#1614/3137 空中分解2
★タイトル (MEH ) 92/ 4/17 23:17 (177)
チェイス・ゲーム(2) クリスチーネ郷田
★内容
翌日の朝、本多は電気カミソリでヒゲを剃りながら、昨日の会話内容を思い
だしていた。月には歴史的な遺物は無いので、そんなに楽しい感じはしないね。
いや、あるよ。アームストロングの足跡なんて有名だよ……。本多は手元にあ
る腕時計型データブックを腕にはめて、鼻歌混じりにデータブックのキーボー
ドを叩く。アームストロング、と。Armstrong……。ルイ・アームス
トロング。1900ー1971。アメリカ、ジャズトランペッター、ジャズ奏
者。『サッチモ』。ウイリアム・ジョージ・アームストロング。1810ー1
900。イギリスの発明家。「アームストロング砲」の発明者……。えーと…
…。ニール・アームストロング。これこれ、これだ。1969年7月、人類で
初めて月に立ったヒト。アポロ11号機長として初めて月に到着……ね。さて、
出かけよう。歯を磨き、髪を整え、耳には「ウォークマン」のヘッドフォンを
詰め込み、彼は家を出た。本日はサボる事の出来ない授業、つまり出席カード
を配る授業がある日であった。
途中で彼は友人の森田雅夫と出会った。森田は音楽に凝っていて、楽器をいじ
るのを何よりの楽しみとしていた。この時代、音楽は完全にデジタル化されて
いた。演奏から編集、録音に至るまですべてコンピュータが使われていたが、
森田はコンピューターやMIDI楽器には興味が無く、あくまで生の演奏やク
ラシックなものにこだわり続けていた。森田の自慢と言えば、彼の母親が何故
だか知らないが持っている、ストラディバリウスのバイオリンなのであった。
「やはり、演奏は生が一番なのだ。うむ」「ふーん。そんなもんかねえ?俺は
音楽は詳しく無いんだ、専ら聞くだけで」「結局だなあ、何だって自分の目で
見たり聞いたりしないとワカランものだと思うんだ。確かにバーチャルリアリ
ティーは凄いと思うが、本物には勝てないよ。」「でも森田よお、そう言うテ
クノロジーをいくら否定したって、現にその眼鏡」「うん、この眼鏡は気に入っ
てるけどね」
森田は眼鏡を指さした。超小型コンピューター内蔵で、あらゆるデータ検索が
瞬時に出来るその眼鏡は、ヨドバシカメラでもビッグカメラでも、メガネドラッ
グでも安く手に入れる事の出来るものである。
「所詮は道具さ。クロマニヨン人が手に持ってる棍棒と一緒。」「ま、そりゃ
あそうだ。でも便利な道具だ」「俺が言ってるのは、これを道具と見るか、そ
れとも体の一部と見るかの違いだ」「はあ?何を言いだすんだオマエは」「つ
まりだなあ!俺たちはそんなに大した存在じゃ無いって事!!クロマニヨン人
は、棍棒が無ければ強い敵に太刀打ち出来ないって事だよ」「森田、よくわか
らんが、なんとなく言いたい事はわかるよ。俺たちは弱い存在だって事だろう?
」「そうそう、まあそう言う事だよ。弱い存在だからどんどん武装して行き、
核兵器を持つまでになったってわけだな。」「でも俺たちは、ともかく身を守
らなくてはいかん。」「本多よ、だから俺は体を鍛えているんだ。見ろ、この
筋肉。たくましいだろ?」
「偉い偉い。確かに体には気をつけないとな。でも、おまえのは筋肉じゃなく
てゼイ肉だよ、絶対」
本多と森田は授業に出席した後、喫茶店に向かった。「実は明日、ハッカー仲
間の「FOG」ってヤツと会うことになってるんだ。俺一人で行こうと思ってい
たんだけど、行くか?」
「へえ、面白そうだな。でも、彼女はどうしたんだよ」
「ちょっと用事があるんだってさ。俺一人で行ってもいいんだけど」
「そうか、俺は彼女の代役なんだな。まあいいや。で、「FOG」って何者なの?
