#1606/3137 空中分解2
★タイトル (MMM ) 92/ 4/13 17:15 ( 92)
白い少女
★内容
――お母さん。僕、廃人になって帰ってきました。――
沈滞した学生生活の日々に、ふと夜空を見上げると、僕の胸にはかつての激しかった日々の思い出が走り回る。絶望に沈み込んだり、はては死を思ったり、そんなことのない安穏とした学生生活にいらだちを覚え、僕は思わず窓を開け放って夜空を見上げる。そして壮烈だった日々への激しい郷愁に胸を痛く震わせる。
あの頃、僕は中学三年生だった。10月の始め頃だった。僕はそのとき犬の散歩をしていた。夕暮れの紅い光に包まれながら犬と一緒に歩いていた。
埋立地となるまで海水浴場として栄えていた東に雲仙岳が遥かに眺められるためにこう名づけられたのであろう東望の浜に二つ下の高奢な家が棄てられたように並んでいる。もう10年以上も人が住んでいないのであろう。壁には蔓草が生い茂り、雨戸はばらばらに破れている。噂ではかつて医者の一家が住んでいたのだがある夜血なまぐさい殺し合いがまるで嵐が襲ったように起こりいつかこの西欧風の煉瓦造りの家は捨てられその上の家もそれからまもなく不気味な夜の静けさに耐えきれなくなり狂ったように他の処に引っ越していったのだという。そしていつの間にかこの二軒の家は幽霊屋敷として人々から怖れられるようになったのだという。
僕はそして子の浜にはおぼろげなまるで夢のなかでみたことを現実に起こったのだと後年錯覚しているように憶えていることがある。それは僕がたぶん幼稚園に入る直前ぐらいのことだったろう。たぶん僕が本河地からこの日見に引っ越してきてからしばらくしてのことだったと思うから。
それはたぶん大潮で日曜日のことだったのだろう。東望の浜にたくさんの人がいて潮干狩をしているのだった。僕は親戚の叔父さんと一緒に来ていた。その叔父さんが砂のなかに腕を肩の近くまで突っ込んだと思うと手の平ほどもあるちょうど蛤みたいな美しい貝を3つほど取り出して濡れた砂の上に置いた。潮干狩でいつも取る貝の形をしていて、ちゃんとした貝の形をしていてこんな大きいのもあるんだなあ、と思ったものだ。また隣りの叔父さんは鮫の子供みたいな30cmほどの魚を砂のなかに手を突っ込んで取り出した(うん、たしかそのように思えたのだけども)鮫の子供みたいなかっこいい(子ども心についそう形容してしまう)魚が潮に濡れた砂の上で躰をくねらせていた。
僕が砂のなかに手を突っ込んで取り出したのらしい鮫の子供らしい魚に見とれている間に親戚の叔父さんは蛤の親分みたいな貝を次々に取りあげて20個ほどもたまった。僕は“もう取りすぎみたいだな”とぼんやりとその叔父さんを非難と妬みの気持ちで見た。
もはや埋められたこの浜辺の名所である幽霊屋敷はその井戸がいろいろと噂されているのであった。その井戸は屋敷の何処にあるのか知らない。たぶん下の方の屋敷の庭に蔓草が一面に円柱状に覆っているのがあるけれどもたぶんそれだろうと思うけれど、その井戸は屋敷のなかにあるとか、上の屋敷にも井戸があるとか、さまざまな噂を聞いている。そしてその井戸は中を覗くとその者に呪いがかかるのだそうである。腐敗した血を湛えていて、その血は古いために粘っこく色も変色していて屍臭と肥溜の臭いの入り混じったようないような臭いがするそうである。
その呪いの血の井戸が有名で僕たちはその井戸に石を投げ込んでやるぞなどと小学生の頃幽霊屋敷に出かけたことがあるがいざとなると辺りに草がぼうぼうと茂り入りにくいこともあって尻込みして一歩も中に入らずワーツと僕たちの一人が驚かす声を挙げたのに僕たちは追いかけっこをするように走って帰ったことがあったっけ。
その前に僕は不思議な少女との出会いを記して置かなければならない。それはあのことがあった日から8日前、9月26日のことだった。古い日記帳に、まるで宝石のようにその日のことが記されている。それは簡単に5行ほどに書かれているのだが、その一字一字に、少年の時の心のときめきと、蕾のような純真な動揺が表れている。それは始めて恋を知ったときのあの空虚感のようなものだ。生まれてから今までのどろどろとした毎日の積み重ねの末に、やっと花開いたような気持ちだった。突然大気のなかに投げ出されたような感じがして、なんだか空中にぷわぷわ浮いているような感じだった。
9月の終わりのある日曜日に、僕は町で、まっ白な少女に出会った。もちろん本当にまっ白ではなかったのだけど、まっ白と形容したくなるほど肌が綺麗だった。眺めているのが眩しいほどだった。
お化粧をしたような目もとと、赤に白みがかかってちょうど朱色に近い唇がとても印象的だった。僕はその少女と松山の競技場付近で出会った。今までにまだ何度も来たことがない長崎市の北西部に僕はなぜだか一人で出かけていたのだ。今もってなぜ僕がその日一人でそこにいたのか解らない。日記にはただ僕がその日松山付近でその少女と出会ってその感動した気持ちを書いてあるだけだ。でも僕は今でも松山の競技場の付近でその少女と出会ってそして別れるまでのことがはっきりとした背景とともに思い出すことができる。ただなぜその日そこに行ったのかどうしても思い出せない。
その日は眩しいほどによく晴れた日曜日だった。僕は松山の電車通りから稲佐山方角へ歩いていた。日差しの眩しさが印象的だった。足元のアスファルトの道が、眩しい日差しに照り輝いていた。走り出したいような気持ちがなぜだかしていた。そのとき向こうからその少女が歩いてきた。まるで今までその少女と出会うために僕はここまで成長してきたのだとでもいうふうに思えた。少女は白っぽい服装をしていたように思う。向こうの橋を渡り切ったときから僕に向かって光を放っているように輝いて見えた。いや、たぶんそれには彼女の頭上のいつになく眩しい太陽が寄与したように思う。僕の視界には歩いて来る彼女の姿と、彼女が今渡り終えたばかりの橋と、そして背後に聳える活水の丘と、そして画面の上の方に太陽の光り輝く白い輪が見えていた。
あの出会いがまっ赤な日々の始まりだった。激動のような数ヶ月がそれから始まった。それらの日々、僕は毎日激流のような陶酔に浸りつづけた。それが初恋というものだったのかどうか今でも解らない。初恋にしては乱れていた。美しい魅力的な女性ばかりが登場して、まるで夢かと思うほどだった。
まっ白い少女が僕の傍を通り過ぎるとき、僕はまるで吸いつけられるように、たしかに首を出すようにして少女の姿を追った。そのとき少女はくるっと僕の方を微笑みながら見返した。あたかも僕にそうやって視線を返すのをさっきから心待ちにしていたかのような親しみを込めた視線だった。