#1664/3137 空中分解2
★タイトル (MMM ) 92/ 5/ 9 0:10 (122)
博多駅(2)
★内容
僕は吃り吃り尋ねた。階段を登ってきている35歳くらいの男の人に。
『あ、あの、こ、この辺でお、お祈りでびょ、病気を治す人を知りませんか?』とお
祈りの仕草をしながら。
すると男の人は哀れみを込めた視線で僕に言った。
『いや、さあ知らんね。誰が病気?』
『僕です。』
『どこが悪かと。』
男の人はびっくりしたような表情で僕を見ていた。僕は『すみませんでした。』と
言って坂をまた駆けるようにして降りていった。
僕は今度は両手に荷物を持ってフーツフーツ言いながら坂を登ってきているいのおばあさんにまた同じように尋ねた。
『いえ、私はこの辺に住んでいませんから。どうもすみません。』遠くから来たおば
あさんだろう。何かみやげ物らしいものを持っていた。僕は『いい事をしたらいい事
が起こる』と思い『持ちましょうか』と言った。でもおばあさんは『いえ、いいです
よ。』と言ってまた息を切らしながら坂を登っていった。僕は謗法を犯すせめてもの
罪滅ぼしのために荷物を持ってやりながら日連大聖人さまの仏法のこと創価学会のこ
とを話したかった。でも僕はそれができずにまたブツブツと口の中で題目を唱えなが
ら坂を降りていった。
住宅街のその坂を降りる間に出会ったのはそのたった2人だった。僕は坂を下り終
わると今度はもう一方の斜面の方へと歩いていた。せめてもの罪滅ぼしにと口の中で
依然として題目を唱えつつ。
僕は以前友達と何回か行ったことのあるスポーツセンターへ通じる道だろう、電停
のところから急に細くなっているバスが通る道へ出た。横断歩道は遠くにあった。そ
してクルマは絶え間なく通っていた。
僕はクルマの流れが途絶えたとき走って横断歩道を渡った。細い道で人が歩くとこ
ろは少ししかなく僕はそこをトラックなどがすぐ傍を駆け抜けてゆくのに身を固くし
ながら、喧しくて人通りがないから少し声を出しながら題目を唱えつつ少し坂になっ
ているそのアスファルトの道をスポーツセンターの方と思われる方向へ歩いていった
。
その看板はすぐに見つかった。バスの通る道から斜面を上がったらちょうどその階
段の横に『日本霊友学会』とあった。そして、月・水・金がここで、他の日は浜の町
のビルだった。今日は火曜日だった。僕はもしかしたら誰か居ないだろうか、と思っ
て玄関で『ごめんください』と何回も言った。でも誰も居ないようだった。木造の古
い建物で、少し不気味な感じがした。
僕は浜の町のビルの電話番号を紙に書き、そうして階段を下りていった。そしてク
ルマの通りの激しい道を僕は題目を少し声を出しながら丸山の方へと浜の町の方へと
歩いていった。
電車の終点もそして浜の町もすぐだった。始めからもう一方の方の斜面を捜してい
たらこんなに歩かなくてもこんなに一時間ぐらいも無駄に時間を潰さないで済んだの
にと悔やんだ。辺りはもう夕暮れになりつつあるのが解った。僕は電話ボックスを見
つけると入っていってさっきあの看板に書いてあった電話番号に電話した。
『あの、日本霊法学会ってそちらですか。あの、病気を治してもらいたいんですけど
。』
『えっ、何ですって? もう一回言って下さい。』
愛想のない男の人の声だった。僕はやっぱり邪宗だなあと思った。
僕は同じように繰り返した。
『そこの看板に書いてあったでしょ。月・水・金って。その日にそこに来て下さい。
料金は一万五千円ですよ。』
冷たい迷惑そうな返事だった。それに一万五千円とか言ったようだった。とても人
の悪そうな感じだったからやっぱりやめようかな、と僕は思っていた。
そして僕は電話ボックスを出て車の音の喧騒に包まれながら県立図書館へ戻ろうと
歩き始めた。でももう疲れ果てて歩く元気がなかった。僕は横断歩道を信号が青にな
るとともに渡り始めた。そうして傾きかけた太陽に背中を照らされながら電停へと向
かっていた。