」
「俺の調べた限りでは、超有名人だ」
「フムフム。どう有名なんだよ?」
「株式会社『グッディーズ・キャンディー』の会長」
「ええっ!?世界中でなめられてるキャンディーだぜ?」
「そうだ。でも、この会社は裏でいろいろやってるみたいだぜ。詳しくは知ら
ないが、会長が最高のハッカーなんだからさあ」
「……危ない組織じゃないだろうな?マフィアかなんかだったらどうする?」
「さあね、知らないよ」
「トラブルはいやだな。でも、面白そうだ。」
「どうする?行く?」
「ああ、行く行く!」
森田はその話に興味を持ち、本多と一緒に有楽町マリオンに行くことを約束
した。家で電子メールをチェックすると、「FOG」からの手紙があった。
FROM:FOG
TO :ROOT
元気かい、ROOT。今、私は飛行機の中にいる。ルフトハンザのスチュワー
デスは美人が多く、嬉しくなる。あと5時間ほどで成田に着くだろう。成田は
今、雨だそうだが、多分時間通りに着陸するだろう。(そうなる事を神にお願
いしているところだ。)ちなみにファーストクラスの機内食はオイシイぞ……。
ところでROOT、実はあらかじめ言っておきたい事があるんだ。多くは語れ
ないが、(私の電子メールは誰に読まれているかわからないのでね)君に手渡
したいものがある。気持ち悪がらずに受け取ってくれよ。用件はそれだけだ。
では、会える日を楽しみにしている。
FOG
どう言う理由かは知らないが、「FOG」は何かを俺にプレゼントしたいよう
だ。本多は思った。一体何だろう?「FOG」のメッセージはいつもこのように
曖昧な表現で、謎めいている。何か暗号めいたメッセージをもらった事もある。
そうしたメッセージを、
デリート本多は削除せずにフロッピーディスクに保存してはいたが、今で
はかなりの量になっていた。怪文書には特別な法則があるようだが、この解読
は不可能であった。圧縮の解凍までは出来るのだが、それからが困難だった。
そのテキストは、見た目はバイナリファイルだったので、バイナリテキストコ
ンバータを起動させてテキスト化しようと何度も試みたが、どうやってもうま
く行かなかった。何か特別なプログラムが必要なのであろうと思いいろいろと
やってはみたが、結局解読不能、そして現在に至っている。
チャットルームに飛ぶと、言語学者の「KIM」さんが火星に住んでいる息子
の自慢話をしていた。KIMさんの息子は火星観測隊の一員で、1年間は火星
で観測活動をしているそうだ。それから話題は世界情勢、科学、文学などめま
ぐるしく変化していった。
「文書というヤツは古代から存在していてね。ヒッタイト文明には石の手紙な
んてのが存在していたんだ。」
「昨日のスーパーボールはスゴかったな」
「今、『ダンジョンズ』にはまってます。このゲームはすごい!リアルすぎて」
「体感Hソフト、しかも裏ソフトの店が新宿にあってさあ」
「ええっ、軍事施設にハッキングしたって?プロテクトきつかったでしょー」
「明日の酸性雨には気をつけて下さいね、みなさん……」
翌日。
雨がしとしとと降っている、陰欝な日であった。森田と本多は、JR線で有楽
町駅に向かっていた。
「オイ森田!!おまえはどうしてそう時間にルーズなんだよ!?」
「ゴメンゴメン、つい寝過ごしちまったんだ」
「とにかく急がなくちゃ……」
有楽町駅に着くなり、二人は走り出す。
「走れ!」「ハアハア、俺は体を鍛えてるんだが、ハアハア、おまえの方が体
力があるなあ」
「うるさい!喋らず走るんだ!」
自動改札を抜け、マリオンへ向かう。
映画『愛しのハニーパイ』の3次元アド・ボードがキラキラと輝き、立体映像
の巨大な人気女優がニッコリ微笑んでいるのが見えた。その女優は美しい脚線
美を披露し、さらに投げキッスを彼らに送った。二人は映画館に入り込み、座
席を探した。映画は始まってから既に1時間は経過していた。席はガラガラで、
客数は30人程度しかいないようであった。あまり人気の無い映画で、この映
画に関しては映画評論家が揃って酷評した。F−23席を見つけると、そこに
座っている人が誰なのか確認してみた。二人はその隣の隣、F−21、20席
に座った。小柄な青い目の老人であった。スーツを着込んでいて、頭ははげて
いる。立派な口髭をはやしていて、度の強そうな眼鏡をかけている。そして、
英字新聞を手にしている……。
゚
「おい、あの人みたいだな」「おい本多、なんか、ポワロ探偵みたいな顔して
るぞ」「うん、やっぱりそう思ったか?是非ともポワロ役にすべき顔だ」「と
もかくあの人に間違いなさそうだな……」
「よし、聞いてみよう」
本多は老人に話しかける。ノートパソコンのボイス・トランスレート・ソフト
をセットし、マイクを手に持つ。「こんにちわ、"FOG"さんですか?」本多は
ひそひそ声で聞いてみた。老人はニヤリと微笑んだ。「Guten Tag……こんに
ちは、"ROOT"。」スピーカーから機械的な日本語が聞こえてくる。「ようこそ
日本へ。ところで、あなたお一人ですか?」「そう、一人で来たんだ。」「長
い旅だったでしょう。あと、これを是非聞いておきたかったんです。あなたは
『グッディーズ・キャンディー』のフォン・マイケルソンさんでしょ?」
「……ほほおー、さすがわしが見込んだだけの事はある。その通りだよ。実は、
事情がいろいろあってね。君に渡したいものがあるんだ……。これなんだが」
マイケルソンは封筒を取り出し、本多に手渡した。「これは家に帰ってから開
けてくれ。大切なものなんだ、誰にも言うなよ」「はい、わかりました。」
「話は映画が終ってから、ゆっくりする事にしようじゃないか。」
「そうですね……。」
本多と森田は、スクリーンに注意を集中した。安っぽい恋愛物語はクライマッ
クスに入ろうとしていた。あちこちからすすり泣きの声が聞こえてきたが、話
の内容がつかめていない2人には、何故男優と女優が泣きながら抱擁している
のか、理解出来なかった。
『THE END』の文字が現れ、この映画に関わった多くの関係者の名が並
び、映画が終わった。電灯がともり、周囲が明るくなった。観客たちは席から
立ち上がり、帰り支度を始めた。「マイケルソンさん、行きましょうか」本多
は老人に話しかけた。だが、返事は無かった。
「どうしたんです?マイケルソンさん……?」本多は老人が寝むりこんでいる
のだと思い、揺り起こした。反応なし。「マイケルソンさん!マイケルソンさ
ん!」
まったく反応なし。本多は老人の瞳孔を確認してみた。
森田が青ざめる。
「おい、どうしたんだ!このじいさん、どうしちまったんだ?」
本多は思わず声をあげた。
「ああっ……!!」
本多は恐怖に身を震わせた。
「し……死んでる……!?」
(続く)