバーフォーティーは、ガス層に腹をこすりつけるようにして飛んでいる。
 白いガスの海の中に、緑色の巨大な斑点が浮かんでいる。
 綿ににじんだ緑色のインクのようだ。
 緑色の上空を通過する。
 と、いくつかの計測機が反応した。
 今までの物とは性能が違う、新型の計測機が。
「元素反応。気体じゃないわ、炭素みたい。ケン、ちょっと止めてちょうだい」
 画面にシルエットが映る。
「これ、何かしら」
 目をこらした私は、我が目をうたがった。
「木よ、樹木だわ!」
 ケンが、信じられないという表情でこっちを向いた。
「このガスの星に、それも成層圏に、木が生えてるって言うのかい。あの緑色は、
木の葉っぱだとでも?」
 私だって、こんな突拍子もない事を信じたくはない。
 その時、私の脳裏に霊感がひらめいた。
「ケン、おばさまもきっと、これを見たのよ!」
 胸が高鳴ってきた。
 おばさまは、確かに「炭素」と言っていた。
 樹木の事だったんだ!
 地球からはるか離れたこの星に、木がある?
 ああ! おばさまはきっと、これを見たんだ。
 これを見たんだ!
 目頭が熱くなって、こわばっていた体から、力が抜けていった。
「よし、あの緑色に向かって、ガスの中へ突入する」
 私はハッとして、ケンに向き直った。
「ケン、馬鹿言わないで。高圧で潰されるわ」
「大丈夫、ナンバーフォーティーを信じるんだ」
 俺を信じろ、と言わないところがケンらしいけど。
 ケンは、肩をすくめて付け加えた。
「もしかしたら、上司にぶん殴られるかも知れないが、こうなったらかまうもん
か。徹底的に調査しよう」
 ありがとう、ケン!
「よし、突入だ。ひょとしたららまずい事になるかも知れないが、ロッテ・フォ
イエルバッハ、ついてきてくれるね」
 語尾の脈絡のなさに、私は反射的にケンを見返した。
 ケンも、こっちを見ている。
 返事を待ってでもいるかのように。
 ついてきてくれるねって、どういう事? 同じ調査艇に乗っているんだから、
当たり前じゃない。
 違う意味で言ったの?
 なぜ、フルネームで呼んだの?
 また、胸が高鳴ってきた。
 これって、もしかして。
 私は息を飲んだ。
 ハインリッヒ・ケンビスは、私に、プロポーズ、してるんだ。
 こんな時に? いえ、こんな時だから。
 私は、一度視線を外して、息をととのえた。
 一回だけまばたきをして、彼を見つめた。
 精一杯の笑顔で。
「どこまでも、お供します」
 頬と耳が熱い。
 胸がつまって、もう彼の方を向いていられなくなった。
 視線が涙と一緒に、足元に落ちた。
 ケンが、私の手を取った。




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