#1680/3137 空中分解2
★タイトル (GVJ ) 92/ 5/12 8:33 ( 62)
ネパールの三馬鹿(23) 青木無常PLUS
★内容
すっかり満腹した俺たちが次に訪れたのは、ダーバースクエアである。ジャヤさ
ん宅の近くということもあり、すっかりお馴染みの場所のように感じていたのだが、
ちょっと奥まったところにいくと途端に雰囲気が変わった。
窓の桟に精緻な彫刻をほどこされた巨大な建造物。旧王宮だという。門をくぐっ
て中庭に入ると、壮大な光景の上空でなにかがチリチリと清澄に鳴り響いている。
なんの音だろう。
中に入ってみると、薄暗い。それに狭い。現代ネパールの一般市民のアパートほ
どではないが、雰囲気には似たものがある。が、それ以上に俺の記憶の琴線に触れ
るものがあった。
狭い急な階段を昇って徐々に上階へと歩を進めると、斜めにはりだした格子窓の
向こうの市街の風景が次第に広く拡大する。この斜めにかしいだ形で張りだした窓
というのもネパールの伝統的な建築様式だそうで、これは今の一般住宅にも多く見
られる特徴だ。木肌をさらした柱と天井。吹きぬける高空の風。ふと見ると、軒先
に無数の金色の風鈴がつりさげられていた。風が吹くたびにチリチリと清らかに震
える。音の正体はこれだった。
さらに上へ。あいかわらずYの歩調が遅れ気味だが、俺とKはいささかの慈悲心
も発揮せず容赦なく先を目指す。いま思うと赤痢患者に気の毒なことをしたものだ。
ね、Y(Y注:単に、ゆっくり歩くのが趣味なのっ!!)。
最上階にたどりついて遠く広がる高山の市街を眺めわたした時、俺は確信した。
この雰囲気は、日本の城とまるで同じだ。敷地の狭さと建造物全体の形、そして斜
めに傾いだ窓を除けば、戦国の世に派遣を競った英傑どもの富と力の象徴と瓜二つ
の雰囲気がそこにはあるのだった。
びょうびょうと吹きつける風に(K注:まじでまじでこわかった。冷汗がでてた)
(J注:Kには高所恐怖症の気があるね)旧王宮は堂々とそびえ立つ。かつてこの
国を統治していた権力者たちは、どんな想いを抱きながらこの壮大な市街を見おろ
していたのだろう。群れ集い生活に追われる民人どもの蟻のごとき姿を冷たく眺め
やっていたのか、はたまた己の権力の感触を掌の上で存分に転がしてみてでもいた
のか、あるいは己のしろしめす世界の平和と繁栄を、あるいはさらなる膨張への野
望を……などとごちゃごちゃ考えつつふと内部に視線を戻すと、柱の出っぱりに引
っかけられたビニール袋の中で蜜柑の皮が干からびていたりもする。あー、なんな
んだ、ホンマに。
中庭に降りて壁や窓の桟に刻まれた彫刻を堪能した後、妙な資料館は無視して旧
王宮を後にする。そして小路ひとつ隔てたあたりに、次の目的地はひっそりと佇ん
でいた。
クマリチョーク。和訳すれば、活神の宮、とでもなるだろうか。ネパールには古
来、初潮前の女児をひとり現人神にでっちあげて讃え崇める風習がある。クマリ、
とそれは呼ばれる。その活神は女の徴が訪れる日までカトマンズの一角にある神の
宮で清らかに暮らし、そして訪れる民衆の尊崇をその身で受けとめる。
クマリの威光には、王でさえも太刀打ちできぬほどのものがあるらしい。この奇
妙な風習は現在も受け継がれている。この現代のクマリチョークの中にたしかに本
物の、クマリと呼ばれる存在が生活しているのだ。実はこのクマリチョークこそ、
Yがネパールを訪れようと決心した最大の原動力だったらしい。どうもYは小さい
女の子が好きなようだ。道理でさんざ俺が口説いてもちっともなびかないわけだ
(Y注:日頃の行ないに問題があると思うのは私だけだろうか… ^^;)。
建物のつくりは王宮に劣らず荘厳だが、規模は小ぢんまりとしたものだった。中
庭に踏みこむと、四囲を一部の隙間もなく精緻な彫刻が埋めつくしている。四面そ
れぞれが対称形に対応しつつ、微妙な差異をも体現していた。中国からきたらしい
若い娘の一団がしきりと奥方向の頭上を指さしながら喧しくなにやらお喋りしてい
る。クマリが出てくるのを待っているらしい。「無神経です」とYが小さな声でぽ
つりと言った。なに、俺たちも似たようなもんだ。
やがてその一団が活神見物をあきらめて立ち去ったころ、ふいにクマリが姿を現
した。
単なるこまっしゃくれたガキだった。
予想はしていた。が、あまりにも予想どおりすぎる。思わず「馬鹿らしい」と俺
はつぶやいていた。あんまり馬鹿らしいので、クマリを無視してこれ見よがしに反
対側の彫刻をしげしげと眺めわたしていたら、活神さまはいつのまにかお隠れにな
ってしまわれた。信仰てのは、まあ結局こういうものなんだろう。仮にこのクマリ
が、ほんとうにその第三の目を使って世界を見透すことができるのだとしてもそれ
はそれだけのことだ。直接接触して言葉でも交わせるんならともかく、これなら彫
刻の精緻さのほうがよほど俺の興味を引く。
ま。
こんなものだろう。