そして2月13日のことだった。一時は祈祷してもらいにいくのはやめようと思っ
ていたけれどもバレンタインデーが明日と迫ってきた日、僕は午前中の授業が終わっ
てから早退きすることにした。もうこの頃は勝手に早退きする人もかなりいた。
僕は玄関の所でタクシーが来るのを待っていた。中学の頃の友だちのトン平もいた
。応援団の団長だった後田もいた。もう少ししたらタクシーが来るという。優等生の
僕が落ちこぼれと混じって早退きするのはちょっと奇妙だったろう。でも僕は優等生
のなかでもちょっと異端的な存在だった。
優等生はほとんど付属中出身だったけど僕はトンネルの向こうの田舎の中学の出身
だった。それに僕は喉が悪くて付属中出身が多数を占める理系の一番優秀なクラスの
なかで友達もあまりいず孤立していた。僕はみんなと一緒に騒げなかった。大きな声
さえ出ればクラスの中にも溶け込めたのかもしれないのだけど…
やがてタクシーが来た。僕たちは4人で乗り込んだ。トン平は僕に『家で勉強すっ
と?』と言った。僕は『ウン。』と答えた。
でも僕は家へ帰って学生服を私服に着替えて祈祷師のところへ喉の病気を治して貰
いに行くつもりだった。高校生ということではヤバイかもしれないと思って。 僕は
朝からずっとこの日祈祷師のところへ行く決心でいた。僕はその罪滅ぼしのため今朝
は一時間も題目をあげて来た。読経も合わせると一時間半だった。
僕の心は朝から罪悪感で揺れていたしその黒い塊が僕の心を包み込んでいるようだ
った。でも明日はバレンタインデーだった。僕の心は1月20日頃から揺れていてや
っと今日行くことにした。県立図書館から歩いてその祈祷師のところを捜しに行って
から20日ぐらいもう経っていただろう。
僕は数学の前に行われた英語や化学のことを思い出していた。化学のテストが終わ
ったとき数学では250点中220点取らなければ合格できないな、と計算していた
。5問のうち4問は完璧にできなければならないな、と計算していた。
しかし僕は数学のテストが始まってもう一時間経つのにまだ一問もまったく解けて
なかった。こんな難しい問題は始めて見たように思っていた。
英語の時間、僕は一番配点の大きい一番の英文解釈が全くできなかった。配点はそ
れだけで60点だった。僕は35点足りなくて落ちたのだからこの英文解釈を一通り
書いてたら合格していたはずだった。僕はただ暗記問題を機械的に書いてゆくだけだ
った。僕はこのときすでに自分の頭が緊張してあまり考えることができなくなってい
ることに気付きかけていたように思う。
『…本当に僕の頭は変になっている…。問題が難しいのだろうか。たしかに今までの
進研模試なんかよりずっと記述的な問題で僕はこんなのは苦手なようだ…。』
でも僕は必死に問題を解き続けた。心の中で題目を唱えつつ…。題目を唱えるとか
えって問題に集中できないときは題目を中断して…
化学の時間、僕はこの一週間懸命に化学を勉強してきたけどそれが何も出ていない
のを知って愕然としていた。一週間、題目と勉強のみに明け暮れていた。遊んでいた
ら良かったなあと思っていた。可愛い女の子たちと高校最後の楽しい思い出を作って
いたら良かったなあと思っていた。
僕はそしてフツ、とため息をついて窓の外を見た。窓の外にはもう春の気配が漂っていた。ああ、僕の2年あまり続いた懸命の努力はどうなってしまったんだろう、2
年間、僕は懸命に勉強してきたしすべてを勉強に捧げてきた。全て全て僕の努力は虚
しい反作用というか逆の結果を生むことになったようだ。もしもあまり勉強してなか
ったら…無理して勉強してなかったら僕は九医を受けずに長医を受けてそして楽々と
受かっていたのだろうに…。全て全て逆の結果となってしまった。
枯葉がまるで僕の魂のように朽ち果てて春の風に舞いながら落ちていっていた。僕
は依然としてため息をつき続けていた。僕の努力は全て逆の結果を生みそうして悲し
く朽ち果てていこうとしていた。
完