#1646/3137 空中分解2
★タイトル (MMM ) 92/ 5/ 4 22:44 (139)
(中二の2月)
★内容
ボクはこのごろ土曜日にはいつも夜2時ごろまでテレビの映画を見ている。杏子さん
の家も土曜日にはいつも遅くまで灯がついている。杏子さんも映画を見ているのだろう
か。いや灯りがついているのは居間だし、たぶん杏子さんのお父さんが見ているのだろ
う。
冬の真夜中の凍てつくような闇の下に僕は杏子さんの家の灯を眺めながらこのごろよ
くボンヤリと時を過ごしている。部屋を出て階段の上の小さな窓から凍てつく寒気など
忘れて橙色に照っている杏子さんの家の灯りだけを見ている僕の心の中はいろんな空想
でいっぱいだ。もうすぐ中三になる僕の心の中はなんだかアイスクリームのように思え
る。スモモなどを浮かべた大きいアイスクリームを、大きなスモモを口の中に入れて食
べているような、そんな気分になってしまう。
でも外は凍えるような寒さなのである。まるで拷問のような、明治の初期、浦上のキ
リシタンたちが今の長野県に連れていかれ、5歳くらいの子供まで雪の振る戸外に裸で
置かれたという話がまた浮かんでくる。
その子が杏子さんであったり、杏子さんはそのために足が不自由になったのだと思っ
たり、そしてそのことの周りに浮遊する浮かばれない霊たちが僕と杏子さんの間に立っ
てそうして僕たちを苦しめているのだと思ったりする。
でもたしかに僕らの間に何かの霊が居て僕らを引っつけようとしたり、引っつけるま
いと不気味な力を発したりしているように僕には思える。そして僕の思念もその霊は筒
抜けに読み取っているようにも思える。
明治の初期、信州(今の長野県)で小さな子供がクリスチャン故に今のような寒い戸
外で真裸でさらされている、という話がまた浮かんでくる。僕はどうもそれが杏子さん
の前世の姿ではないのかと思って仕方がない。苦しむ杏子さんの姿がそれに似ているよ
うだ。また僕の喋り方やノドの病気もその呪いの故なのだと思えたりする。
…
僕は黙然としてまるで僧のように、凍てつく夜に祈る僧のように、雪の降る戸外を見
つめるのであった。
敏郎さんへ
草陰に不思議な花がありました。コスモスの花みたいで、でも秋に咲くコスモスの花
がなぜ今こんなところに咲いているの。
私、体育の時間になるといつも一人で運動場の隅っこをうろちょろするんですけどこ
のまえ(おととい)とても不思議な花を見つけたのよ。花壇のブロックのすぐ外に咲い
ていてちょうどみんなから一人離れ離れになって体育の時間を過ごしている私みたいで
した。みんなが咲いている花壇の中に咲いてなくてなぜこんなところに咲いているの。
どうしてなの。寂しいでしょう。寂しくないの。可哀想。私とっても不思議でした。
でも綺麗。とっても綺麗。
その花は花びらが紫色をしていて普通のコスモスの花とは違っていたのよ。コスモス
の花は黄色い花びらをしているのよ。それにいつも秋に咲くものなのよ。
私とっても不思議で茎を手に取って折り取りました。やっぱりコスモスの花みたいで
した。形はやっぱりコスモスの花で、でも不思議な色。
私、その花を先生に見つからないようにソッと胸の中に隠しました。まるでこの花私
みたい。私、胸がジンッときちゃって、この花を家に持って帰って花瓶に生えよう、と
思いました。
でもその花、私の胸のなかで私と敏郎さんの間に生れた赤ちゃんみたいに動いたわ。
私、子供産めないからこの花を子供にしようかな、て思ったほど。
辺りの花壇には一面にチューリップやヒヤシンスの花が赤や青や紫色に咲いていてと
ても綺麗。目がクラクラとするみたいなほど。でも私、胸のなかに隠したこの花の方が
もっと好き。まるで私みたいだもん。それにもしかしたら私と敏郎さんの間にできる赤
ちゃんみたいだもん。
私、でも小学校の頃もよくこんなことしていました。私、なんだか小学校の頃を思い
出してきてちょっぴり感傷的になって泣けてきました。
この花を胸に抱えて目を潰ると私の悲しい小学校時代のことが夢の中の出来事のよう
に思い返されてきます。
それはとっても悲しい思い出で私この頃2年近く忘れていたことなのに。私、小学校
の頃も体育の時間にはいつも運動場の隅っこで見学していたんです。
私、その頃もよく運動場の片隅の花壇の傍で時間を潰していました。誰も話相手がい
なくて何もすることがないからいつもそこへ行ってたのです。
そうして私、みんなが笑いさざめきながら駆け回っているのに知らないふりをして運
動場の隅っこのそこでヒマワリの花やヒヤシンスの花やコスモスの花などと戯れていま
した。
私、目に涙を浮かべながら、嗚咽を漏らすのを必死にこらえながらみんなと戯れてい
ました。
みんな、私の友だちで私いつか笑いながらみんなと戯れていました。とっても綺麗。
みんなとっても綺麗。黄色や青色や紫色が織り交ざっていて目がクラクラしそうでとっ
ても綺麗。みんなみんなとっても綺麗。一生懸命に咲いていてとっても綺麗。
杏子の日記
私だけのピノキオ いつも不安そうにうつむいている可愛いピノキオ
寂しげなピノキオ でも笑顔はとても楽しげなピノキオ
私のピノキオは
実はとっても力の強いピノキオでした。
外見はとっても痩せているように見えるけど
裸になると筋肉と骨だけ…
やがて私はピノキオから抱かれる時が来るのです。
嵐の夜にたなびく黒い老いた腕で
息ができないほど強く強く抱きしめられるのです。
強く強く…
敏郎さんの不思議に光る白い裸体。杏子の裸体も白くてやがてそのうち私たち重なり
合うんです。そして溶けてゆくの。波の音を聞きながら。
私たち蝋人形なのです。小さな可愛い綺麗なとっても綺麗な。でも燃えてゆくんです
。私たち。
炎の中で私たち始めて一緒になれるんです。もだえながら…焼かれてもだえながら…
私たちやっと一緒になれるのです。叫びながら。断末魔の喚きをあげながら。
『苦しい?…敏郎さん?…熱い?…
杏子さん。僕は今日、魚つりしながらつくづく思った。明日からの一週間の学校のこ
とを心配したりしながら僕はつくづく思った。もう暮れゆく太陽。もう日曜日も終わり
に来ている。一日の休憩ももう終わり明日からまた6日間の辛い日々が始まることの悲
しさ。
また続く6日間の苦しい日々。他の人には楽しい日々かもしれない。朝、僕の心は軽
やかだった。でも夕暮れが近づくにつれて憂欝になってくる。
楽しい一日ももう終わり、苦しい6日間が明日から続く。夕暮れは僕の心を悲しみで
満たす。午前中は楽しかった。
夜、家に帰ると僕は風呂に入るまえにゴロの散歩に行く。魚つりで疲れているけど、
いつもクラブで疲れているから。
悲しい夜の闇が僕とゴロを包んで僕とゴロはその闇の中を必死で走る。僕の心は明日
からの学校のことへの不安でいっぱいでそれで一生懸命駆けているのにゴロは何故そん
なに駆けているのだろう。僕は不安ではち切れそうな胸の中を癒そうと必死に走ってい
るのに本当にゴロは何故そんなに走っているのだろう。
僕は一度杏子さんの家の前で立ち止まった。不安ではち切れそうな胸。でも杏子さん
はいない。僕がこうして杏子さんの家の前で立ち尽くしているのもしらないで杏子さん
も寂しさを胸に秘めてテレビを見ているか宿題をしているかしているだろう。
僕もこんなに不安と寂しさで胸をいっぱいにして立ちつくしているのに僕のこの心は
杏子さんに伝わらず杏子さんも寂しさで胸をいっぱいにしていると思う。